ある朝、自分のメールがハッキングされていることに気づいてパスワードを再設定し、メールボックスを開けてみたら、ありとあらゆる言葉で自分がののしられていたら、あなたはどう思うだろう。
自分のフルネームをググってみたら、数年前の恋人に送った自分の裸の写真が検索トップに上がってきたら、どんな気持ちになるだろう。これは、実際にあるひとりの若い女性に起こった出来事だ。
彼女の名前は、エマ・ホルテン。1991年生まれのデンマーク人女性。17歳の時に当時の彼氏に送った自分の裸の写真が、ある日だれかにメールボックスを通して世界中に公開された。
写真だけではない。彼女のフルネーム、住所、在学している学校名、両親の名前、職場などありとあらゆる個人情報も同時に公開された。そして、裸の写真は、当時11歳だった姪にも届けられていた。Facebookアカウントには、自分の裸の写真がシェアされ、有料のポルノサイトにも転載されていた。
この日から3年以上にわたり、エマは世界中からメールやメッセージを毎日受け取ることになる。
「良い身体してるね」「もっと他の写真を見たいから送れ」「写真を見ながら楽しませてもらったよ」「あばずれ」「恥ずかしくないのか」「首になった?」「親はおまえが尻軽女だと知ってるのか」ありとあらゆる言葉が男性から毎日彼女のメールボックスに届く。
女性たちは、なぜ自分の裸の写真をネット上に保管していたのか、そういうことになりうるとなぜわからなかったのか、自分で裸の写真を撮るなんて馬鹿げてると彼女を批難する。エマを擁護してくれる声はなかった。ネットの世界から遠ざかり、国外へ逃げても、エマが自尊心を再び回復するまでには、長い長い時間がかかった。
これはリベンジポルノと呼ばれるものだ。個人の性的な画像を、本人の承諾なくインターネットを介して不特定多数の第三者に提供する行為で、日本では2014年にリベンジポルノ防止法が制定されている。世界中で日常的に起こっているこの現象は、その被害者の90%が女性だ。
エマは3年間にわたって世界中から罵声を浴び続けた。だれがやったのかわからないこの行為のために泣き崩れる日々。それでも、彼女の心の中の小さな声はささやいていた。「わたしは何も悪いことはしていない」
3年以上の日々を経て、エマは立ち上がった。そして、今度は自ら、ある女性のフォトグラファーに撮影してもらった自身のトップレスの写真を、インターネット上に公開した。10枚ほどのこの写真は、全て彼女自身が同意してネット上に公開し、“Consent” (同意)と名付けられたプロジェクトとなった。
エマは、リベンジポルノの経験を通して、自分が裸であること、裸の写真を撮ること、自分の性的な写真をネット上に保存すること自体が問題なのではなく、本人の同意なしに、それがだれかから不特定多数の人々に公開されることが問題なのだという結論に至った。
本人の同意なく公開されることで、女性たちは辱められる。女性が性的な表現をすること自体に注目が集まり、それを笑いものにしたり、批難されたりする。そして辱められた女性たちの様子を楽しむ者がいる。ここで問題なのは、性的な表現をしている女性ではなく、それを本人に無断で公開すること、それを楽しむ者で、合意のないものは侵害だとエマはいう。
彼女のこのプロジェクトは瞬く間に世界中に広まった。イギリスの ガーディアン紙は、彼女の「同意プロジェクト」と彼女自身の語る言葉を紹介した。ハフィントンポストでもエマの活動は紹介された。
その後、エマは国内外で瞬く間にその名前とプロジェクトが知られることになる。そして様々な講演やディベートに参加し始める。デンマーク国内でも彼女のドキュメンタリーが放映され、エマは高校やホイスコーレで講演をしたり、テレビ番組でもディベートに参加するようになる。事件から3年以上経て、彼女はリベンジポルノの被害者から、ネットを悪用した同意のない個人情報の公開の問題に警笛を鳴らすアクティビストになったのだった。
それでも、彼女のプロジェクトや考え方に批判的な人々もいる。2015年にデンマークのディベート番組に登場したエマは、牧師である女性との討論で、ネット上にプライベートなものを置いておくことの危険性について自覚が足りない、世の中には人を傷つけて楽しむという歪んだ考えの人間がいるという前提で、自分の行動に気を配らなくてはいけないと批判される。
それに対するエマの答えはこうだ。
わたしたちの世界はどんどんデジタル化してきている。医者のカルテも、市の管理している個人情報だってデジタル化されている。
そして、裸の写真は、人によっては誰にも見られたくないものだったり、逆に何も気にしない人だっている。映画や写真集で自身の裸を晒している女優たちは、わたしが受け取ったようなメールを何年にもわたって受け取ることはない。
その違いは、本人に同意があるかどうかだ。ここで問題なのは、わたしが裸の写真を撮ったことではなく、本人の承諾なく広めたという行為、そして写真を広められた女性を辱める行為。この行為を恐れて、女性が自分の表現の自由や性の自由を制限されることが許されてはいけない。
そして、もしデジタルの世界が問題だというのであれば、わたしたちは、デンマーク社会の構造すべてを作り直さなければいけないし、そしてそれは今ではもう遅すぎる。そうではなくて、同意があるかどうかをはっきりさせること、同意のないものをシェアしてはいけないし、罰せられるべきだ。
エマはその後、フェミニストとしても多くの人々の前に立つ。そして女性が自分自身を守ることと、女性の自由が制限されることが同じであってはいけないことなど、女性の性についても語っている。
彼女の活動はデンマーク国内で多くの人々に支持されている。彼女のドキュメンタリーは中学生向けの教材として使われ、エマはあちこちの高校で講演を続けている。フェミニストとして講演を続けながらも、エマは時にその厳しさも感じている。
それは、自分自身の経験や生活をさらけ出して活動することの厳しさだ。一人の若い女性として、普通に、女性の権利や同意や平等について叫ぶことなく、のんびりと生活を送ることができたらどんなに楽だろうと。フェミニストの活動なんて、数年前はほとんど関心もなかったのに、今、自分が人生をかけて活動することになったその厳しさを彼女は感じている。それでも、彼女は自分の信念のために活動を続けている。今年エマは28歳になる。
エマ・ホルテンの公式サイトはこちら
(2019年10月16日のnote掲載記事「もし裸の写真が明日世界中にばらまかれたとしたら ーあるひとりの若い女性が決意したこと」より転載)