「パレスチナ」と聞いて思い浮かべることは、もしかしたら、占領、紛争、テロ、難民、空爆など、ネガティブな単語かもしれない。
1948年、第一次中東戦争で多くのパレスチナ人が難民となり、現在もイスラエルが建設した分離壁に囲まれ、不自由な生活を強いられている。
パレスチナ自治区は準国家として国際社会からは認知されているが、今なおイスラエルによる入植地がパレスチナ自治区ヨルダン川西岸地区に拡大し、時にガザ地区では空爆に見舞われることもある。
そんな決して楽とはいえない状況のパレスチナの地だが、そこで繰り広げられる音楽フェスがある。「PMX(Palestine Music Expo)」「PAM(Palestine Alternative Music)fest」だ。音楽とお酒が切り離せないのはパレスチナも同じで、ビール会社が主催するイベント「Tybe October festival, Shepherds Beer Festival」でもミュージシャンたちはステージに立つ。
それらの音楽フェスはきっと「パレスチナ」という単語からは想像がつかないくらい盛り上がっている。その音楽性はいわゆる伝統的なアラブ音楽だけでなく、アラビア語ポップスやラップ、ロックと幅広い。
会場にはパレスチナ自治区内はもちろん、イスラエル領内に住むアラブ人もバスをチャーターし、こぞってやってくる。そして、外国人の来場者も少なくない。
最大級のフェス「PMX」の果たす役割
なかでも、自らをパレスチナ音楽のショーケースと称す音楽フェス「PMX」はパレスチナ最大級のイベントであり、パレスチナ音楽のジャンクションと言える。
海外から音楽イベントのプロモーターやライターが招かれ、パレスチナミュージシャンたちのパフォーマンスを鑑賞する。会場にはもちろんローカルのお客さんもいる。
占領で虐げられ「何もできない」と涙し嘆き、「わたし達は犠牲者です!」なんて言っていられない。むしろ、「あなたたち、世界中の人たち! こんなに才能ある数多くのパレスチナミュージシャンを知らないなんて」…そんな心意気で開催されるPMXの主催の1人Ramiは、こう語った。
「このイベントの目標はパレスチナに健全な音楽産業をつくること。そのためにも世界にパレスチナミュージシャンを繋げたい」
パレスチナ音楽を牽引するアーティスト
そう、パレスチナの音楽産業は、まさに進化の真っただ中にあるのだ。
Spotifyのアラブ地区進出も、その追い風の1つ。そんなパレスチナの音楽シーンを牽引するアーティストを紹介したい。
Bashar Murad(バッシャール ムラッド)
彼は占領下にある東エルサレム出身。パレスチナ人として占領地に生きてきたバックグラウンド、アラブ社会におけるジェンダーイコールやLGBTの権利など、歌の中にはパレスチナだけでなく、様々な社会問題に対する熱いメッセージが込められている。
4月のPMX、5月のグローバルビジョンを経て、アイスランドのHatariとのコラボレーションと、その活躍には目を見張るものがある。伝統とポップさのバランスも良くYouTubeで公開しているMVのセンスの良さはパレスチナの文化レベルの高さを物語っている。パレスチナで見たことのないステージアクトを心がけるなどエンターテイナーとしての意識も高い。抜群の歌唱力は言うまでもない。
TootArd(トゥートアルド)
彼らは3人組ロックバンドで、ゴラン高原、マジダルシャムス村の出身だ。この村はドゥルーズ派の人たちが住んでおり、元々シリア領だった。今はイスラエル占領下となっているが住民たちはイスラエル人になることを拒否しておりパスポートを持たない、つまり国籍がない。
しかし、音楽がレセパセ(通行証)となり、イギリスのグラストンベリーフェスティバルに出演。中東ミュージシャンにとってはセンセーショナルな、まさに事件として話題を呼んだ。
アラブ音楽の中で育ったルーツに、レゲエのリズムを感じさせる彼らの音楽は世界を魅了する。
El Container(エル コンテイナー)
6人組の東エルサレム出身のバンド。ラップとロックを融合したこのバンドはボーカルのIvanの甘いマスクがアイドル的人気の要因の1つかもしれない。とはいえ、パレスチナの音楽フェスでたくさんのオーディエンスを踊らせていることは間違いない。
