子どもがいない人生は、いる人生よりもさみしいのか? 不幸なのか?
私自身の“未婚・子なし”コンプレックスから派生して、そんなことを考えていたら、「子供がいない夫婦は可哀想なのか?」というタイトルを掲げたnoteを見つけました。
このnoteを書いたのは、菅原恵利さん。2018年の10月に結婚したばかりで、子どもはいません。noteのなかで、「子どもは産まないで生きていく」と決意表明をしています。
以前ブログで書いた通り、私は「子どもを産みたい」とも「産まない」ともはっきりと決めないまま42年間過ごしてきました。だから、なぜ彼女が「産まない」と確固たる決意を持つようになったのか、気になって仕方がありませんでした。
そこで、パートナーの菅原拓也さんと一緒に軽自動車のハスラーで日本全国を回りながら、バンライフ(※)を送っている恵利さんと東京で待ち合わせ。
子どもは持たないと宣言した真意を聞いてきました。
※生活拠点となる家は持たず、生活に最低限必要なものだけを車に積んで生活すること。菅原さん夫婦がバンライフを始めたきっかけや、実際にどんな生活をしているのかは今後、ブログで掲載予定です。
女性には人それぞれのデリケートな事情がある
――noteでは、かなり強い言葉を交えながら「子どもを産まない」と宣言していましたね。そもそも、なぜあのnoteを書こうと思ったんですか?
女性は結婚すると必ずといって、「子どもはどうするの?」と聞かれます。でも、この質問は一部の女性にとって、胸がエグられるような、辱めを受けるような、セクハラをされているような、世間の常識を押し付けられるような気持ちにさせられる言葉だと思うんです。
だって家庭には、というより、女性、男性ともに人それぞれのデリケートな事情があるから。
私は自分が女性なので、今回は女性の目線でお話させていただきますが、子どもを産むことに前向きな女性もいれば、前向きになれない人もいる。様々な理由から不妊治療を受けている女性もいるし、「いつか授かりたいけど、今ではない」とタイミングを計っている人もいるでしょう。「子どもを持つか、持たないか」ということついて、他人に何も言いたくない人だっていると思います。
それなのに、平気で「子どもはどうするの?」と聞く人はたくさんいる。子どもについてウカツに質問した経験のある人たちに、その無神経さを自覚してほしいという思いを込めて書きました。
――恵利さんは、結婚したばかり。きっとたくさんの人から質問されて、不快な思いをしたんじゃないですか?
昨年10月に結婚してから今まで、両手では数えられないほど「子どもは?」と聞かれました。。でも私は、ノーダメージ。なぜなら「うち、子どもは産まないんです」の一言で、相手はそれ以上何も聞けなくなって、会話が完結しますから。
――そもそも、「子どもは産まないで生きていく」と決めたのには、何か理由があるのでしょうか?
子どもどころか、もともと私、結婚願望もなかったんです。人生はひとりでも楽しめると思っていましたから。
というのも、父と母が小さい時に離婚をし、私は母子家庭で育ったのですが、23歳の時に母がガンで他界。それをきっかけに、家族で揉め事が起きたんです。そして弟と大げんかした挙句、一文無しで、家を追い出され、私はホームレスに……。
それ以後、友人の家を泊まり歩いたり、仕事をしてお金を稼いではバックパッカーで海外旅行をしたり、定住しない生活を続けています。
そんな複雑な家庭環境で育った影響で、家族との縁や親子の絆、「家庭のあたたかさ」みたいなものを信じられなくなってしまって。だから、私がもし親になったとしても、子どもを大切にできる自信が持てないんです。
それに、家族がいなくても自分ひとりで弱音を吐かず、人生を楽しむことができたら、格好いいじゃないですか。そういった経緯があって、子どもを持たないという考えが芽生えるようになりました。
――その考えは、結婚をしても変わらなかった?
はい。夫には結婚前に「私は子どもを産むつもりはない」と伝え、「子どもを持たない」ことを条件に結婚をしました。
――そんな恵利さんの決意に、パートナーの拓也さんはどんな反応を?
