アラサー男女の恋愛、セックスを赤裸々に描いて人気を集めた漫画『アラサーちゃん』。1980年代生まれの女子ならば、一度は手に取ったことのある人が多いのではないだろうか。筆者も、アラサーちゃんと一緒に2010年代を駆け抜けた一人。2011年の連載開始当時はちょうど20代後半だった。個性豊かなキャラたちに自分や周囲の男女を重ね、女友達と酒を飲み交わした夜もあった。
連載開始から約8年経った2019年11月、ついに単行本最終巻が刊行された。『アラサーちゃん』は、何を描いてきたのか。そして女子たちの未来に、どんな思いを託したのか。著者の峰なゆかさんに聞いた。
主人公は、モテと自我の狭間で立ち位置を決めかねているアラサー女子、アラサーちゃん。片思いの相手である眼鏡男子の文系くん、元恋人でセフレのオラオラくん、男性からのモテを徹底的に追求する友人のゆるふわちゃんなど、多彩なキャラが絡み合い、1話でオチがつく4コマ漫画の形式をとりつつも、物語は複雑な展開を見せていく。
描き始めた当初は男性を主な読者として想定していたが、彼らの反応は峰さんにとって意外なものだったという。
「日頃から男の人って、すぐ『女って怖い』とか言うじゃないですか。そんな怖くてよく分からない存在と、君たちは恋とかセックスとかしてるの……?って思ってた。だから作者としては、実はそんなに怖くない『女の本音』を漫画にして見せたつもりだったんです」
「でも、むしろ本音を見せられた結果として『ほら、やっぱり怖いよね』『女の敵は女だね』という感想をもらうことは多かったですね。企画意図はあまり伝わらなかったみたい(笑)。途中からは、女性向けの内容が多くなりました」
そんな男性読者の多数が念頭に置いていたと思われるのが、アラサーちゃんと、ゆるふわちゃんの関係だ。
モテの獲得を競い合う恋愛市場で、二人は「強者」だ。男性が女性に対して期待することを汲み取れるだけの経験とスキルを持っている。
違うのは、その上でどう振る舞うか。喜ばれるモテ仕草と自意識との間で彼女たちは揺れ、ときには互いに正反対の選択をし、ライバル的関係になることもある。だが、峰さんは初めから彼女たちを「深い友情で結ばれた二人」として描いていたのだという。
「女友達に限らず、恋人同士や家族でも、相手に全く反感を抱くことがないなんてありえません。摩擦のない『なかよし』は嘘くさい。ちょっとしたことで争っているだけで『女は怖い』って言いたがる人って、『女は怖いところなんて一つもない生き物』っていう幻想を前提として持っているのでは。笑って流すこともありますけど、なるべく『そうじゃないんだぞ』って主張していきたい気持ちは強いです」
『アラサーちゃん』に登場する女性キャラたちは、しばしば同性に対しても辛辣な視線を向ける。でも、彼女たちの関係が「引き裂かれている」という印象は不思議と薄い。むしろ連帯感さえ滲んでいる。
それは峰さんが語ったように、ともすれば女性に対して純粋無垢であること、優しく弱々しくあることを期待してくる世の中に対して「そうじゃないんだぞ」と全力で抵抗しているように映るからかもしれない。
この作品を語るときにはよく「毒のあるユーモア」という言葉が使われるが、まさに彼女たちは社会の「毒」を飲み込んで、吐きだしてもいるのだ。
連載を通じて峰さんが大切にしてきたのは「皆が見ないようにしているけれど、確かに存在する現実を描く」ことだ。
30代に差しかかる頃、女性は岐路に立つ局面が増える。『アラサーちゃん』の物語には中盤以降、不倫や中絶など大っぴらには語られない「ライフイベント」も果敢に盛り込まれていく。
なかでも印象的なのは、ヤリマンちゃんというキャラの「フェミニスト化」だ。
当初はモテが話題の中心だったアラサーちゃんたちの世界に、なぜフェミニズムというキーワードを投入したのか。峰さんは周囲の女子会で今一番「熱い」テーマだからと語る。
「連載開始当初は私も20代で、女友達と会うと話題になるのは『最近、新しいモテテクを身に付けた』『こういう男子を狙っている』というようなことだったんです。でも、年齢を重ねていくと様子が変わってきて、結婚や不倫の話が増えてくる。それで最近、何を話しているかって考えてみたら『主にフェミニズムの話じゃない?』って。それは、スルーするわけにはいかないだろうと」
「もちろん賛同する子も、否定する子もいます。私は前者の立場に近いと思います。でも、『フェミうざい、嫌い』って言っている女の子の話をじっくり聞くのも面白い。だから漫画の中でも、フェミニストになったヤリマンちゃんを絶対的に正しい立場としては描いていません」
女性たちに「あってほしい姿」を夢見続けるだけの男性キャラたちに対して、その眼差しと自意識、自身に訪れる変化の波の狭間で戦い続けた女性キャラたち。連載8年の総決算として用意された最終幕は、ここまでの道のりが決して「空騒ぎ」なんかじゃなかったことを教えてくれる。
「女性が主体的であることと、恋愛をすることは両立すると私は思います。『アラサーちゃん』の世界でひたすら女性に幻想を求め続けた男性キャラも、これから変わっていくかもしれないし、現実にはそうじゃない男性もいる。アラサーちゃんたち女性キャラの側も、むしろ好きな相手にはそれぞれ幻想を見ていた部分も大きいんです。そのことに最終的に気づいたうえで、また同じような恋愛を繰り返すこともあるかもしれないけれど、幻想を自覚したという意味では一歩前に進んだのかなあと思います」
実は、峰さんが「写経するほど好き」だと語るのがマーガレット・ミッチェル作の長編小説『風と共に去りぬ』だ。南北戦争時代のアメリカを舞台に、農園主の娘スカーレット・オハラの激動の半生を描いた世界的ベストセラー。
『アラサーちゃん』を描く上でも意識した部分があるといい、最終盤、アラサーちゃんとゆるふわちゃんが新たな一歩へ向かう回のタイトルには、それぞれにあの名言「Tomorrow is another day(明日はまた別の日だから)」が使われている。
「たかが恋愛」と言ってみたところで、思いがすれ違って、後戻りできないと悟るときに感じる苦味は圧倒的だ。変わらない相手、みっともない自分を省みた次の瞬間、絶望で打ちひしがれそうになる。
そんな私たちに峰さんが最後にくれたのは、「明日は明日の風が吹く」とも訳された、優しく、覚悟に満ちた言葉だった。爽やかな風が吹き込むラストは、ぜひ自分の目で確かめてみてほしい。
(取材・文:加藤藍子@aikowork521 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko)