■ロンドン東部の「日曜集会」
国連が呼びかける「国際女性デー」となった3月8日、イギリスではロンドン、北部マンチェスターなど各地で女性の地位向上を求めるデモが行われた。
筆者はこの日朝、ロンドン東部にあるコミュニティ組織「ポプラー・ユニオン」が開催するイベントに向かっていた。国際女性デーに合わせた企画「女性に焦点(Women in Focus)」の中の「日曜集会」に出るためだ。
集会の司会役を務める、ボランティアのマグス・ヒューストンさんによると、日曜集会はキリスト教の教会で行われる日曜ミサに相当する。こちらの方は宗教色がなく、コミュニティの誰もが気軽に参加できるという。
「今日は国際女性デーですので、これを記念して、まずはこの歌から始めましょう」。
ヒューストンさんが集まった人々に立ち上がるよう呼び掛けた。
バンドが奏でた音楽は、米歌手シンディー・ローパーの「ガールズ・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン」だった。会場内の大画面に歌詞が映し出されていく。
その歌詞の出だしは、こうであった。
朝帰りをした娘に母親が「いつになったらまともになるの?」と聞く。そして、「ああ、女の子たちは楽しいことをしたいだけなのよ(Oh girls just want to have fun)」。
男女が入り混じった参加者は楽しそうに歌っていたが、筆者は「これはまずいぞ」と思わざるを得なかった。まず、大人の女性で、自分たちを「girls(女の子)」と呼ぶのはどうなのか。そして、「ただ楽しいことをしたいだけなのよ」と何度も繰り返すなんて、まるで「頭が空っぽでもいい」、「難しいことはわからない」と宣言しているようなものだ。
これが2020年の女性の歌として歌われるなんて、しかも国際女性デーに?
2曲目はアレサ・フランクリンの歌だったが、「パートナーの男性のおかげで自分の今がある」という内容で、これもまた、自立した存在として女性をとらえていないような印象を与え、筆者には時代錯誤的にしか思えなかった。
しかし、女性に対する嫌がらせを排除するための運動をたった一人で始めた女性のスピーチで、会場の雰囲気はがらりと変わった。
■クリニックの前に群がる人々
「あれは一体、何なのだろう?」
数年前、ロンドン西部イーリングに住むアン・ベグリオ=ホワイトさんは、ある医療クリニックの前に数人が集まっている様子を目撃した。この時私は自転車に乗っていたので、「変だな」と思いながらも、通過するだけだった。
調べてみると、そのクリニックはマトック・レーンにあるマリー・ストープス・クリニック。中絶手術のためにクリニックを訪れる女性たちに向かって、中絶を止めるよう働きかけをしている人々がいた。
「汝、殺すなかれ」、「中絶は赤ん坊を殺すことだ」などと書かれたプラカードを持って立ち、ある人はプラスチック製の小さな胎児の人形をクリニックを訪れる女性たちに渡していた。ベグリオ=ホワイトさんが目にしたのは、こうした人々だった。
イギリスでは人工中絶は合法化されている。「何らかの理由で妊娠を中絶することを決め、クリニックにやってきた女性たちにとって、これは威嚇行為、嫌がらせ行為だ」。ベグリオ=ホワイトさんは「何とかしなければ」と思うようになったという。
ベグリオ=ホワイトさんは「シスター・サポーター」というネットワークを立ち上げた。毎週土曜日にクリニックまで出かけ、近隣住民の声を集め、その情報をデータベース化した。 クリニック前での威嚇行為の写真も撮った。
▽「シスター・サポーター」
そして、「弁護士と友達になった」。法律の専門家のアドバイスを受けることにしたのである。クリニックがあるマトック・レーンを「安全地帯」として指定し、この中でクリニックに入ろうとする人々に嫌がらせや威嚇行為を行うことを禁じる「公共空間保護令」をイーリングの地方自治体に発令してもらうことが目標となった。
