物心ついたころから「特別な誰かと出会い、恋に落ちて結婚する」ことへの憧れがあった。私の父母が恋愛結婚だったと聞かされていた影響はあるだろう。幼い頃から親しんだ童話や少女漫画でも、主人公と特別な誰かが恋を経て結婚に至り「めでたし、めでたし」とハッピーエンドを迎える展開は多かった。
偶然にも私自身、「憧れ」に限りなく近い形で結婚をした。しかし当然のことだが、夫婦のパートナーシップが幾度となく試されるのは結婚という「めでたし」の後のことだ。同じように恋愛結婚をして、さまざまな理由で別れることになった知人は「子どもはすぐにでも欲しいのに、また誰かと両想いになって、結婚しなければと思うと気が重い」とぼやいていた。人生における恋愛の価値は、なんだかんだ言って高く評価され過ぎなのではないか、という気がしてくる。
これから紹介する夫婦のエピソードは、そんなロマンティック・ラブと少し距離を置いて向き合うヒントになるかもしれない。
第一印象は「ビビッとくる」どころか最悪
都内に住む西山照美さん(38)と友康さん(48)は2008年、付き合い始めて1カ月で結婚を決めた。でも、お互いに「ビビッと運命を感じた」なんてことはなかった。むしろ「どうしても隣にいてほしいという相手ではなかった」と振り返る。
出会ったのは、2005年。当時は同じ会社に勤めていたが、照美さんは名古屋支社勤務、友康さんは東京本社勤務だったため面識はなかった。年末の忘年会で近くの席に座ることになり、初めて会話を交わしたが、「ビビッとくる」どころか第一印象は最悪だった。
「初対面の席で酔っぱらって、マシンガントークをしてきて。失礼な人だな、と思いました」(友康さん)
その翌月、照美さんが東京へ出張する機会があり、オフィスでばったり再会。忘年会での出来事を半ば腹立たしく思っていた友康さんが、ちょっとした仕返しのつもりで照美さんをからかうと、照美さんは「本気で殴り返した」のだという。
そんな2人が距離を縮めることになったのは、お互いに別の相手との恋愛を応援し合う展開になったからだ。
「当時、友康さんが私の友人に片思いをしていたんです。一方で友康さんの友人が私に対して好意を持っていたらしく、グループデートをする流れになりました。何度か食事に行ったり、遊園地へ遊びに行ったりしていましたね」(照美さん)
しかし、その2つの「片思い」が実ることはなかった。恋愛漫画の世界ならこの後、照美さんと友康さんが「お互いのかけがえのなさに気付いた」というような展開にもなりがちだが、2人はきっぱりと否定する。
「一緒にいると楽で、肩に力が入らない。それで、友人として2人で会うことが増えました。出会った当初と比較すれば、親しみを感じるようにはなっていたのですが、終始『恋愛対象ではないなあ』という感じでした」(照美さん)
「熱い思いがこみ上げてきたこと……正直なかったですね。言いたいことを言い合うのでしょっちゅうケンカもしていました。定期的に食事をするなかで『これも何かの縁なのかな』と思えてきて、付き合ってみることにしたんです」(友康さん)
「試しに言ってみただけ」のプロポーズ
付き合い始めてから、時間をかけて「恋愛感情」を育てていくということもなかった。プロポーズは付き合って約1カ月の時期。友康さんが何気なく「結婚する?」と聞いたところ、照美さんは「うん、いいよ」と即答したそうだ。しかし、友康さんにとって、その返事は予想外のものだった。
「年齢差もあるし、『親しい友人』に近い雰囲気だったから、8割がた断られるだろうと思っていました。結婚するのもありかも、とふと思って、試しに言ってみただけだったので。仮に断られたとしても、ショックは受けなかったと思います」(友康さん)
一方の照美さんは、なぜOKしたのだろうか。どうしても一緒に居たいと強く思わない相手と、あえて婚姻関係を結ぶことへのハードルは感じなかったのか。聞くと、こう説明してくれた。
「まずは結婚してみて、うまくいかなかったら別れればいいよね、という考え方を共有できていたのは大きいです。当時私は20代後半で、結婚願望はありましたが『最愛の人とずっと一緒にいる』という意味での結婚を望んでいたかというと、少し違いました。ある種の契約を結ぶことによって、自分の手で新しい家族をつくっていく――そういうのは人生の一大イベントの一つであることは間違いないので、単純に面白そうだから経験してみたかった。そんな感じです」(照美さん)
「ラブラブの100点満点スタート」じゃなくていい
過去には、「好きで好きでたまらない相手」と交際をしたこともあった。でも、好きな気持ちが大きくなり過ぎると自分を見失ってしまい、本心を素直に伝えられなかったり、逆に相手に対して過干渉になり過ぎたりと、距離感がうまくつかめなかった。「絶対にこの人じゃなきゃいけない」という思いにとらわれることがないからこそ、友康さんとの生活は居心地がいいという。
「ベストな相手を探し求めるのではなく、ベターな相手を選んだという感覚でしょうか。お互いにラブラブの100点満点スタートじゃなくて、『及第点』くらいから始まっている。それは、パートナーシップを築く上ではプラスでした。年を重ねていくうちに2人の絆がより強まって、60歳くらいになったときに100点に近い関係を築けていたらいいなと思っています」(照美さん)
友康さんも、照美さんのことを「自分にないものを持っている大切なパートナー」だと語る。
「飾らずに、思ったことをそのままぶつけてくれるからこそ発見があるんです。私はロジックにこだわる傾向が強くて、あまり他人の感情に興味を持てない性格。恋愛関係だったら『言わなくても分かって』みたいなことにもなるのでしょうが、てるちゃんは『コレをして』とはっきり伝えてくれるからありがたい。もともとインドア派でしたが、彼女のおかげで旅行にも頻繁に行くようになりました。ロールプレイングゲーム(RPG)の『パーティー』(仲間)みたいな感覚が強くて、一緒にいろんなイベントを楽しめるのが幸せなんです」(友康さん)
2016年10月には、長女のみのりちゃんが産まれた。不妊治療なしには授かりにくいと病院で診断されたが、「2人で人生のRPGをプレーすることになっても、それもまたいいよね」と話し合い、自然に任せた結果だった。
みのりちゃんは今では、さらにたくさんの発見や刺激を2人の人生に与えてくれる。「世界を広げてくれるパーティーの一員」なのだという。
結婚はゴールじゃない。その先で直面する「イベント」は楽しいことばかりでもない。
「一難去ってまた一難」ということわざもあるが、ふいに襲来する大小さまざまな“モンスター”を攻略しなければならないとき、自分を見失ったり、相手に期待し過ぎたりする「恋」という色眼鏡は、時に邪魔になることもあるかもしれない。
結婚後、約10年の冒険を続けてきた照美さんと友康さんの間には、ゆっくりと築いてきた「友達以上で、恋愛以上」のつながりが存在すると感じた。
(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko)