現在開催中の「ラグビーワールドカップ2019」に合わせて、LGBTに関する情報発信施設「プライドハウス東京」が11月4日まで期間限定で開設されている。
様々なNGO団体や個人、企業、大使館がコンソーシアムを組んで運営しており、その中の「教育・多様性発信チーム」が23日、イベント「世界のLGBT絵本ライブラリー~多様性尊重と子どもの未来を考える~」を開催。「絵本」を切り口にLGBTや多様性の受容をどう広げていけるかについて議論された。
Visa社員が、LGBTの絵本の要約を翻訳し寄贈
「絵本は子どもだけでなく、大人も手に取ってくれるんですよね。絵本という素晴らしい手法でさまざまな人に多様性の理解を発信できればと思いこのプロジェクトができました」と話すのは、公立小学校の非常勤講師で、ゲイであることオープンにしてる鈴木茂義さん。
このプロジェクトとタッグを組んだのは、ビザ・ワールドワイドだ。海外のLGBTをテーマにした絵本を集め、日本語と英語で要約を作成。プライドハウス東京に寄贈するプロジェクトを実施した。
同社のジェニファーさんによると「VisaはグローバルでInclusion&Diversityの取り組みを行っており、昨年からは日本でもI&D活動を行うグループを立ち上げました。その中でLGBTは重点的なテーマの1つでもあり、今年のI&Dの活動の1つとして、プライドハウス東京を支援することになりました」と話す。
同社の伊藤さんは「8冊の絵本を社員7人で分担し、日本語と英語で絵本の内容を要約しました。
なかなか日本でLGBTに関する絵本が見つけられなかったので、本社のサンフランシスコやシンガポールの拠点にも問い合わせてみたら、かなりの量の絵本のリストが送られてきて驚きました。世界には(LGBTに関する絵本の情報が)一般的に手に入るんだなと実感し、そうでない日本の現状を知りました」と話す。
『STELLA Brings the FAMILY』の要約を担当した松井さんは「とてもラブリーなストーリーでした」と話す。
「お父さん二人に育てられているステラちゃんが、学校の母の日のお祝いパーティに誰を連れていけば良いか悩むお話です。結局、ステラちゃんは、お父さん二人とも、それ以外にもステラちゃんをサポートしてくれるおじいちゃんやおばあちゃんみんなを連れていくというストーリーです」
松井さんは、絵本は「自然と多様性を受け入れる」ための後押しをしてくれると話す。
「私はブラジル人で、昨年東京に引っ越してきました。ブラジルでは同性婚が認められていますが、まだまだLGBTに対する偏見は残っています。やはり、まだ(社会の)気づきや受容度が高くないのかなと思います。
子どもだけでなく大人も読める絵本があれば、もっと自然に、子どもも大人もLGBTを受け入れることができるのではないかと思っています」
他にも、ビザ・ワールドワイドは、LGBTや性の多様性を象徴する「レインボーフラッグ」をデザインしたギルバードベイカー氏を描いた絵本『SEWING THE RAINBOW』や、『Prince&Knight』という両方男性同士の恋を描いた作品を寄贈。
伊藤さんによると「(『Prince&Knight』は)おとぎ話の主人公を男性どうしで描いたものですが、翻訳に携わった社員は、その設定を新鮮に感じて、改めていかに自分が無意識な偏見にとらわれていたのかと気づいたと話していました。」
LGBTの絵本や翻訳出版の難しさ
トークセッションでは、クラウドファンディングを活用して世界の本を翻訳出版する「サウザンブックス社」の古賀一孝さんと、子育てをするLGBTの当事者等をつなぐ任意団体「にじいろかぞく」の副代表をつとめる青山真愉さんが登壇。LGBTをテーマにした絵本の出版について、様々な視点から語った。
サウザンブックス社の古賀さんによると、年々翻訳本を出版することは難しくなってきている現状があるという。
「翻訳はエージェントが入ったり、著者と翻訳者と両方に印税がかかるため、翻訳書は作るのに2倍近いお金がかかるんです。私は長年出版業界にいますが、世界で読める良い本が日本語で読めない舞台裏を見ていて悔しくて悔しくて…」
そこで古賀さんは「読みたい人を先行予約で集めて、人が集まったら作れば良い」と発想を転換させ、サウザンブックス社を立ち上げたという。
「その中でLGBTをテーマにした『PRIDE叢書』をはじめて、例えば2作目の『ふたりママの家で』はおかげさまで重版がかかり、今は3刷りになっています」
現在も、アメリカでLGBTをテーマにした作品に贈られるストーン・ウォール賞大賞を受賞した、人魚になりたい少年・ジュリアンを描く絵本『Julian Is a Mermaid』のクラウドファンディングが実施中だ。
古賀さんは「忘れないようにしたいのは、本は当事者の居場所であるべきだということです」と話す。
