「セカンドキャリア」って言葉は好きじゃない。横浜F・マリノス大津祐樹が今、大学生を支援し始めた理由

高卒でプロ入りした大津祐樹が、大学生を支援することで壊したい“壁”とは。一方、現役選手がビジネスを始めるとあがる批判の声は、どう受け止めているのか。

2月、2020年シーズンのJリーグの戦いが幕を開けた。

昨年、15季ぶりにJ1を制覇した横浜F・マリノス。連覇を目指すチームの中に今年、新たな試みを始めた選手がいる。日本代表経験もあるFW大津祐樹だ。

2020年1月、大津は大学生のサッカー部員を支援するプロジェクト『Football Assist』を立ち上げ、自ら代表取締役に就いた。

なぜ現役である今、大学生をサポートしようと考えたのか。リーグ開幕前に本人に会って話を聞いてきた。

大学生のサッカー部員を支援するプロジェクト『Football Assist』の代表取締役の大津祐樹
大学生のサッカー部員を支援するプロジェクト『Football Assist』の代表取締役の大津祐樹
HARUKA OGASAWARA

『Football Assist』は、大学サッカー部の活動を長期的に支援するプロジェクト。「サッカーを続けてきた人たちが報われる世界を作る」というのが事業の理念だ。

 

大津とともに、現在フランスのマルセイユでプレーする酒井宏樹が発起人となって2020年1月に始動した。

 

全国の大学のサッカー部に所属する学生を「トレーニング強化」「備品」「キャリア」の3つの柱で支援し、全力で部活に打ち込める環境を作るだけでなく、部活引退後のキャリア支援までサポートするというのが最大の特徴。学生はこれらの支援をすべて無料で受けることが出来る。

Football Assistは、2020年1月に始動。大津祐樹とともに、現在フランスのマルセイユでプレーする酒井宏樹が発起人だ
Football Assistは、2020年1月に始動。大津祐樹とともに、現在フランスのマルセイユでプレーする酒井宏樹が発起人だ
Football Assist

高卒でプロ入りしたのに...なぜ今、「大学生」を支援?

大津は高校卒業後、柏レイソルに入団。それゆえ、自身は「大学生」を経験したことがない。なのになぜ、プロジェクトの支援対象を「大学生」に絞ったのだろうか。

 

元々、大津祐樹と酒井宏樹の2人は、共にレイソルでプレーしていたことが縁で2016年に主に小・中学生向けのサッカースクールを立ち上げていた。

 

今回のプロジェクトは、そのスクールを運営する中で感じたことが大きなきっかけとなったと大津は話す。

スクールで子どもたちを指導できた経験は、非常に大きなものでした。子どもたちはもちろん、その親御さんからも良い反響があったりして。

子どもたちと向き合う中で、「もっと上の世代のサッカーに取り組んでいる人たちにも、プロ選手として出来ることがないか」と次第に考えるようになって。そこで、今後は「大学生」にもアプローチしていこうということになったんです。

確かに僕は大学に通ったことがないし、ありがたいことに高卒でプロの世界に入ることが出来ました。

その一方で、同じ世代で大学に進学して部活動でサッカーを続けている友人たちと集まった時、すごく沢山の悩みを抱えていることを知ったんです。

「大学生」という立場を客観的に見て気づいたのは、大学生であることの難しさは、様々な選択肢の中から自分の進む道を自分自身で判断して決めなきゃいけないということ。

けれど、これまでサッカーしかしていないと、近い将来やってくる就職やキャリア選択に対してどうアプローチすべきか、その方法が何も分からない。それが、“悩みの種”になっていたように感じました。

そんな悩みと向き合う彼らを見てきたことが、「大学のサッカー部員たちの活動をサポートする」というこのプロジェクトの形に繋がりました。

大津祐樹は所属する『横浜F・マリノス』J1連覇を目指す
大津祐樹は所属する『横浜F・マリノス』J1連覇を目指す
©Y.F.M

現役中のビジネス、ベースになっていること

なぜ、アスリートとして引退した後ではなく「現役中」に活動することにこだわるのか。その意図について、大津はこう話す。

サッカースクールを運営していた時にも感じたんですけど、「現役中だからこそ伝えられること」が沢山あると思っています。

小笠原さん(筆者)に逆に聞きたいんですけど、僕らが子供の頃って、サッカー選手に触れ合える機会ってそう多くはなかったと思いませんか?

