逃亡後、1月8日にレバノンで約2時間半に渡って行われたゴーン被告の記者会見。日本メディアは一部を除いて取材拒否されたが、会見の様子は世界中で生中継された。
ゴーン被告を「主導権を握った」とするBBCの一方、「自らを称えるためのショー」とフランスメディアは報じ、海外メディアの反応は賛否両論だった。
これまでのゴーン被告の事件を詳しく取材してきた1人であり、フリーランスで国内外メディアに執筆しているジェイク・エーデルスタイン氏にも、話を聞いた。
エーデルスタイン氏は日本の大手新聞社で長年記者として勤務し、警察への取材も経験しており、日本の司法事情にも詳しい。そんな彼は今回の会見を見て、「正々堂々と自分の決意となぜ逃げたのかを説得できるような説明だと思った」と話す。
「この会見の目的は、無罪を説得することではなく、日本の司法制度を批判することで、逃亡することは仕方ない、と思わせること。それに関しては、会見後に世界が日本の司法制度の問題に注目し、日本国内でも注目されていることから大成功と言えるでしょう」
また、ゴーン被告の会見を受けて同日未明に法務省で開かれた会見では、森雅子法務大臣が『司法の場で無罪を「証明」すべきだ』と反論。この発言は、のちに「無罪を『主張』」を言い違えたとTwitterで釈明したものの、「推定無罪」であるべき日本の司法制度への懸念をさらに強める決定打となった、とエーデルスタイン氏は加える。
「ゴーン被告の会見と、森法相の発言を聞いた外国人は、『日本の刑事裁判は公正じゃない、起訴されたらおしまいだ』と思ったでしょう」と話す。
賛否両論となったゴーン被告の記者会見だったが、報じた記事へのコメント欄を見ると、彼に同情する意見も多いという。
「中立な立場であるメディアは、違法行為である保釈中の国外逃亡を肯定することは言えない。でも市民レベルでは、ゴーン被告の行動に共感するような感想を持つ人は多い」と話す。
また同時に、ゴーン被告は日本メディアへの批判も主張。会見からの締め出しもそうだが、会見内で、検察のメディアへのリークを違法だと指摘した。
肝心な容疑に対するゴーン被告の主張についてエーデルスタイン氏は、「会見では成功でも失敗でもなく、今後証拠をどれだけマスコミに流し、みんなを説得できるかが重要」と話した。
逮捕・保釈・逃亡・会見... 節目ごとに変わっていった海外からの視点
記者会見後も、海外メディアの反応は賛否両論だった。一方、ゴーン被告逃亡後に行われたフランス紙フィガロによる調査では、国民の約8割がゴーン被告の逃亡を支持しているという結果が出た。
実際、海外メディアや市民たちは、ゴーン被告のケースをどう見ているのだろうか?
2018年11月の最初の逮捕から、2019年の会見告知後の4回目の逮捕、逃亡、妻キャロルさんへの逮捕状、そしてレバノンでの会見...。これらの節目節目に、海外の世論はかなり大きく動いた、とエーデルスタイン氏は話す。
【2018年11月:逮捕】
最初の逮捕の時は、「日本は欲張りな金持ちをちゃんと処罰する国だ」と有罪の可能性が高いと思われていた、と彼は話す。しかし、逮捕内容が明らかになると、日本を良く知る人は疑問を持つ人も出てきたという。
【2019年4月:会見告知後に4度目の逮捕】
保釈中、Twitterで会見を告知した後、異例の再逮捕となったゴーン被告。弁護側は検察を「口封じのため」と非難した。日本国内でも様々な意見が飛び交ったこの逮捕は、海外での世論も大きく変えることになったという。「これまでは、『ゴーン被告は多分有罪』という風潮、同情があっても『拘留が長くて酷いんじゃないか?』程度だったのが、これを機に『これは酷い』『検察は何か隠してるんじゃないか?』『無罪かもしれない』という人が増えた」という。しかしその後は大きな動きもなく、世間の興味は薄れていった。
【2019年12月末:逃亡】
もはやハリウッド映画のような逃亡は世界中で報じられ、大きな注目を集めることとなった。多くの人が逃亡手段に興味を持ち、その概要が分かってくると、次は日本の司法制度に注目が集まった。「逃亡後、海外の反応は賛否両論、五分五分だったでしょう。でも 市民レベルでは、ゴーン被告の行動に共感するような感想を持つ人は多い」と話す。
【2020年1月8日:ベイルートでの記者会見】
約2時間半に及ぶ記者会見は、先出の通り、海外メディアからも賛否両論があった。ゴーン被告の潔白を証明するまではいかなかったが、彼の目的であった日本の司法制度の批判は世界からの関心を集めた。
また、会見前日に出されたゴーン被告の妻キャロル氏への逮捕状は、人々から「酷い」と怒りを買った」とエーデルスタイン氏は話す。
彼の潔白を証明するという点に関しては、「今は第2幕を待っているところ」だという。「ゴーン被告は証拠を示すと言っている。それがどんな証拠なのか?これは財力があり、時間と労力を注ぐことができる一部の海外メディアがそれらを吟味して記事を書くことになるでしょう」
これら一連の動きを経た今、海外の世論について「昨年はあまりゴーン被告に同情する人は多くなかった。今は世論も少し彼の味方になっている」と彼は見る。
一方森法相は、日本の司法制度を批判する内容の社説を掲載した米ウォール・ストリート・ジャーナルに「制度を正確に踏まえていない」という反論文を寄稿し、1月14日に掲載された。日本の刑事司法の正当性を海外に訴えるためと見られる。
気になる今後は?
注目される日本の司法制度についてエーデルスタイン氏は、「日産が潰れでもしない限り、現在の状況では外圧によって変わることはないだろう」と話す。
そして経済面の影響については「今、日本企業のトップをやりたい外国人はいないんではないか?国家として、日本の司法制度は人権問題に関して非常に遅れている。日本人社長は起訴しないが、外国人だと徹底的にやる、という事例があり、日本は『外国人嫌い』という印象を与えたでしょう」と語る。
そして気になる、ゴーン被告の今後はどうなるのだろうか?
「レバノンにはぶどう園があるので、家族と仲良くワインを飲みながら和気藹々(わきあいあい)と引退生活を楽しむのではないでしょうか」とエーデルスタイン氏は肩をすくめながら話した。
ジェイク・エーデルスタイン氏 プロフィール
アメリカ出身の調査報道記者。1988年に19歳で来日。上智大学にて日本文学専攻。外国人初の読売新聞記者となり、10年以上勤務。2006年から2008年にかけてアメリカ国務省主催による、「日本における人身売買実態調査」を担当。現在、アメリカのニュースサイトThe Daily Beast、国内のThe Japan TimesやZAITEN(財界展望)などに寄稿している。