私は、トライアル・ローヤー(訴訟手続の最終段階、審理手続を専門とする弁護士のこと、法廷弁護士)と呼ばれる陪審員の前で戦うことを得意とする弁護士であるし、特許訴訟を多く扱っている。世界を相手に戦う日本企業の代理を務めながら実に価値の高い知的財産権を日本企業が多く保有しているかも目の当たりにしてきた。
そして何より、日本企業の誠実で堅実な姿勢に惚れ込んで、私は日本企業の代理を務めることに命を懸けている。日本企業の利益を上げるために役立ちたいという思いである。
そんななか、グローバル市場でビジネスを展開する日本企業に疑問を感じたことがある。それは特許権の保有数が世界トップランクであるにもかかわらず、その特許権、知的財産を有効に活用することをためらうことだ。
経営学者のピーター・ドラッカーは言う
アメリカでは、価値の高い知的財産を有効に活用して利潤追求することは当たり前の概念である。私もこの概念は、企業がより良い経営をするため、合法的にかつ健康的に自社の権利を守ることにつながると考えている。
例えば、あなたがある企業の株主で、日本一高い土地、銀座の1平方メートル当たり4000〜5000万円する土地を所有しているのにもかかわらず、空き地のままで利用していないと聞いたらどう感じるだろう。その土地を有効活用してほしいと思わないだろうか。
経営学者のピーター・ドラッカーは「企業の目的は利潤の追求ではなく、社会的な役割を果たすことである」といった言葉を残している。これだけを聞くと、自社の利潤追求は好ましくないように思えるかもしれない。しかし彼は「利益と社会貢献は対立するものであるという謬見が生まれている」とも語っている。
この考え方を先ほどの「銀座の空き地」に当てはめてみよう。銀座の一等地という有益なビジネスができる場所を利潤追求的な行為であるかもしれないからと活用することをためらい、空き地のまま放置して社会貢献的な活用方法を見出す努力もしないとすれば、まさに利益と社会貢献が対立するものであるという謬見の一例とも言えないだろうか。
グローバル市場では「訴訟」が企業戦略に
この一例にはうなずくビジネスパーソンの中にも、利潤追求の戦略に違和を覚えて抵抗を示す人もいる。例えば、訴訟という手段。米国では知的財産を有効に活用するための戦略の一つとして訴訟を用いることは常態である。
しかし、ハイコンテクストな文化(コミュニケーションをとる時に共有されている体験や感覚、価値観などが多く、「以心伝心」で意思伝達が行われる傾向が強い文化のこと)を持ち、争いごとを嫌う日本人にとって、相手を訴えることに抵抗を感じる人もいるだろう。
そして、いざ訴訟を起こそうと思い立っても、ほかの企業はこのようなときにはどう対応しているのかを気にして、他社と足並みを揃えようとするだろう。
ところがグローバル市場では、日本以外の企業は戦略の一つとして「訴訟」をすでに用いているし、日本企業を相手に訴訟を起こそうと躍起になっている企業がひしめいているのだ。こちらにその気はなくとも訴えられてしまえば、自分の会社やビジネスを守るためにも対応しなくてはならない。
日本企業が世界でさらに台頭するには
ここで改めて、私が日本企業のビジネスに抱いている疑問を記す。
「価値のある知的財産を保有しているのにもかかわらず、なぜ有効活用しないのか」である。
企業の利潤追求は健康的な経済活動であり、知的財産の有効活用は経済活動にあたる。そして、訴訟はその活動における手段の一つであり、訴訟提起することが目的ではない。
あくまでも推測の域を出ないが、日本企業が知的財産を有効活用するために訴訟を用いない理由が、争いを好まない日本文化の特性による抵抗感にあるのであれば、それによって、本来企業が目指すべき目的からややずれた方向へ、会社を進ませているのではないだろうか。
必ずしも大勢に倣う必要はない。しかし、すでに大勢が用いている戦略であれば、その効果や手法を理解し、備えても損はないのに、無意識に争うことを毛嫌いしていてはもったいないと私は考えている。
2018年に行われたジェトロの調査によれば、海外でビジネスを担う人材の確保や現地のビジネスパートナーとの関係性や確保、コスト競争力を課題として上げる企業も多く、さらには現地の消費者ニーズや現地の許認可についても課題として認識している。
争うことを常態とするグローバル市場において日本企業がさらに台頭するためにも、無意識的な抵抗を受け入れてほしい。次世代を担う若いビジネスパーソンに「海外ビジネスを担う人材」への成長を期待する。
(編集:榊原すずみ @_suzumi_s)