本人の同意なしに第三者にセクシュアリティを暴露すること、アウティングーーー。
一橋大学でゲイの大学院生がアウティングを理由に転落死した「一橋大学アウティング事件」は、LGBTの当事者だけでなく、多くの非当事者にも驚きを持って受け止められた。事件から4年が経った現在も、遺族と大学との訴訟は続いている。
アウティングは時に命を脅かす危険な行為だ。しかし、残念ながらその危険性についての認識は進んでおらず、単なる「秘密をバラすこと」レベルとして扱われてしまっているのが現状だ。
そんな中、国会では今年5月に「パワハラ関連法」が成立。その指針で「SOGIハラ」と「アウティング」対策を企業に義務付ける方向が決まった。
SOGIハラとアウティングの初の法制化に対して、LGBT法連合会の神谷事務局長は「国会の附帯決議で決まったことは大きな一歩です」と話す。
「あの人はオカマなんじゃないか」など、性的指向や性自認によるハラスメント=SOGIハラは「LGBTへのハラスメント」ではない。例えば、学校で「ホモ」と言われいじめられる可能性があるのは、LGBTの児童生徒だけでなく、非当事者に対してもあり得る。
「つまりSOGIハラは、全ての人が受けうる行為なのです」と神谷事務局長は話す。
アウティングについては、善意からくるものと悪意からくるもの、両方があることを踏まえて、パワハラ関連法の附帯決議には「アウティングを念頭に置いたプライバシー保護を講ずること」が明記された。
「アウティングに関してしっかりと措置内容を指針に明記すべきです。」
どのような「指針」になるかは審議会の議論次第だが、ここでは、一般に企業に求められる「アウティング防止対策」とは一体何なのか。そのポイントを整理してみたいと思う。
アウティングがなぜ危険か
アウティングによる被害は「一橋大学アウティング事件」のケースだけにとどまらない。
今年8月にも、アウティングをめぐる一件の訴訟が提起された。
出生時に男性として性別を割り当てられ、現在は戸籍上の性別や名前も女性に変更して生活している方が、転職先の病院で上司に「男性であったこと」をアウティングされ、同僚からハラスメントを受けた。精神的な苦痛により病院のベランダから飛び降り自殺を図り、肋骨やかかとを骨折。現在も働くことができない状況だという。
筆者が知る限りでも、地方の学校で生徒がアウティングを理由に自死してしまったという例や、職場でアウティングをされて部署を異動させられた。うつになり職場を辞めざるを得なかった等のケースも耳にする。
電話相談窓口「よりそいホットライン」の調査によると、セクシュアルマイノリティ専門ダイヤルへの相談者のうち、職場でカミングアウトをしている割合は16%だという。つまり、残りの84%もの人はセクシュアリティを隠して生活をしているということだ。それは、未だ社会に差別や偏見が根強く残っていることを示している。
悪意であれ善意であれ、アウティングは危険な行為
LGBTに対する差別的な言動が見聞きされるような職場で、悪意をもって本人のセクシュアリティを暴露してしまうようなケースは言語道断だが、アウティングは「良かれと思って」行われてしまうことも多々ある。
アウティングをしてしまった本人は「自分はLGBTについて理解がある」と認識していたとしても、暴露した先の人全員が理解しているかはわからない。
アウティングの意図が善意であれ、悪意であれ、本人の知らない所での暴露は当事者を追い込んでしまう危険があるのだ。
本来は「あの人ゲイなんだって」と、誰かのセクシュアリティを勝手に伝えることは「単なる秘密の暴露」程度で片付けられる問題であってほしい。
しかし、繰り返しになるが、現状では本人の同意なく第三者にセクシュアリティを暴露することは、時に当事者の命を脅かしかねない危険な行為だ。
だからこそ、わざわざ「アウティング」と名前がつけられ、国や自治体も法制度によってアウティングを防ごうと動き出している。
アウティング対策のポイントを整理
2018年1月に東京都国立市が、2019年4月には東京都豊島区でも条例でアウティング禁止を明記した。今年5月に成立した「パワハラ関連法」でも、企業にSOGIハラやアウティング防止対策を求める方向が全会一致、つまり全員賛成で決まった。
具体的にアウティングを防止するためにどんな取り組みをする必要があるのかは、現在審議会で議論されている「指針」の内容次第だ。
ここでは、「アウティング」について一般的に企業が対策できるポイントを整理してみたい。
■本人確認の徹底
まずは「アウティング」それ自体の問題について認識を広げるために社内研修等で取り上げることは基本だろう。
その上で、アウティング防止を考える際にまず最初に抑えておきたいポイントは「本人確認を徹底すること」だ。
アウティングは、「本人の同意なし」に第三者にセクシュアリティを暴露することであるため、本人の同意を得た上で第三者に伝えることは問題ない。
ただし、例えば本人の自死念慮が高い場合など、緊急性が高くチームでのサポートが必要な場合は、上記に当てはまらなくとも共有する必要があるだろう。その際でも、なぜ共有する必要があったのかは、事後本人にしっかり説明することが必要だ。
■人事情報の共有、閲覧の範囲等の見直し
例えば、人事担当者がLGBTの従業員から相談を受けた場合、本人の同意があれば部署内などで共有しても問題はないが、確認が取れていない場合は、口頭や引き継ぎ資料等でも共有はしてはいけない。
他にも、トランスジェンダーの従業員が会社に登録している性別や名前を変更した場合、誰かその情報を見られる状態なのかを整理し、本人も公開範囲について知ることのできる状態にしておくべきだろう。