「セクシュアルマイノリティにとって、特に幼少期は居場所がない。自己肯定をする術がありません。だからこそ、フィクションは、本は、その子の居場所となり、一瞬でそこに逃げ出すことができます。そこを意識しないといけないなと思っています」
出版社で働く青山さんは、レズビアンの当事者で、同性のパートナーと子どもを育てている。
青山さんによると、絵本には二つの側面があるという。
「ひとつは、大人が子どもに『この世界はこうなっているんだよ』と説明しやすくするための役割。
もうひとつは、子ども自身が育ったときに自分自身に重なる登場人物を探すための役割です。
子どもが自分を探す際は、本人が購入してくれます。しかし、大人が子どもに渡す場合は、大人が(絵本で描かれるテーマを)“自分ごと”として受け止めていないと選ばれません。つまり、売れません。
なので、残念ながらマイノリティのテーマは、なかなか出版されにくいんです。でも、学校や図書館にはそんなマイノリティの子どもが自分自身を探しにきたりする場所です。だからこそ、絵本は出版され、置かれないといけない。売るための本と、出版されるべき本は、切り分けて考えるべきかなと思っています」
子どもたちの本の味わい方
子どもたちは絵本をどのようにして読んでいるのだろうか。
小学校の非常勤講師を務める鈴木さんは「数年前まで学校で多様性に関する本はあまりなかったけれど、最近はふと見ると『LGBT』と書かれた本が目に入るようになったと思います」と話す。
「子どもたちも絵本をいきなり読むのではなくて、最初はイラストを見ているんですよね。ペラペラっと見て一度棚に戻す。でもそのあともう一回手に取ったりする。その時々で絵本の味わい方が違ってくる。そういうところからも色々な可能性を感じます」
青山さんの子どもは、現在小学校2年生。「うちの子が少数派の姿が描かれた絵本を探し始めるのは、これからかなと思います。うちは周りの家庭となぜ違うのかと周りから突っ込まれたときにどう説明するか、差別の気配があったらどうかわすか、心を守るか、などを知るために、本を探し始めるのではないかなと。
我が子に限らず、子どもにとっては、読む作品の中のキャラクターの振る舞いが、その後のその子の行動を決めると思うし、考え方がが内在化されると思います。
例えば親友がゲイだと知ったときに、どう接してあげればいいか、どういう言葉をかけるとスマートなのか、振る舞いのモデルが、物語のキャラクターとして描かれる児童書がさりげなく置いてあると良いなと思っています」
絵本のジェンダー観をアップデート
トークでは、絵本や子どもを取り巻く環境に染み付いている「規範」についても言及された。
青山さんは以前夏祭りの受付をしていた際に「名札が赤・黄・青の三色だったのですが、女の子は半分くらいが赤を選んで、あとは黄色と青色に自然と自分の好みで分かれているようでした。
一方で、男の子は8割が青色。でも中には赤と黄色を選ぼうと悩んでいる子もいたのですが、連れてきたお父さんのほとんどが『青にしろ』って言うんですよね。(女の子と比べた時の、男の子の)赤や黄色を選ぶときの、ためらう様子が印象的だったんです」
鈴木先生も「僕も学校にピンクのポロシャツを着ていった時、小学校1年生に『男の先生がピンク着ているのって変なんだ』と言われました。まだ6〜7歳なのにもう色のジェンダー規範が染み付いているんですよね。これって絵本にもあると思うんです」
青山さんは「既存の絵本を見ていると、昔話や、名作と呼ばれるものであっても、残念ながらこのジェンダー観では、今の子どもへの読み聞かせには使いにくいなというものがたくさんあります」と話す。
「桃太郎や、プリンセスストーリーもそうです。今の時代に求められていることは、名作だからというだけの理由で古い本を図書館に置き続けるのではなく、ジェンダーや多様性に配慮された、新しい名作に入れ替えていくことではないでしょうか。もちろん出版社も、そういう視点をもって、新たな名作絵本・児童書を作っていく必要があります」
古賀さんは「ここ数年でLGBTに関する本の出版も増えてきて、学校や図書館も入れてくれるようになりました。
次に変えたいのは『ジェンダー』の話で、やっぱり『サザエさん』や『ドラえもん』、『ちびまる子ちゃん』などで描かれる『定型的な家族』のイメージを僕たちは何度も何度も『これが正解です』と言わんばかりに無意識に刷り込まれています。
ここを変えるのがフィクションの力だと思います。例えばドラえもんの中にLGBTの子がいたら子どもたちもあたりまえのものとして受け止める。まだ絵本や出版、映画もそこには到達していないと思うので、ここが変わっていくと良いなと思っています」
「プライドハウス東京」は11月4日まで開催中。世界中から集められたLGBTに関する絵本も多数展示されており、誰でも手にとって鑑賞できる。
(2019年10月24日fairより転載)