(※大津選手は1990年、筆者は1989年生まれで同年代)

私:はい。少なかったと思います。

ですよね。そんな機会はなかなか訪れなかったはずです。

今、僕や酒井がプロとしてやっているからこそ子どもたちに還元できることがあるのに、出来ることをやってあげられないのはもったいない。そう思ったからこそ、当時はサッカースクールを作ったんです。

基本的に、僕の活動の全ては自分が子供の頃に求めていたことがベースになっています。単純に「僕が当時してもらえなかったこと」をプロサッカー選手になれた自分がやろうと

例えば、サッカーの技術であれば「プロってこんなすごいんだ」と触れることだけでも大きな学びのきっかけになると思うし、ちょっと行動を起こせば子どもたちにとって良い環境を作れる。なのに、行動を起こさないためにそれが出来ないのは、残念な事じゃないですか。

そしてこれは、大学生の支援に当てはめて考えても同じことが言えると思います。

自分がプロサッカー選手として感じてきたものを伝える事で、学生たちには何か一つでもプラスになることを吸収してほしい。

僕は「大学生」という立場を経験しなかったけれど、一方で高卒でプロに入ったからこその苦労を経験しました。

スパイクの選び方や効果的なトレーニングの仕方、適切な食事などプレイヤーとしての疑問から、礼儀やお金の使い方、「サッカー選手は社会でどんな存在であるべきか」という概念的なことまで、本当に最初は右も左も分からなかったですから。

そんな、デビュー当時の僕が抱えていた悩みやその答えは、きっと大学のサッカー部員たちが活動する中でも知識として活きるはずだし、学生の皆がプロの門を叩けなくても、そんな知識が少しでもある状態で社会に送り出してあげたい。

引退後に同じ取り組みをやるよりも現役中の方が説得力も増すし、経験がよりリアルに伝わるはずだと僕は思っていて。だからこそ、「いま」行動を起こすことに価値を感じています。

活動の全てが「自分が子供の頃に求めていたことがベース」になっていると話す
活動の全てが「自分が子供の頃に求めていたことがベース」になっていると話す
HARUKA OGASAWARA

現役選手がビジネスに参入するたびに必ず耳にする批判の声。どう受け止めている?

プロサッカー界では、大津や酒井のように日本代表経験のある選手たちが、現役中にビジネスやプロジェクトを始める例は少なくない。

 

本田圭佑選手が2020年1月、東京に新たなサッカークラブ『One Tokyo』を立ち上げたのは記憶に新しい。他にも、長友佑都選手は運動や食事、ヘルスケアを事業の柱とした株式会社Cuoreを2016年に設立し代表を務めている。

 

だが、現役のアスリートである以上、ピッチでのパフォーマンスが伴っていなければ、ビジネスや事業としての活動は時としてファンや世間から批判を受けることに繋がる。実際、そのような声が聞かれるのも事実だ。

 

大津はそんな世間の見方をどう受け止め、自身のビジネスと向き合っているのか。

確かに、プロサッカー選手が現役中に「会社を立ち上げた」となると、必ず厳しい見方をされます。それは事実ですね。

現役中に事業をやるのは「違うだろ」とか「それって正直どうなの?」って声もあると思います。例えば、世間からしたら「そんなことやってないで、サッカーをちゃんとやれ」と思う人もいるだろうし。

ただ僕としては、サッカーと会社の経営を別に完全に分けているわけではない。「2つのことをやっている」という感覚は別にないんです。

というのも、これまで話してきたように、この大学生の支援プロジェクトのビジネスモデルは僕がこれまで後輩たちに伝えてきた経験や学びを今後は大学生にも伝えていこうという取り組み。現役選手としての延長線上にあるものですから。

それに、僕より上の世代の先輩たちにも、現役中にビジネスとしてサッカー界に貢献しようと取り組もうとした人はいたと思います。

ただ、少し前の世代は「現役中にビジネスをやっていいのか」「現役中にやっちゃダメなんじゃないか」という葛藤を抱えていただろうし、当時の社会の風潮もあったから実現できなかっただけで。

だからこそ、僕らの世代でその“壁”みたいなものは取っ払いたいなと思っています。

今では選手を取り巻く環境も昔と変わってきているから、自分にできることがあるならばやりたい。将来を担う学生たちの環境にプラスになることは、ためらう事なくやっていきたいと思っています。

「サッカーと会社の経営を別に完全に分けているわけではない」。「2つことをやっている」という感覚は別にないと大津は話す
「サッカーと会社の経営を別に完全に分けているわけではない」。「2つことをやっている」という感覚は別にないと大津は話す
HARUKA OGASAWARA

「セカンドキャリア」という言葉への違和感

アスリートは、世間から名の知れた有名選手であればあるほど「引退後」の活動に注目が集まる。

 

