「2.5次元はさらに次の段階に行ける」。演出家・ウォーリー木下が目指す「表現」のこれから

日本発のカルチャーとして認知されている2.5次元は、歌舞伎や舞踏と同じくらい、世界中に愛される舞台表現になるのではないか。
演出家・ウォーリー木下さん。
演出家・ウォーリー木下さん。
榊原すずみ

「東京ワンピースタワー」のライブアトラクションやハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」の演出をつとめるウォーリー木下。演劇にとどまらず、フェスティバル・オーガナイザーや劇場のプログラムディレクターなど多様な演出を手掛け、国内外で評価されてきた。 

そんな彼が今回、魔術と謎が交錯する音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」の総合演出の指揮を執る。演出によって変幻自在な世界観を作り上げる現在の“ウォーリー木下”はどのように生まれたのか、そして、マンガやアニメ、ゲームなどを原作とした「2.5次元」と呼ばれる舞台について今思うことを聞いた。

ウォーリー木下さんプロフィール

劇作家・演出家。俳優の身体性に音楽と映像とを融合させた演出を特徴としている。「THE ORIGINAL TEMPO」の活動でエジンバラ演劇祭にて五つ星を獲得するなど、海外でも高い評価を得る。10ヶ国以上の国際フェスティバルに招聘され、演出家として韓国・スロヴェニアでの国際共同製作も行う。現在、「神戸アートビレッジセンター」舞台芸術プログラム・ディレクター、「静岡ストリートシアターフェス ストレンジシード」他、様々な演劇祭のフェスティバルディレクターに就任。最近の作品に『SHOW BOY』、ミュージカル『リューン〜風の魔法と滅びの剣〜』、『スケリグ』などがある。

鴻上尚史さんが演劇の人だということも知らなかった

――ウォーリーさんが演出家になるまでの経緯を教えてください。

この仕事につながる“原体験”が何だったのかな、と思うと、僕は小学生の頃江戸川区に住んでいたんですが、葛西の方に新しい公園ができる、そこには人工の川もあると聞いたので、友達たちと3人で毎日のように通っては、発泡スチロールを使ってオリジナルの船を作って競争する遊びをしていました。最初はただの塊を流していただけだったのが、工夫をして速く進める船に改造していったんです。渓流もある川の岩に引っかからないようにするために、さらに船を改造して……このとき「こういう何かを工夫して作り上げることを一生やっていきたいなあ」と思った記憶がめちゃめちゃ残っています。

 もう少し大きくなると、学校で友達と「僕が教室の電気をパチッと消したら、その瞬間、何か怖いことを言って、みんなをおどかして」といった遊びをやるようになりました。思った通りに、みんながキャーキャー言っている様子を見ては「うまくいった」とほくそ笑む……。自分が前に出て何かをやることには興味がなかったけれど、クラスの目立ちたがりの子と組んで、いろいろ企てているうちに、彼がクラスでどんどん人気者になっていく。そんな彼の姿を見ながら「いいぞ!いいぞ!」と思っているタイプでした。

――そして神戸大学に入り、演劇と出合うわけですね? 

そうですね。大学に入ったばかりの4月に新入生歓迎イベントがあって、そこで演劇部のチラシをもらい、なんとなく観に行ったのがきっかけです。

それまで演劇なんて観たことがなかったから、もらったチラシに書かれた鴻上尚史さんの名前を見ても、なんで「オールナイトニッポン」のパーソナリティの人の名前が演劇に?と思ったくらい。鴻上さんが演劇をやる人だと知らなかったんですよ。

それなのに、実際に舞台を観ていたら、面白くてハマっちゃって。カルチャーショックでした。

――チラシ1枚でこんなにも運命的な出会いとなるとは……。

本当に不思議ですね。チラシを配っていた先輩がめっちゃ可愛かったので受け取っただけなのに(笑)。その後、演劇部に入部して制作や美術とか舞台監督とかをやっていました。途中から本を書きたくなって劇団の劇作家となり、それがちょっと褒められたら調子に乗ってまた書いて……単純ですね(笑)。

劇作家から演出家になったきっかけ

――最初は演出家ではなく、劇作家だったんですね? それがなぜ演出に?

