イギリスのEU離脱(ブレグジット)の期限が2020年1月末に延長されたことを受けて、12月12日に総選挙が実施されることが決まった。11月6日に議会が解散され、選挙戦に突入している。
国民投票があった2016年6月から約3年半。離脱のやり方を決める第1段階で停滞し続けている現状を打開できるのか。
イギリスはどこへ向かうのか。なぜここまでモメているのか。ブレグジットが起きたらどんな影響があるのか。イギリス在住のジャーナリスト・小林恭子(ぎんこ)さんに、こうした疑問や知っておきたいポイントを解説してもらった。
①なぜこんなにモメているのか
そもそも原則として、下院議会は残留支持派が圧倒的に多い。ただ3年前の国民投票で、自分は残留派でも、選挙区の有権者は離脱を支持した場合もありました。残留派議員たちは、民主主義で決まったので反対してはいけないという気持ちをずっと抑えて来ました。
そこで、表立って残留支持や再度の国民投票を求めないことにし、いろいろな理由をつけて、テリーザ・メイ前首相やボリス・ジョンソン首相の出す案に反対するんです。離脱への危機感、合意なき離脱を避けたいと労働党などの野党側が反対していました。
イギリス政府は、EUとの交渉でよい結果を引き出そうとしているというよりも、考えているのは与党保守党と下院の国内事情です。2016年の国民投票は、保守党内のEU離脱を支持する議員を黙らせるためにやったと言われています。結果離脱側の投票が上回り交渉が始まった。離脱派をいかに納得させるかが当初からの第一の理由だったのです。
現実的には、保守党内のEU離脱強硬派を満足させるため「離脱した」ということを実現させることを目指しました。かつ、離脱になったら国民やビジネスに負の影響が出るという中道派や他の議員を満足させるために、EUに加盟している今までとあまり変わらないような、関税同盟や一部単一市場に入っている案を考えました。どちらも満足させるようなものをメイ前首相が実現させようとしたということです。
国民のためということは、ほとんど考えていないのが実情です。
メイ前首相の法案では、現状とあまり変わらないのではと離脱強硬派が反対して否決されました。ジョンソン首相が出した修正案は、保守党内はかなり満足して、離脱強硬派の人たちもこれを逃したら離脱できなくなるのではという恐怖感もあり、ほとんどが賛成しました。
ただ、北アイルランドが一部単一市場に留まることになって特別視され、EUに加盟し続けるアイルランドにより近くなる内容になっていましたので、北アイルランドの民主統一党(DUP)が反対しました。イギリス本土と北アイルランドの間に線が引かれることになるので、本土への帰属感の強い北アイルランドの民主統一党としては、政治的に絶対に受け入れられない。
でも、そろそろ離脱してほしいという有権者の要求が高まり、これを受けて一部の労働党の議員が賛成にまわり、離脱合意案はけっきょく可決されたのですが、議論する時間が3日しかないため延長願いが入って止まってしまった。
ジョンソン首相が「これではダメだ」と総選挙を呼びかけ、EU側が「1月31日までは待つ」と言ったので、合意なき離脱の緊急の懸念は無くなった。それで労働党も総選挙に同意して、今に至りました。
②イギリスは何を得て、何を失うのか
EU加盟国は、国内法よりもEUの法律が上位に来ます。それが取っ払われるのでEUの法律や規則に縛られなくなります。国民の感情からすると、自分たちが選んだ国会議員ではない人が自分たちの将来のいろいろなことを決めていくことに、納得できない気持ちがあります。
誰とビジネスをして、どんなひとや物を入れるのか。通商交渉や移民制限、司法まで、自分たちで自分たちの国の将来を決められるようになることが、最大の利点です。
イギリス政府は、アメリカや日本も含めて、EUだけではなく他の国との自由貿易ができると言っています。英連邦の国や世界中ともっと深く、自由に繋がることができ、ビジネスが広がると言うのですが、本当にそうなのかは分かりません。
大きな問題は、EU市民がイギリスに継続して生活するには、新たな資格が必要となることです。政府はsettled statusという新しいVISAの定住資格を作りました。離脱日まで5年間住んでいることが条件で、約300万人のイギリスにいるEU市民が申請することになり、今のところ150万人ほどの申請者が許可を得ています。
EU市民からすると、自分たちに投票権のない国民投票でいきなり決まったことに不満があります。今ままではひと・ものの往来が自由だったので、イギリス市民と同様に社会福祉や医療保険制度などのサービスを享受してきたのに、自動的に新しい資格にならず自分から申請しなければいけない。「それはおかしい」という怒りと、本当に通るのか不安もあります。
聞いた話によると、イギリス人と結婚した人で、相手家族のメンバーが離脱に投票した人もいるようです。それで自分の存在が揺らぐように思う人がいたり、離脱派が多い所に住んでいるEU市民は、嫌がらせを受けて引越しせざるを得ない人もいたようです。
