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アフリカ東部のウガンダで暮らすシングルマザーらを雇用し、鮮やかな色づかいと大胆なモチーフが目をひくアフリカンプリントのバックやトラベルアイテムを製造・販売する「RICCI EVERYDAY(リッチー・エブリデイ)」。代表の仲本千津さん(34)が、2015年に立ち上げたブランドだ。
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仲本さんは大学院卒業後、銀行員からNGO職員へ転職。派遣先のウガンダで、アフリカンプリントとひとりの女性に出会ったことをきっかけに、“起業家”として生きることを決めた。
8月には日本で開催された第7回アフリカ開発会議(TICAD7)の開会式で、安倍晋三首相が仲本さんを紹介し話題を呼んだ。
「日本の女性に向けて仲本さんがウガンダで作るカバンは、色彩の豊かさがひときわ目を引きます。一人の日本女性の投資が、ウガンダ女性たちの自信を育て、美しい商品へ結晶する循環ができました。日本とアフリカの協働が生む、新たな物語の誕生です」
なぜウガンダに勝機を見いだし、どんな思いでビジネスをしているのか。日本とアメリカをつなぎ、女性の生き方に新たな選択肢を生み出す仲本さんに話を聞いた。
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アフリカ布と、ひとりのシングルマザーとの出会い
「RICCI EVERYDAY」の店舗は、代官山駅から徒歩3分の場所にある。ガラス張りで、外からも、その鮮やかさに目を奪われる。
特に人気があるのは、アフリカンプリントを用いたバック。現地の言葉で「幸せを運ぶ」という意味を持つ「Akello(アケロ)」と名付けた。見た目の可愛さとユニークさはもちろんだが、持ち手の部分に革をつけてバックの強度を上げたり、付属のポーチをつけたり、内側にポケットを多く用意したりと、細やかな気配りが感じられるのも、人気の理由だろう。
仲本さんが起業したきっかけには、2つの出会いがあった。一つは、NGO職員としてウガンダに派遣されたときに“一目惚れ”したアフリカンプリントだ。
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「ローカルマーケットでパッと目に飛び込んできたんですね。あれもかわいい、これもかわいいとあっという間に2時間ぐらい時間が過ぎて。日本にはない模様で、新鮮でした。とてもワクワクしたことを覚えています」
そしてもう一つ、仲本さんを動かしたのが、ナカウチ・グレースさんとの出会いだ。
グレースさんは、4人の子どもを育てるシングルマザー。出会った当時は、週に1回、日本人宅の掃除と洗濯をする仕事をしていて、収入はわずか月1000円ほどだったという。
「言ってしまえば、彼女はよくいるタイプのウガンダ人女性でした。ウガンダでは一夫多妻制が認められていたり、男尊女卑の慣習が残っていたりすることもあって、シングルマザーが多い。家でぼーっとしながら、何かが起こることを待っている。悲壮感を漂わせながら生活している人たちが結構いるんですけど、そういう中の一人だったんです」
ただ、グレースさんの家を訪れた時に、仲本さんはささやかながら“違い”を感じた。
「家で鶏や豚を飼っていて、なけなしのお金を工夫して、自分の生活を少しでも変えようという試みが見えたんです。豚は、だいたい子ども1人の1学期分の授業料ぐらいで取引されるんですよ。そういう意味で彼女は何かを変えたいという強い意志があるんだなと思って。グレースとならもしかしたら何かできるかもしれない。そう思いました」
こうした出会いを経て、アフリカンプリントを生かした縫製業を始めた。
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グレースさんら3人の女性と仲本さんのたった4人で始めた工房。立ち上げから4年ほど経った今では、およそ20人がレギュラーで働いている。
「アフリカンプリントの柄を見て、人と違っていいんだな、人と違うことはすごく楽しいなと思ってくださると嬉しいです。このブランドを通じて、“ユニークさ”、それからどんな選択肢でもお客さま一人ひとりが選んだものこそが魅力なんだということを伝えていけたらいいなと思っています」
取材の日も、開店と同時にお客さんが顔を出した。色鮮やかなアメリカンプリントに「わあ」と思わず声をあげる。日本にはないビビッドで個性豊かなプリントは、見るだけでパワーをもらえる。
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銀行員→NGO→起業という“異色”のキャリア
学生の頃から、紛争の歴史や平和学に興味があった仲本さん。高校生の時にみた日本人初の国連難民高等弁務官・緒方貞子さんのドキュメンタリーに感銘を受け、国連職員を目指していた時期もあったという。
だが、大学院で学ぶうち、「(自分は)理想論ばかりで、現実のことを全然知らない」と思い直し、一度は社会に出ようとメガバンクへの就職を決めた。
