ジャーナリストの伊藤詩織さんが、元TBS記者の山口敬之さんから性行為を強要されたとして慰謝料1100万円の損害賠償を求めた民事訴訟の判決が12月18日に東京地裁であった。
鈴木昭洋裁判長は山口さんに慰謝料など約330万円の支払いを命じた。山口さん側の請求は棄却した。
訴状によると、伊藤さんは2015年4月4日の早朝、就職相談のために食事をした当時TBSのワシントン支局長だった山口さんから、意識を失った状態で性行為を受けたという。意識を取り戻し、やめるよう訴えた後も、山口さんは性行為を続けようとしたといい、重大な肉体的・精神的苦痛を被ったと主張していた。
一方、山口さんは2019年2月、伊藤さんから名誉を毀損されたことで社会的信用や仕事を失ったとして、慰謝料1億3000万円や、謝罪広告の掲載を求めて反訴。裁判では、山口さんの訴訟も合わせて審理していた。
判決では「酩酊状態にあって意識のない原告に対し、合意のないまま本件行為に及んだ事実、意識を回復して性行為を拒絶したあとも体を押さえつけて性行為を継続しようとした事実を認めることができる」として、山口さんの不法行為が認定された。
また、山口さん側が主張していた、名誉毀損、プライバシー侵害による不法行為にはあたらないとして山口さん側の反訴は棄却した。
裁判で食い違った双方の主な主張
<合意の有無>
伊藤さんは、山口さんとの会食で2軒目に入った寿司屋で記憶を失い、次に意識がはっきりとした時には山口さんが滞在していた都内のホテルのベッドでレイプされていたと主張。「やめて」「痛い」と抵抗の意思を示したと訴えていた。
一方、山口さんは関係を持ったことは認めた上で、「彼女が明らかに性交渉に誘ってきているものと理解した」と主張。両者の主張が真っ向から対立するかたちとなった。
山口さんは、法に触れるような行為は「行なっていない」として、伊藤さんの主張については「虚言癖」だと反論した。
<判断能力の有無>
山口さんは、ホテルから客室までは伊藤さんが支えられながらも自力で歩いたと主張している。部屋では、嘔吐した伊藤さんが謝罪を繰り返し、性行為を誘ったという。
一方、伊藤さん側は、自立歩行できない状態だったと反論。仮に伊藤さんが話したり動いたりすることができる状態だったとしても、酔って嘔吐を繰り返すような状態では正常な判断能力を持っていたとは言えないと主張している。
<伊藤さんから山口さんへのメール>
事件後の2015年4月6日、伊藤さんから山口さんに送ったというメールの内容についても、両者の主張は対立した。
「無事にワシントンに戻られたでしょうか?」などと山口さんを気遣うような内容で、山口さん側は「強姦の加害者に発信する言葉掛けとして通常あり得ません」と主張した。
一方、伊藤さんは「全く何もなかったように過ごすのが自分の身のためなのではないかと思った」と証言。
伊藤さん側の弁護団は、「自分に何が起きたのか冷静に受け止めることができない混乱状態にある中で、何もなかったことにしたいという不可能な願望にとらわれる」といった反応は、性暴力の被害者に共通する対応として見られると指摘している。
“名前・顔出し会見”から2年半。
伊藤さんが警視庁に準強姦容疑(当時)で被害届を提出したのは2015年4月。いったんは逮捕状が出たものの、逮捕直前で取りやめとなり、山口さんは翌2016年7月に嫌疑不十分で不起訴となった。
伊藤さんは検察審査会に不服申し立てをしたが、検察審査会も「不起訴相当」と判断した。
この事件が注目されるようになったのは、2017年5月29日。検察審査会への不服申し立てのタイミングで、伊藤さんが司法記者クラブで行なった記者会見だ。
性被害を訴える会見では珍しく、名前と顔を出して記者会見したことが世の中に衝撃を与えた。2017年10月には、自身の体験や性被害者支援の課題をつづった著書「Black Box」を発表し、海外メディアなどにも大きく注目されるようになった。
ジャーナリストとして活躍の場を広げている伊藤さんは、現在はロンドンを拠点に活動。
孤独死をテーマに監督した作品「Lonely Deaths」は、国際メディアコンクール「New York Festivals 2018」のドキュメンタリー部門で銀賞を受賞。制作会社「Hanashi Films」も設立した。
2019年には、西アフリカのシエラレオネ共和国の伝統である「女性器切除(FGM)」に切り込んだドキュメンタリー作品を公開。クラウドファンディングで制作を進める北海道夕張市を描いたドキュメンタリー映画「ユーパロのミチ」も2020年の公開を目指している。
判決前、報道陣の取材に応じた伊藤さんは「訴訟を起こしてから、新たな証言を聞き、公になったことがいくつかあった。尋問で顔をあわせるのは緊張したが、相手の表情を見ながら自分の耳で聞けたのは大きなことだった」と話した。
山口さん「日本の司法を信じている」
山口さんはTBSで官邸キャップやワシントン支局長などを歴任したエース記者だった。2016年5月末にTBSを退社し、フリージャーナリストに転身。テレビの情報番組などでコメンテーターとしても活躍していた。
退職後の6月に刊行された第一次安倍政権の終焉から再生までの舞台裏を描いた「総理」、翌2017年1月に刊行された安倍外交の全貌を描いた「暗闘」は、大きな話題を呼んだ。
2017年12月号の月刊HANADAでは「私を訴えた伊藤詩織さんへ」と題した手記を寄稿。「あなたの意思に反する行動は一切していない」「今回の出来事は、突き詰めれば『飲み過ぎたあなたが、自分のしたことを忘れてしまった』というだけの極めてシンプルな、よくある些事でした」と主張していた。
Facebookでは、この裁判で述べた意見陳述の内容を公開。これまで裁判についての発信を控えてきたことについて、次のように主張していた。
「真実の追求は裁判所のみに与えられた厳粛な機能であり、法廷外ではなく、法廷で真実を誠実に語るのが私の果たすべき使命と考えたからです。そして、日本の司法が、政治家やメディアの雑音に惑わされる事なく、正しい判断を下すと信じているからです」