彼は子どもが欲しいとも、欲しくないとも、明確な考えを持っているわけではないようです。妻である私と一緒にいられればいいと言ってくれました。
子どもが生まれたことで私が何か不自由を感じたり、大変な思いをするのであれば、子どもを持たないのも一つの選択だとも。
私、子どもが嫌いというわけではないんです。むしろ大好きです。友人の子どもを見ていても「かわいいー!」って思います。一緒に遊んだりも、します。
でも、自分の子どもには責任を持てないなと思ったし、何より、私にはまだまだやりたいことがある。もうすぐ33歳になる今のタイミングで出産するとなると、やりたいことをするための時間が子育てにとられてしまう……という感覚から逃れられないんです。
もちろん、出産・子育てという経験から得られることもたくさんあるのはわかっているんです。それでも、私は子どもがいない人生で得られるものの方が自分にとって大切だと感じるから、子どもは産まずに生きていこうと思います。
――現在のライフスタイル、「現住所=車」で一つの場所に定住せずに生活していると、子育ては難しいという現実的な問題もありますね。
おっしゃる通りです。
子どもが通う保育園も小・中・高校も、現在私たちがしている「一つの場所に留まらない生活」とは真逆で、場所が決まっていて「固定」されたもの。
教育機関が全てオンラインになってくれたら、また変わってくるかもしれないけれど、私たちの「旅をしながら暮らしたい」という思いと、定住が必要になる子どもの存在の間にギャップが出てきてしまいます。その点も、私が子どもを産まないと決めている理由のひとつになっています。
迷いや不安を抱えている女性に産ませようとしないで
――「今は子どもがいなくてもいいかもしれないけれど、後で後悔するかもしれない」というようなことを言われた経験、ありませんか? 私は30代くらいの頃、親戚はもちろん、会社の上司などからも言われた経験があります。
それ、しょっちゅう言われます。
基本的に私は、人生において何も後悔しないようにしようと思って生きています。だって「あの時ああしていれば…、こうしていれば…」と後悔しだしたら、キリがないじゃないですか。キリがないなら、後悔しない。そう決めています。だから「子どもを産んでいれば」と後悔することもないはずです。
私は「産まない」と言っているのにもかかわらず、子どもがいる人生の素晴らしさを押し付けてくる人は、その人自身、子どもがいてよかったなと思うような時間や経験をしているのでしょう。
でも、誰もが同じように「子どもがいてよかった」と感じるとは限らない。
日本のあちこちを車で移動しながら暮らしていて出会った人たちや知人のなかには、子どもがいなくても幸せな夫婦はたくさんいます。夫婦ふたりでしょっちゅう一緒に旅行にでかけたりして、とても楽しそう。
いくら自分に子どもがいて素晴らしい経験をして、幸せだったとしても、子どもがいない人たちの人生にあれこれ口を出すことはできないですよね。
――子どもがいる人生の良さを説く人から、「年をとってから、子どもがいないと淋しいよ」という言葉を投げかけられることも、多くありませんか?
それ、“子どもがいる人生の素晴らしさを押し付けてくる人あるある”ですよね。すっごくたくさんいます。
そう言われるたびに思うのは、老後が淋しいのはコミュニケーション不足なのでは?ということ。ものすごくコミュニケーション力があって、おもしろいおばあちゃんになれば「恵利ばあちゃん、おもしろい」という噂が広まり、いろいろな人が会いに来てくれると思うんです。
それに、子どもがいたとしても、仕事が忙しくて実家に帰ってこないこともあるだろうし、家族の仲が悪くなり疎遠になってしまうことだってある。そうなれば、子どもがいてもさみしいと感じるかもしれない。
そもそも、自分の老後が淋しくならないために子どもを…というのは親の勝手なのではないでしょうか。子どもには子どもの選択がある。子どもがいても、いなくても、淋しい老後を送るか、楽しく過ごすかは自分次第です。だから自分のコミュニケーション能力をあげて、その時その時で、今の自分と一緒にいてくれる人と一緒に楽しく過ごしていきたいなと思います。
――もし将来、子どもが欲しいと思った時は、どうしますか?
もし授かったら産みますが、私の気持ちが変わることはないと思います。
変わらないと確信しているけれど、万が一、子どもが欲しくなったとしたら、きっと自分で産むのではなく、養子を迎えると思います。
バンライフで出会った人たちの中には、私たちのことを「まるで子どもみたい」とかわいがってくれる人が、いっぱいいます。そういう人たちの方が、自分を一文無しで家から追い出した、血が繋がっている家族より、ずっと家族じゃないですか。きっと、家族になるのに血は関係ないんだと思います。
noteに「子どもは産まない」と書いたら、批判的な意見がたくさん来ました。
でも、子どもを産むことも、産まないことも、その人の選択です。産むのが当たり前ではないし、迷いや不安を抱えている女性に産ませようとしないで欲しいと強く感じます。子どもを産む、産まないが生きづらさになってしまうのは、やっぱりおかしいですから。
「子どもはいない」「子どもはいらない」と言ったときに「え、なんで?産んだ方がいいよ」というのではなく、「あ、そうなんだ。この人はそういう選択をしたんだ」とさらっと流してもらえるような社会になったらいいですね。
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お盆や正月、親戚が集まる席で繰り広げられる、「●●はまだ結婚しないのか?」「▲▲のところは、子どもは?」という会話。
お茶を濁すように当たり障りのない返事をしながら、居心地の悪さと不快感、怒り…、いろんな感情が混じりあったような複雑な思いに耐えるーー。
30歳を過ぎた頃から、私が親戚の集まりに一切顔を出さなくなったのは、その苦しさに耐えられなくなったからでした。
だから、恵利さんの「平気で『子どもはどうするの」と聞く人はたくさんいる。子どもについてウカツにそんな質問をした経験がある人たちに、その無神経さを自覚してほしい」という言葉はとても頼もしく感じます。
淋しい老後を送るかどうかは、子どもがいるかいないかではなく、自分次第。だからこそ、子どもがいない人生は、決して“かわいそう”ではないはずなのです。