引退後は、指導者や競技解説者になる人もいれば、全く違うフィールドに飛び込む人もいる。そして後者については時に「セカンドキャリア」と表現される。

 

すでに現役中からビジネスに取り組む大津は、この「セカンドキャリア」という表現への“違和感”を口にした。

僕、『セカンドキャリア』って考え方や言葉が好きじゃないんですよね。

そもそもなんで、スポーツ選手だけ、ファースト・セカンドキャリアって分けられなくちゃいけないの?っていつも思うんです。

自分の場合は、これまでサッカーで学んだことを活かして、引き続き選手としてプレーをしながら新たな仕事やビジネスにつなげる。その全てが僕の「キャリア」だと思っています。

「セカンドキャリアとしてビジネスをやろう」という意識は別にないし、今自分が取り組んでいることが、引退した途端「セカンドキャリア」になるとも思わないですし。

だから、“アスリートが新しいことを始める=セカンドキャリア”というような切り口で過剰にメディアに報じられたり、くくられて考えられてしまうのは少し不本意ですね。

アスリートが引退後に競技から離れて全く別の新たな仕事をすると、それが「セカンドキャリア」と表現されますけれど、僕の意見としては、全く別の仕事やビジネスでも、現役時代の活動や思考はどこかしらに活きてくると思うので。

無理に「ファースト・セカンド」って分けなくてもいいと思うし、それが可能性を狭めることに繋がる気がしますし。自分が胸を張って取り組んでいることが社会に対してプラスになることだったら、別にそれでいいんじゃないかなと思うんです。

大津は「セカンドキャリア」という言葉に違和感があるという
大津は「セカンドキャリア」という言葉に違和感があるという
HARUKA OGASAWARA

「プロになれ」と応援するだけじゃない、現役選手の“役目”

取材当日、大津は「この後、大学に行くんです」とスーツ姿だった。

 

このプロジェクトでは、大津がオフの時間を使って自ら企業や大学サッカー部に赴き、事業内容をプレゼンする。学生に対しては、直接ヒアリングも行っている。

 

大学生の生の声を聞くことにこだわるのは、現役選手である自分に“ある役目”があると感じるからだという。実際、学生からはどんな声が聞かれるのか。

ヒアリングをした中で、サッカーをずっと続けている大学生の一番の不安は、「キャリア」でした。

「就職活動ってどうしたらいいんですか?」「どんな企業がいいんですか?」という悩みがすごく多かったんです。

「そんなの自分で考えるべき」と思う人もいるかもしれない。ただ、自分もそうでしたが、サッカー1本だけをやっていると他の道への想像がつかないんです。これは他のスポーツを続けている学生もそうかもしれない。

もちろん、このプロジェクトでサポートした大学生にプロになってもらいたいというのが第一にあります。だから、「トレーニングはこうするといいよ」とアドバイスする。

けれども、一方でサッカーの夢に破れた学生のサポートもしてあげるのが、僕ら現役選手の役目なんじゃないかなとも感じています。そして、そこに関して逃げちゃいけないなと思うんです。

どんな人でも、いつかはサッカーを辞める時が来る。その人たちがこれまでサッカーを通じて培ってきた経験を次のステップでもしっかり活かして活躍してもらいたい。そう思って、このプロジェクトでは「キャリア支援」を大きな柱の一つにしました。

具体的にはキャリアアドバイザーに学生が相談できる環境を作って、企業に説明会を開いてもらったり、逆に学生が企業を訪問できる機会を作ったりしています。

サッカーをやっていると、「チームの中での自分の役割」を意識する。ある場面では、パスなのかシュートなのか。「状況を判断する力」も身につく。

培ってきた能力やスキルは、サッカーというフィールドを離れても、企業や組織での活躍に活かせるはずです。

僕自身サッカーを続けてきた身として、学生たちにはやはり「やってきたことは無駄じゃない。価値があるんだよ」と伝えていきたい。

そして、プロ選手である自分の声ならば聞いてくれるのなら、学生に代わって僕自身が企業にサッカーを続ける学生の価値をPRしていきたい。だから自分でプレゼンに行くし、ヒアリングに行くんです。

学生たちには、これまでサッカーに捧げてきてまだ気づけていない自分の「伸び代」に気づいて欲しい。

僕は、そんな学生たちが挑戦できる世界を少しでも広げてあげたいなと思っています。

自分自身も学生と共に、成長できるように努力していきます。

――

2年連続でシャーレを掲げる目標に向け、大津祐樹は今季もピッチを駆ける。

(取材・文/小笠原 遥)

できる限り現役選手であり続けたいと話す。今季は2季連続でのJ1制覇を目指していく
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HARUKA OGASAWARA

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