教科書を持たずに、鳥のように大空を飛びながら環境問題を学ぶ──。
想像できるだろうか?
スイスにあるスタートアップ企業が、VR(仮想現実)技術を活用し、この新しい学び方を実現させる機械を開発した。
9月、筆者はチューリッヒを訪れ経営者に話を聞いた。
スイスのスタートアップ企業・ソムニアックスが開発した機械の名は、『Birdly』。
ゴーグルを装着し、ひとたびマシンに乗れば、VR技術によって、その名の通り“鳥のように”空を飛ぶ疑似体験ができる。
2014年に試作機が完成し、2019年9月現在でヨーロッパをはじめ世界各地の博物館などで50台以上が導入されている。
ニューヨークやチューリッヒなど、世界の大都市の上空を飛ぶことができるほか、映画『ジュラシック・パーク』さながら、時代を遡って恐竜が生きていた時代を体感することも可能だ。使用する映像も同社が制作している。
筆者も、スイスの空を飛ぶ体験を味わってみた。
約3分間の“飛行”では、機械前方の送風機から送られる風を受けながら、次々に移り変わる風景と音を楽しめた。風があるおかげで、浮遊感もよりリアルだ。
『風の谷のナウシカ』に影響受けた “ジブリファン”のCEOが語る
この機械を開発したのが、CEOのマックス・ライナーさん。
マックスさんは、地元のチューリッヒ芸術大学でコンピューター・グラフィックスの技術などを駆使する学問・メディア芸術を学んだ。
「ずっと大切にしているのは、やはり好奇心。『空を飛びたい』という世界の人類の共通の夢を叶えてみたいんだ」
『Birdly』を開発したきっかけを、マックスさんはこのように話した。
さらに、開発に至っては、ある日本のアニメ作品に影響を受けたことを明かしてくれた。
「幼い頃に、宮崎駿監督の名作『風の谷のナウシカ』を観たんだ。ジブリで言えば他に『となりのトトロ』もね。僕自身、空を飛ぶことに昔から強く憧れを抱いてきたから、一人のファンとしてもあの日本のアニメの影響は受けているよ」
約9500km離れたスイスに、日本を代表するアニメ作品から影響を受けた経営者がいることに素直に嬉しくなった。
「社会問題を学ぶには、物語が必要」“空飛ぶ機械”を開発した本当の目的とは?
“空を飛びたい”という憧れをVR技術で1つの形にしたマックスさん。
だが、これと似たようなものなら、ゲーム市場や東京ディズニーシーなどの新アトラクションなどで既に日本でも導入されている。
IDC Japanによる予測によれば、世界のAR(拡張現実)とVR(仮想現実)の関連市場は、2018年の89.0億ドル(約9,667億円)から翌2019年は168.5億ドルに伸び、2023年には1606.5億ドル(約17兆3000億円)に達する見込みだ。
市場規模が拡大し、競合も相次ぐ中、『Birdly』を世界に普及させたいと考える理由は何なのか?
マックスさんは、次のように語る。
「例えば、世界的に問題になっている地球温暖化や環境汚染。こういう事柄を学ぶ時、もしかすると教科書を読んだりニュース番組を観ていたりするだけでは問題を“自分ごと”にできないかもしれません。そういった社会問題を学ぶには、物語が必要になる。この機械は、その物語に入り込むことができるんです」
まだ試作段階だが、2019年中にはこれまでの空を飛ぶプログラムだけではなく、自身がウミガメになりサンゴの海の中を泳ぐというバージョンを発表する予定だという。
「環境悪化の影響を受ける実際の海の映像を使い、その中を泳ぐという疑似体験を通じて、問題を肌で体感してもらいたいんです」
将来的には、原発事故があった土地の上空や戦争の最中の映像のなかを疑似飛行することで当時の悲惨さを伝えるなど、環境問題のみならず様々な社会問題の理解に有効な映像を活用する可能性やアイデアはあるという。
「机上の学習では実感の湧きにくい社会問題を少しでも身近に感じてもらえるような、学習の新たなアプローチになればと思っています」
10月、ソムニアックスは、千葉県の幕張メッセで行われたアジア最大級の最先端技術の国際展示会『CEATEC』にBirdlyを初展示した。
日本にはまだ導入はないものの、現地で行われていたデモンストレーションでは、多くの人の注目を集めていた。
教科書を持たずとも、1個のゴーグルと体1つで社会問題を学べるようになる日が、今後日本にもやってくるかもしれない──。
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