2001年に神戸アートヴィレッジセンター(KAVC)から阪神大震災復興5年目の文化事業として「演劇で何かやりませんか?」と声がかかったんです。でも、復興という趣旨から考えて一つの作品をみんなに観てもらうというよりも、多くの人が関われる企画にする方がいいのではないかとなり、フェスティバルという形で行うことにしたんです。「KOBE Short Play Festival~神戸短編演劇祭」と冠して、劇団やダンスカンパニー、音楽家、狂言師など様々な表現者を集めてやりました。

僕はフェスティバルの委員長的な立場だったのですが、朝から晩までみんなの演目を見続けているうちに、演出家になろうという思いが芽生えてきて。それ以降は名刺にも今まで書いていなかった“演出家”という肩書を入れることにしたんです。

 不思議なことに名刺に演出家と入れると演出の仕事がきたんです(笑)。いろいろなクリエイターさんやマイムの人、ダンサーさんたちなどと一緒に作品を作る機会が持てて、「この作品はこんな表現方法を使うのがいい」と考えるようになり、今にもつながる学びができました。

 その後、エジンバラ演劇際で五つ星を獲得したことをきっかけに、インターナショナルフェスに呼ばれたり、韓国や欧州で演出をするなど海外にも活動をすることになり、どんどん自分のなかで、演出手法の「引き出し」が増えていったように感じています。

東京ワンピースタワー『ONE PIECE LIVE ATTRACTION』
東京ワンピースタワー『ONE PIECE LIVE ATTRACTION』
©尾田栄一郎/集英社・フジテレビ・東映アニメーション ©Amusequest Tokyo Tower LLP

門外漢だった2.5次元舞台との出会い

――最近は、いわゆる「2.5次元」呼ばれる作品を演出することが増えているように感じますが、そのきっかけとなった作品は? 

東京タワーで行われている東京ワンピースタワー『ONE PIECE LIVE ATTRACTION』ですね。それまで2.5次元と呼ばれる舞台の存在は知っていましたが、失礼を承知で正直に言うと、当時は“イロモノ”で、僕がやっている演劇とはジャンルが違うと思っていました。すいません。

 でも、僕には海外公演していたときに、言葉は通じなくても「おもしろい物を見せたい」という気持ちで臨んだら、僕のことを一切知らなかった人が笑ってくれたり、よかったよ!と握手してくれた経験があった。そのときに「日本語の細かいニュアンスまでは伝わらなくても、演劇でコミュニケーションを取れるんだ!身体表現は伝わるんだ」と気づかされたんですよね。

だから、これまでやったことがないジャンルの「東京ワンピースタワー」も、海外の方に見てもらって面白いものにすることはできるかなと思いました。

 ただ、「東京ワンピースタワー」は2.5次元の演出をしている意識はまったくなく、ある種ボーダレスな表現を試みる舞台を作るくらいに思っていた。……つまり無自覚に、いつの間にか、2.5次元の世界に足を踏み入れていたという感じで(笑)。

――そうだったんですか。では、その後の作品には、どんな思いで?

演劇「ハイキュー!!」"飛翔"
演劇「ハイキュー!!」"飛翔"
(C)古舘春一/集英社・ハイパープロジェクション演劇「ハイキュー!!」製作委員会 写真:渡部俊介

その後、演出することになった、高校バレーボール部を題材にした「ハイキュー!!」も「東京ワンピースタワー」の経験があったからこそできたのだと思っています。先日4周年、通算300公演を迎えた演劇「ハイキュー!!」は何度か演出方法も変えていますが、観客のみなさんにもバレーのコートに入っているような感覚になってもらうことにこだわっています。劇中でプロジェクション・マッピングを使っているのは、観客がストレスなく、ボールがどこにあるかがわかるようにするためだったりします。

 とはいえ、プロジェクション・マッピングや特殊効果など総じて演出技法は、見せびらかしたらダメだとも思っています。画家の山口晃さんが“技術は「透明度」だ”と話していました。例えば包装紙が映像技術だとすると、包装紙が透明に近づけば近づくほど、大事な中身が見えてくる。中身があまりよくないからといって、包装紙を綺麗に派手にしては本末転倒です。だからテクニックを見せびらかすような演出をすることで、肝心な中身が見えなくなってしまうようなことはしたくないですね。

――「ハイキュー!!」以外にも、『手塚治虫 生誕90周年記念 MANGA Performance W3(ワンダースリー)』や、先日は乃木坂46版ミュージカル『美少女戦士セーラームーン 2019』の上海公演で中国に行くなど、様々な2.5次元作品を手掛けていますよね。

そうですね。いろんな「演劇」があるのと同じで、いろんな「2.5」があると思っています。だから、皆さんも「2.5次元」という言葉から想起される、固定化したイメージは捨てて、いろいろな2.5次元を知ってもらいたいです。

 先ほども言いましたが、僕はこれまで、「2.5次元舞台」の演出をするという意識を持たずに携わって来ました。その作品ごとに、最適だと思われる表現や映像などの技術を用いてやろうとしているだけなんです。

――2.5次元舞台は、原作のキャラクターイメージをできるだけ忠実に再現することが求められるケースも多いと思いますが、その点はどう思いますか?

