僕には5歳になる息子がいる。その5歳児が織りなす世界をざっくりいえば、親とオモチャとおやつだ。オモチャとおやつは子どもにとっての〝全財産〟だし、それをどう手に入れようかと日々、小さな胸を悩ませている。
そして5歳児にとって、それらを手に入れるために乗り越えなければならない最も大きな存在は、親だろう。他の家庭はわからないが、ウチの5歳児くんはパパかママにいつもべったり。そんな彼が、大好きなパパから怒られたとしたら……。
5歳児ながらに見せる哀しみ、葛藤、そして笑顔。そんな瞬間を見せてくれるから、子育てってやっぱり愛おしい。
たった3カ月で、二軍部屋に置き捨てられたおもちゃ
2019年の9月、『仮面ライダー ゼロワン』の放送開始とともに、変身ベルトを買い与えた。ウチの5歳児くんは仮面ライダーが大好きなので、それはそれは大喜びした。買ってしばらくは一日中つけっぱなしで、どこに行くにも腰には変身ベルトがあった。
しかし2カ月もしたら遊ばなくなり、おもちゃ箱にしまいっ放しに……。というのも彼は、まだ自分ひとりで変身ベルトを装着できない。あまり興味がなくなったものを、いちいち「ぱぱ、べるとして」「ぱぱ、はずして」と言うのが億劫になったのだろう。
やがてクリスマスが来て、サンタさんから新たなオモチャをもらうと、「ぱぱ、ぜろわんのべると、こっちにおいといて」と僕の仕事部屋に持ってきたのだ。
僕の部屋の一角には、彼の〝もう遊ばなくなったおもちゃ〟を収納するスペースがある。つまり、オモチャの2軍部屋だ。そこに変身ベルトを置いてくれというのである。
「マジか!? あんなに喜んでたのに、たった3カ月でもう飽きちゃったのか!」
思わず彼にそう言うと、困ったような笑みを返してくるばかり。まあ、無理に遊べといったところで仕方なし。
「マジかあ……」とぶつぶつ愚痴っていると、ニューブロックという知育玩具が僕の目に入った。そこで何となくニューブロックで変身ベルトらしきものを作ってやると、「ぱぱ、すごい!」と大喜び。
本物の変身ベルトを2軍部屋に置き捨て、今度はちゃちなニューブロックベルトで嬉々として遊び始めたのである。
「マジか!!」
ずっと“足”だけで遊び続けた、僕の子供時代
僕には〝足の恨み〟がある。今から40年近く昔、僕が小学校2~3年のころ、とても欲しいオモチャがあった。それは5機のメカが変形・合体すると、1つの巨大ロボになるというモノ。いわゆるDXセットというやつだ。
5機を単品で買って合体させる手もあったが、僕は一気に全部が揃うDXセットを、その年の誕生日プレゼントに買って欲しいと親に懇願した。
しかし買ってもらえたのは、グリーンかイエローの単品ひとつ。しかもそいつは変形しても足の部分にしかならない。僕はクリスマスの来る7カ月間、ずっと足だけで遊び続けたのだった……という〝足の恨み〟。
こんな経験があるから自分の息子には同じ思いをさせたくないと、それが良いか悪いかは別として、妻から怒られようとも欲しいオモチャはできるだけ何でも買ってきた。
にしても、たった3カ月で飽きられるとは。しかもそれに替わったのが、僕が気まぐれで、ちょちょいと作ってあげたベルトって。「とほほ」とは、まさにこのことである。
しかし息子にとって〝ニューブロックで模倣したベルト〟は衝撃的だったようで、それからことあるごとに「なんかかいて」「なんかつくって」と頼んでくるようになった。「ようかいうぉっち、かいて」「くれよんしんちゃん、かいて」「といすとーりー、かいて」。
絵を描くのは嫌いじゃないので「はいよ」と次々描いてあげると、それらで遊び出したのだ。
彼の後ろには他のヒーローの変身ベルトや武器、ミニカーにスーパーボールなどがぎっしり詰まったオモチャ箱があるのに、それらは一切無視。それよりも僕の作ったベルト、僕の作ったジバニャンで遊んでいる。それはそれで嬉しいけれど、ちょっとガッカリもするのである。
大好きなパパが怒った……。そして息子は?
公園で「かっこいい剣のような枝を見つけようぜ」と彼を誘えば、日が暮れるまで遊んでいられる。子どもにとってこの世のすべてがオモチャだし、値段なんかじゃないんだと痛感させられた。
やおら「何か描いてみなよ」と彼を誘ってみるも、「ぱぱみたいにじょうずじゃないから」と描こうとしない。
それでも「何か描いてみなよ」と促すと、何かを真剣に描き出した。「これ、ぱぱ」。「うわっ、上手じゃん!」大袈裟に褒めると、誇らしげに、でもどこか気恥ずかしそうにチビは笑うのであった。
さて、そんなある日の夜のこと。就寝時間はとうに過ぎたのに、歯磨きはおろかオモチャの片づけすらしないで、まだ遊びふけっていた息子。何度注意をしても、一向に歯磨きも、片づけもしない。
ついに堪忍袋の緒が切れて
「何でなんもしないの! 言うこと聞けないなら、パパもう遊ばないよ!」
そう大きな声で言い、僕は自室にこもった。
するとしばらくして、息子が僕の部屋に入ってきた。
手には2枚の紙が。
そして「ぱぱ、さっきはごめんね」と言いながら、2枚の紙を渡してきた。
見るとそれは「ぱぱ だいすき」と書かれた手紙と、さきほど誉めた僕の似顔絵だった。
「大好きだから、怒らないで」
「大好きだから、遊ばないなんて言わないで」
そういう、5歳児なりの必死のアピールだったのだろう。
しかも誉められてよほど嬉しかったであろう、僕の似顔絵を添えて。
以来、僕に怒られると彼は手紙を寄こすようになった。
「ぱぱ だいすき」
「ぱぱ いちばんだいすき」。
その都度、「僕に笑って」「やさしくして」と必死に愛を乞うてくる姿にいじらしさを感じ、胸が痛くなる。
「パパもさっきは大きな声を出してごめんね」
「いいよお」
「許してくれるの? ありがとう」
「だってぱぱはね、ぼくがうまれてからずっとやさしいから、いいよお」
こんなん言われたら、新しいライダーベルト買ってまうわ。
(編集・榊原すずみ)
■村橋ゴローの育児連載
親も、子どもも、ひとりの人間。
100人いたら100通りの子育てがあり、正解はありません。
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