最近では、同性パートナーに異性カップルと同様、結婚休暇等の福利厚生を適用する企業が増えてきたが、カミングアウトをしていない当事者にとって、制度適用がアウティングに繋がってしまう恐れがあれば、なかなか制度は利用できない。
制度を利用するためにパートナーを会社に連れてくる必要があるという企業の事例も耳にしたことがあるが、それこそカミングアウトしていることが前提の制度となってしまっている。
このように、性別変更や同性パートナー関係の福利厚生など、制度を利用する際の手続きや利用中の情報管理について見直し、本人に確認をとるということを徹底する必要がある。
■カミングアウトする側/される側の相談体制を整える
LGBTの同僚や部下等からカミングアウトを受けた際、どこにも相談できないということもアウティングが発生してしまう要因のひとつだ。
当事者のカミングアウトには、例えば上述したような「同性パートナーへの福利厚生制度を利用したいため、人事に対してカミングアウトした」という場合や、「ただ知っておいてほしかったら同僚にカミングアウトした」という場合など、さまざまなパターンがある。
こうした当事者に対してはもちろん相談できる体制の整備が必要だが、カミングアウトを受けた側も相談できるよう体制を整えるべきだろう。
カミングアウトを受けた際にどう対応すれば良いかわからず、しかし、アウティングについて理解しているため、誰にも相談できず溜め込んでしまうというケースも想定される。その際に、外部の秘密保持義務のある相談窓口を利用できるようにしたり、電話相談窓口の「よりそいホットライン」や、自治体等の相談窓口についての情報を共有すべきだろう。
■アウティングが起きてしまった際の対処を検討する
アウティングが起きてしまった場合、どのように対処すべきか、再発防止策についても検討しておくべきだろう。
アウティングにより当事者がハラスメントに遭ってしまったり、追い込まれるような状況であればアウティングの行為者(やハラスメントをした人)に対して厳正な対処が必要だが、そうでない場合でも、基本的にアウティングが起きてしまった経緯や、共有されてしまった範囲について本人に説明が必要だ。
その上で、セクシュアリティを伝えてしまった先の人に対しても、「この範囲までにとどめておいてほしい」ということを組織として伝えるべきだろう。再発を防止するために、行為者に対して再度研修等を実施して、再発防止策を検討することも望ましい。
国際的にも、性的指向・性自認は「機密性の高い情報」
ここまで、企業のアウティング対策を整理してみた。
「アウティング」という言葉はもともと欧米圏で使われるようになったが、アウティング問題がここまで顕在化しているのは、日本特有のようだという声をしばしば耳にする。
実は、EU圏内の個人データやプライバシーの保護を規定する「GDPR(一般データ保護規則)」にも「性的指向」は要配慮個人情報のカテゴリに入っており、情報を取得する際には、本人の同意が原則となっている。この原則は一部日本国内でも適用される場合がある。
カナダのオンタリオ州でも、「性的指向」「性自認」に関する情報はより差別の問題に密接しているということから、機密性の高い項目と規定されている。
そのため、職場でもパートナーや家族に関する情報は聞いてはいけないということになっており、アウティングによる被害を受けて訴訟を起こす際にも、自分自身がLGBTの当事者であることを開示する必要はないということになっている。
このように、性的指向や性自認が機密性の高い個人情報であり、そのコントロールはあくまでも本人の権利だという考えをもとに施策が打たれているのだ。
未だ社会に差別や偏見が根強く残っている現状の中、「性的指向」や「性自認」に関する情報の扱いは特にセンシティブであるべきで、本人の同意が必要だということが国際的にもスタンダードになりつつある。
実効性の高い指針に期待
今年5月に成立した「パワハラ関連法」の指針で、企業のアウティング防止対策の内容が規定されることになるが、そもそも今回の法改正に罰則はないため、アウティングをした場合に行為者や企業が刑事的に罰せられるということはない。
しかし、「指針」に明記される内容は、基本的に全ての企業で防止対策が義務付けられることになる。より実効性の高い指針ができれば、多くの企業でその対策が実践されることになり、アウティングによる被害も少なくなっていくだろう。
最後に、繰り返しになるが「アウティング」が問題となる背景には、未だ社会に差別や偏見が根強く残っていることに目を向けなければならない。
LGBTの存在や多様な性のあり方が「当たり前」のものとして認識される社会になれば、そもそもアウティングが起こっても何も問題は起きず、今回のような法整備は不要となるだろう。
長期的にはこうした社会を目指しつつ、今起きているアウティングによる被害をなくすために、実効性のある「指針」の策定と、すべての企業が「アウティング防止対策」を実行することを期待したい。
プロフィール
1994年愛知県名古屋市生まれ。明治大学政治経済学部卒。一般社団法人fair代表理事。オープンリーゲイ。政策や法整備を中心としたLGBTに関する情報発信やキャンペーンを行っている。LGBTを理解・支援したいと思う「ALLY(アライ)」を増やす日本初のキャンペーン「MEIJI ALLY WEEK」発起人。Twitter @ssimtok
Facebook soshi.matsuoka
(2019年10月18日fairより転載)