原作の登場人物と俳優が似ているか否かの決め手は、結局「演技力」なのだと僕は感じています。例えば須賀健太が演じている演劇「ハイキュー!!」の日向翔陽は、実は原作に似ていないところもある。でも、彼の演技に説得力があるから、観客に似ている、そこに日向翔陽がいると思わせることができるんです。多くの俳優は、原作を踏まえて、試行錯誤をしながら役作りをして、関係性を作り、そこに各々の積み重ねてきた役者人生を乗っけて、その人物を造形するものです。観客も「忠実な再現」のもっと先にあるものを見に来ていると信じています。

2.5次元舞台の未来はどうなる!?

――今回の音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」はどんな作品になりそうですか? 見所を教えてください。

作家・三田誠さんによる、魔術ミステリー「ロード・エルメロイII世の事件簿」が原作の舞台。怖い意味でも、楽しい意味でもドキドキする作品になるはずです。

個性的なキャラクターのやりとりや魔術が、様々な仕掛けで出てきます。観客の皆さんにたくさん驚いてもらえたらいいなと思いながら作っているので、楽しんでいただければいいですね。

そしてこの作品は音楽劇。音楽担当の和田俊輔さんが作る音と、演者の声のハーモニーも注目してください。

原作のファンはもちろん、「ロード・エルメロイII世の事件簿」を初めて知る人や、2.5次元作品を初めて観るという人にも楽しんでもらえる作品にしたいと思っています。

――2.5次元舞台がどんどん盛り上がっている現在ですが、今後はどうなっていくと思いますか? さらに多様化していくのか、それとも飽和して淘汰されるのか。 

僕は多様化すると思いますね。今、2.5次元は日本発のカルチャーとして世界に届いている。素晴らしいことですよね。

だからこそ、2.5次元舞台に関わっている身としては常におもしろい物、手を抜いていない物を作り続けないと、と思っています。クオリティを下げないという気持ちで、舞台人一人ひとりが取り組んでいけば、2.5次元はさらに次の段階に行けるのだろうし、歌舞伎や舞踏と同じくらい、世界中に愛される日本発の舞台表現になるのではないでしょうか。

――ウォーリーさんは、今後、演劇界でどのような役割を担っていきたいと思っていますか?

壮大なテーマや、確固とした世界観のない人間なので、面白いモノはなんでもやってみたいです。大きな野外劇やミュージカル、以前やったオペラもまたやりたいですね。新しいノンバーバルの作品も作りたいし、古典の戯曲にもどんどん挑戦したい。街作りや場作りも。演劇でできることを拡大していきたいです。

でもそれは、スペシャルなことではなくて、お客さんが自分の人生に何かを持って帰れるような日常と繋がっている演劇を作っていきたいですね。

(編集:榊原すずみ @_suzumi_s

音楽劇「『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-』」
音楽劇「『ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-』」
写真提供:キューブ

(舞台概要)

音楽劇「ロード・エルメロイⅡ世の事件簿 -case.剥離城アドラ-」

2019年12月15日(日)※プレビュー公演

千葉県 市川市文化会館 大ホール

2019年12月19日(木)~23日(月)

東京都 なかのZERO 大ホール

2019年12月26日(木)~28日(土)

大阪府 サンケイホールブリーゼ

2020年1月11日(土)・12日(日)

福岡県 久留米シティプラザ ザ・グランドホール

2020年1月17日(金)~19日(日)

東京都 新宿文化センター 大ホール

 

原作:三田誠 / TYPE-MOON

キャラクター原案:坂本みねぢ

総合演出:ウォーリー木下

脚本:斎藤栄作

演出:元吉庸泰

 

キャスト

ロード・エルメロイII世:松下優也

グレイ:青野紗穂

 

フラット・エスカルドス:納谷 健(劇団Patch)

スヴィン・グラシュエート:伊崎龍次郎

ライネス・エルメロイ・アーチゾルテ:浜崎香帆(東京パフォーマンスドール)

 

ハイネ・イスタリ:百名ヒロキ

時任次郎坊清玄:木戸邑弥

 

フリューガー:松田慎也

少年従者:木村風太

ロザリンド・イスタリ:種村梨白花 / ソニア 

 

ウェイバー・ベルベット:植田慎一郎

 

ルヴィアゼリッタ・エーデルフェルト:玉置成実

オルロック・シザームンド:花王おさむ

 

化野菱理:壮 一帆

 

 ※種村梨白花とソニアはWキャスト。

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