全員がEUの中の家族として生きてきたのに、それが急になくなるため混乱が広がっています。イギリスにいるEU市民にとっては本当に納得いかない状況です。
③現地の人は何を思う
意見は離脱を選んだ人と、残留を選んだ人とでもちろん分かれているのですが、周囲の声やテレビ番組を見ていても圧倒的に、残留派の人も含めて「とにかく早くなんとかしてほしい」「まだなのか」という怒りや焦り、失望、落胆、そういったネガティヴな気持ちが強いです。
2016年6月の国民投票から数えるのですが、3年以上経ったのにまだどちらにも進んでいないことに対して、残留派の人も含めて政治家に対する失望感があります。
10月19日には、国会周辺で再度の国民投票を求める数十万人規模のデモもありました。
④日本への影響は
日本へのマイナス影響としては、イギリスに日本企業が1000社ほどあるそうですが、前提としていたEUの玄関口という機能が崩れることです。
ホンダも、イギリスでの完成車生産を2021年中にやめると言っています。何十年も生産拠点を持ったのに、まさか日本の企業がいなくなると誰も思わなかったのでものすごい打撃です。
パナソニックもヨーロッパの統括拠点をイギリスからオランダに移しました。関税の追加コストや通関手続きが発生するかもしれないので、先を見る日本企業は生産拠点を移動し始めています。
雇用への影響や、これからどうなるのかという不安感。生産拠点やビジネス縮小によって、家族も含めて日本への帰国や他のヨーロッパの国に行く人が増えるという影響は考えられます。
ただ、EU市民は新しい資格を取得しないといけませんが、日本人を含めた非EUの人は、移民やVISAの関係は変わりません。
イギリスのレストランや医療関係者にEU市民がたくさん働いているので、その人たちがいなくなることで、いろいろなサービスに不都合が生じるということはあると思います。
⑤EUの立場は
合意なき離脱の可能性もまだ残ってはいます。
ただ、よく言われているのは、離脱は2つの側が一緒に決めることです。イギリス側が「もうダメだ」と強気で合意なき離脱をしようとしても、EUがこれに賛同しなければできません。離婚みたいなものです。
EUは昔から延長しないと言いながら何回も延長しているので、合意なき離脱がないよう、なんとか懐柔しようと調整して、いざとなったら離脱交渉がずっと続くんじゃないでしょうか。
⑥総選挙の行方は... 何度も否決、なぜ今
最大野党の労働党がなぜ総選挙に応じたのか。世論調査でジェレミー・コービン党首や労働党は人気がなく、支持率が保守党よりもかなり低い。総選挙をすれば負けるのが分かっているので、なるべく先延ばしにしたかったのです。
世論調査を理由に今はやりたくないとは言えないので、「今総選挙をすると、ボリス・ジョンソン首相や保守党が時間切れと言って『合意なき離脱』に向かうので賛成できない」といった言い方をしていました。
ところが、EUが1月31日まで離脱期限を伸ばしたので、すぐに「合意なき離脱」にならなくなった。さらに野党の第2、3勢力のスコットランド国民党、自由民主党が総選挙をやろうと言い出したので、やらないわけにはいかなくなりました。
世論調査では保守党が強いですが、10月31日の離脱を実現できなかったので、離脱強硬派のブレグジット党に投票する人もいますよね。その場合は離脱の票が割れ、保守党が過半数を取れなくなる可能性もあります。
ブレグジットで一番鍵になるのは、労働党支持を保守党がどれほど切り崩すことができるか、です。
労働党の下院議員のほとんど全員が、少なくとも心の底では「残留してほしい。もう一度国民投票をやってほしい」と思っています。
ただ、労働党が強いイングランド北部の地域では、有権者はほとんどが離脱を望んでいます。労働党の離脱選挙区を、保守党やブレグジット党がどれだけとれるかで、選挙後に離脱がどれだけ進むかが変わってきます。
⑦「10月末離脱」できなかったジョンソン首相
ジョンソン首相は、「EU離脱を遅らせるなら死んだ方がまし」と語っていましたけど、「ずっと首相になりたかった」と言われている人なので、よほど惨めな形でなければずっと長くいようとすると思います。
言ってることが覆されたので、今回延長になった時点で、もしかしたらやめるかもと私も思いました。
議会の決定でEU側に期限延長を求める手紙を送らざるを得なくなり、これは署名なしで出しました。表面的には恥をかかないようにしているわけですが、でも手紙の意図は通じてEU側は延長願いをちゃんと受け取っているわけです。
よほど大きなスキャンダルや政変がなければ、自分からやめるということは考えづらいと思います。
それから、冗談を言って人を笑わせて丸く収めるというか、その場を一つにまとめる人は他になかなかいません。コービン氏はいつも真面目で、政策が左寄りすぎるということで人気がない。ジョンソン首相は、ジョークを言って、朗らかで、ゴリ押しするけれども、物事を達成する人で、指導力があると見られています。