―署名集めに苦心
自治体に動いてもらうには、最低でも住民750人からの署名が必要だった。
「コネがあったわけではない」とベグリオ=ホワイトさん。自治体の集会に出席し、あらゆるカフェに運動をアピールするチラシを配り、メディアにも記事を書いてもらうよう働きかけた。自治体の「地域安全課」で働くスタッフと親しくなった。ソーシャルメディアでの呼びかけにも力を入れた。
保護令に向けて集めた署名は3000を超えた。
2017年10月、イーリング自治体は保護令適用を決定し、翌年4月、施行された。マリー・ストープス・クリニック前での中絶反対運動者の嫌がらせは、これで消えていった。
満場一致の拍手を浴びてスピーチを終えたベグリオ=ホワイトさんに、改めてなぜこの運動を始めたのかを聞いてみた。
「女性には、誰にも、そして宗教を含む何にも干渉されずに、中絶するかどうかを決める権利があると思ったからです」。
■BBCの「50:50プロジェクト」も一人の発案から
イーリングでの運動は、ベグリオ=ホワイトさんの「これはおかしいぞ」という発想に基づいて発展した。
イギリスのメディア界でも「たった一人の発想」が功を奏した例がある。
2017年のある日、「BBCニュース」チャンネルの番組「アウトソース」の司会者ロス・アトキンスさんは、ふとこう思った。「男女は人口の上では半々なのに、テレビに出る人は男性が多いぞ。おかしいな」。
そこで、自分が担当する番組の中で、まずは出演者を男女で半々にしようと思い立った。上司に相談したわけではない。あくまでボランティアで、気軽に始めた。
しかし、スタッフもこの案に乗ってきた。筆者がアトキンスさんに直接聞いたところでは、「番組でコメンテーターが必要になったとき、まず女性でいないかを探す。メディア慣れをしていない専門家の場合は、トレーニングを提供する」やり方を取ったという。
「男性から不満は出ないのか」と聞くと、笑いながら「BBCにはほかにもたくさん仕事があるので、そういうことはない」という答えが返ってきた。
「アウトソース」の例をほかの番組も真似しだした。BBCが英語版サービスで全局的に取り上げることにしたのが、2018年。 1年後の2019年4月時点で、このプロジェクトに参加した番組の中で女性比率が50%を超えたのは、全体の74%となった(18年時点は27%)。
BBCの調査によれば、視聴者の3人に一人が「女性が増えたことに気づいた」という。
筆者自身、BBCのニュース・時事番組を見ていて、ふと気づくと「ほとんどが女性」である場合によく出くわす。
▽BBCの「50:50プロジェクト」
■日本で、より女性が活躍できるようにするには
昨年12月に国際機関「世界経済フォーラム」が発表した、世界の男女格差ランキングによれば、日本は121位。イギリスは21位である。
日本の場合、政治面での女性の活躍度が低いことがランキングを下げている(「政治エンパワーメント」では153か国中144位)。
状況を変えるには複合的な対策が必要となりそうだが、日英で暮らした経験を持つ筆者が感じるのは、「どんな場所にも女性がいることが普通になること」の重要性だ。単純すぎると思われるだろうか?
国際女性デーの日に、BBCの取材を受けた国際通貨基金のクリスタリナ・ゲルギエバ専務理事が、実はそう言っている。
「女性の地位を上げるためにはどうするべきと思うか?」と聞かれ、細かい表現は失念してしまったのだが、「女性の姿が目に付くようにすること、その場にいるようにすること」という趣旨の答えを述べていた。
テレビのコマーシャルも重要だ。イギリスの広告基準協会は「性別と役割を固定した表現を用いた広告」を禁止している。例えば、母親が家事をする描写は良いが、家族の中で母親だけが家事を担当している描き方はダメである。
広告も含めたメディアが果たす役割は大きい。
(文:在英ジャーナリスト、小林恭子/編集・榊原すずみ)