エルサレムに生まれるというのは時に複雑な環境をもたらす。東エルサレムはパスポートを持つ人、持たない人がいる。イスラエルは東エルサレム住人にイスラエルパスポートを取得するように促しているが、そうすることで東エルサレムにはパレスチナ人はいなかったものとするのではないか?ということで、これには賛否がある。
彼らはエルサレムの居住権はあるが、イスラエルパスポートを所持しない。TootArdと同じように出国するためにはレセパセを取得し、訪問国のビザも必要となる。それには多額の費用と時間がかかり、また、エルサレムに戻れる保証もない。許可証があったところで、チェックポイントは気まぐれだったりもするからだ。海外ツアーをするのもままならないのは想像に難くない。
DAM(ダム)
パレスチナ初のラップグループで、パレスチナで最も有名なバンドの1つだ。
政治的なメッセージ性が強く、彼らの音楽はパレスチナ人との強い結びつきを感じさせる。現実と暴力、愛とロマンスというコントラストはポップとアラブの伝統というコントラストと相まって、その存在を際立たせている。そして、現実の世界でもまた、パレスチナの人々は同じ気持ちを持って生きている。
Apo and the Apostles(アポ アンド ザ アポステルズ)
エルサレムのアルメニア人地区出身のApoと、西岸地区に住むFiras、Amir、Pieer、Victorの4人からなる5人組ロックバンド。
「SABABA」はアラビア語で「クール」とか「カッコいい」といった意味だが、彼らの音楽はまさに「SABABA!パーティーロック」と称するのにぴったりで、パレスチナのどの音楽フェスも盛り上げる。まさに週末とお酒が似合うアラビア語ロックだ。
Sol Band(ソルバンド)
ガザ地区出身のバンド。ガザは周囲を壁で囲われ、経済封鎖、人の移動が封鎖された場所。そんな中で音楽活動をするのは想像をはるかに超えて難しいはずだ。エルサレムどころか西岸地区に行くことままならない。
彼らの音楽性はこのガザ地区を象徴するかのような力強さと粘り、そしてそ地中海の爽やかさが漂っていて、そのMVはガザ地区の印象をガラリと変えさせる軽さと若さがみなぎっている。
2019年のPMXに奇跡的にSol Bandの出演が叶った。イベント主催側は毎年トライしているが、同じ国とはいえ、ガザからラマッラーへの道のりは果てしなく遠い。チェックポイント、分離壁。バンドのボーカルHamadaは今回ガザのミュージシャンで初めてラマッラーでアクトした喜びを語っていた。また、ラマッラーだけでなく、エルサレムのオーストリアホスピスでも公演する快挙を成し遂げた。しかし、これが快挙であること自体、占領の惨さだとも感じる。
パレスチナミュージシャンの海外公演の難しさ
パレスチナミュージシャンには、課題も多い。西岸地区に住むパレスチナ人は原則ベングリオン空港は使えない。かつてあったエルサレム、ガザの空港は閉鎖している。彼らはわざわざヨルダンに出向きアンマンの空港から海外へ向かう。その費用、片道500米ドル(日本円にすると約5万5000円)。
また、分離壁を越える許可が本当に得られるのかどうか、許可証が得られるのにどれくらい時間がかかるのか、それすら不明瞭なのだ。海外からオファーがあっても、おいそれとはなかなか応じられないのも現実だろう。
とはいえ、ネット時代の今、その世界には分離壁もチェックポイントもない。現代のアーティストたちは、楽曲をSpotifyやYouTubeなどで発信できる。“パレスチナ音楽”は今まさに世界に進出し始めたところだ。
政治の話で終わらせない、音楽性に注目を
“パレスチナ”とつくだけで、どうしても政治と組み合わせて考えてしまう。歌詞のメッセージ性、パッション、バックグラウンドが濃いだけに政治的問題とは切っても切り離せない。
しかし、彼らの音楽性、エンターテインメント性を知っているだけに政治の話だけで終わらせたくない。
パレスチナ音楽の門戸は開かれた。新しい中東音楽の世界へ、いざ行かん。