ずっと、何かをしなくてはならないような気がしていたー。
東日本大震災から9年。自分にできる貢献を、今も探し続けている人たちがいる。
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地域の情報共有に特化したご近所SNS「マチマチ」。今このサービスと連携し、情報発信をする自治体や町会などが増えている。
2019年の台風19号など、災害時に活用された「防災コミュニティ」機能。それが誕生した背景には、東日本大震災と原発事故で福島の故郷を「失った」ある社員の思いがあった。
同社でマーケティングなどを担当する石井智彦さん。出身地は、福島県富岡町。東京電力福島第一原発から約10キロ南にあり、事故により一時は全町避難を強いられ、住民はバラバラになった。
震災当時は、都内の別の会社に勤めていた。幸い、地元にいた両親らは無事だったが、それは、石井さんにとって地域そのものを失う体験だった。
「地元の友達は避難して、みんな自宅に戻れなくなりました。あの瞬間に、原発で働いていた友達も。かたや、自分は東京で何も被災していなくて、無事で、普通に生活していました。変な気持ちでした」。
震災後、しばらくして一時立ち入りが認められた頃。石井さんは、町を訪れて、誰も人が居ない故郷を写真に収めた。知り合いの体験談を聞いて記録に残したりもした。両親にも知らせずに、ひっそりと。
それはずっと、何かをしなくてはならないような気がしていたからだ。
でも、自分が本当に何をすべきなのかは、わからないままだった。
「自分にできることって、何なんだろう?」
9年の間には、福島に帰ろうか、と考えたこともあった。
しかし、ウェブコンサルティングやアナリストとして働く忙しい日々。故郷に仕事があるかもわからない。仕事と暮らしに追われるうち、あっという間に月日が流れた。
その間にも、北海道や熊本の地震、水害など日本各地で災害が発生するのを耳にした。うっすらと、心に重たいものが、溜まっていった。
転機は2019年秋、千葉県などを襲った台風15号。
その関連情報が、マチマチにも投稿されていた。さらに、追い打ちをかけるように、台風19号が再び上陸するとの予報が飛び込んできた。
「災害情報共有に役立つ仕組みを作らないと」。
同僚のエンジニアとともに、急いで「防災コミュニティ」の立ち上げに奔走し、何とか台風19号の到達前に、その仕組みを完成することができた。
同社が台風の約1カ月前に協定を結んでいた、千葉県鴨川市。
台風19号による停電などで市のサイトは更新ができなくなり、職員は自分のスマホからTwitterやFacebookに情報を投稿するのが精一杯だったという。
その情報が、マチマチを通じても地域の人々に伝わった。さらに、自治体の情報だけではカバーしきれなかった、近所の川の水位、お風呂に入れる場所、避難所、給水などの情報は、住民同士でやりとりされた。
また、東京都大田区では、マチマチの情報がきっかけで避難を決めた住民もいたという。台風が接近する中で、多くの写真が投稿されていた。そこで、近くの川の水位や、人でいっぱいとなっている避難所の様子を知り、危険が身近に迫っていると感じ、避難を決断したという。
ずっとわからなかった、自分に何ができるのか?ということ。
今の会社で働いた手応えを元に、石井さんはその答えをおぼろげながらも感じている。
「マチマチというSNSで地域の人たちがつながって、災害時に少しでもその場をしのげるコミュニティを作れたら。それを僕がやってもいいのかな、と」。
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マチマチのミッションは「近所のつながりを通じて、地域の課題を解決する」こと。首都圏を中心に月間200万人に利用されている。
特徴は、会員が住所を入力することで、住んでいる場所から半径1-10キロに地域設定した利用者同士がコミュニケーションできること。災害情報の共有では、Twitterなども活用されるが、検索しなくても居住地域の情報がピンポイントで得られるなどの特徴から、災害時に有効活用された。
同社は鴨川市を含む25の自治体と提携して情報発信をしている。災害だけではなく、日常的には町会の情報発信、地域の保育園や医療情報などを交換する子育てコミュニティでの情報交換などに主に活用されている。