「でも、全然カルチャーが合わなくて。ルールから逸脱しないことが正義の業界。すごくストレスを感じていました。銀行のビジネスモデルもよく理解できないまま、悶々と過ごす日々が続きました」
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そして、2011年3月11日。東日本大震災が起こった。
「自分がいつ死ぬか分からないし、明日を生きたかった人がこんなにたくさんいるのに、自分は惰性で生きている。これでいいのだろうか。踏ん切りがつきました。自分がやりたいことを全力でやる人生にしようと思ったんです」
同年10月に銀行を退職。念願叶って、未経験ながら農業支援を手がけるNGOへ転職を決め、ウガンダとつながりができてゆく。
ウガンダの可能性と「生きづらさ」
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なぜ、ウガンダで勝負をしているのか。NGO職員時代、アフリカ諸国をめぐる中で、「ウガンダが一番性にあっていたから」という仲本さんとふり返る。
ウガンダは人口の半分以上が18歳以下で占められている“若い国”である。人口増加率は3%を超え、その活気を肌で感じると仲本さんは言う。
しかし、いざ暮らしてみるとさまざまな社会的な課題も見えてきたという。
「人びとは笑顔を振りまきながら生活をしていますが、実際は貧しく、厳しい。彼女たちは彼女たちなりの生きづらさを感じているという印象です」
シングルマザーが多いという現状に拍車をかけるのが、貧困だ。
例えば、現地の縫製業はインド資本の工場があり、平均月収が60ドルほどあっても、家賃が最低でも月30ドルほど。子どもたちに質の良い教育を受けさせようとすると追加でお金がかかるし、医療を受けるにもお金がかかる。そうして、厳しい状況に追い込まれていく。
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加えて、上の世代の人たちと若年層の間で、様々な軋轢を目にすることも増えてきた。
「主要なポジションは昔の人たちに占められていて、今の若い人は、大学を卒業した優秀な人であっても、一部の人しか定期収入のある職に就けない。そのためバイクタクシーの運転手や売店の売り子をするなどして日銭を稼がないと生活ができない。社会の不安定さを感じます」と仲本さんは話す。
RICCI EVERYDAYでは、こうした現状を変えるため少しずつ女性の雇用を拡大してきた。
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仲本さんは、一緒に働くグレースさんに「4人の子どもを学校に行かせることができるなんて、夢に見たこともなかった」と言われたことが印象に残っているという。
いまはシングルマザーに雇用を限っているわけではないが、ウガンダの女性たちの生き方は着実に変わってきている。バッグづくりの技術をひたむきに学ぶ彼女たちの成長は、会社の拡大につながるだけでなく、彼女たちの自己肯定感を育むことにも寄与している。
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母をビジネスパートナーとして“採用”した理由
仲本さんのビジネスを支えるのは、ウガンダのメンバーのほかに、共同代表である母親の律枝さん(62)の存在だ。ブランドの立ち上げ当初から、自らの母を“採用”したのだ。
「私はウガンダで生産を見ないといけなかった一方で、お金を回すために、誰かに日本で製品を売ってもらう必要があった。誰にやってもらおうかなと思った時に、うちの母を思い出して」

4人きょうだいの一番上だった仲本さん。一番下の妹とは13歳離れている。
「母の口癖は『30年間ずっと子育てをしていた』でした。それももちろんいいと思うんですけど、母はそれを口にするときに、どことなく寂しそうな顔をしていました。これから第二の人生として、別の世界を見てもらってもいいかなと思い、彼女を事業に巻き込んだんです。そうしたらすぐにOKしてくれて、想像を超える働きをしてくれました」
例えば、律枝さんが、地元の静岡にある百貨店に営業しに行ったことがあった。インフォメーションセンターで「催事をやりたいのでバイヤーさんに繋いでもらいたい」と、堂々と売り込みをしたという。その売り込みがきっかけで、初のイベント出展が決定。地元のテレビ番組でブランドが紹介されたタイミングも重なり、大盛況に終わったという。
「母とだったら阿吽の呼吸で動けるんです。お互いを一番理解していますし、本音で色々言い合えるのがいい。娘がやりたいと思ったことを応援しない親はいないじゃないですか。母は今も、店舗のマネージメントや、イベントでの接客・販売・営業を全力で取り組んでくれています」
ブランド名の「RICCI」は、「RICH」とかけて、豊かさを再定義したいという思いがあるが、律枝(RITSUE)と千津(CHIZU)を掛け合わせた意味でもあるそうだ。
エシカル消費の時代をしなやかに生き抜く
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こうして体当たりで広げてきた仲本さんのビジネスは、時代とシンクロする。
かつて一斉を風靡したファストファッションブランドが日本から撤退。大量生産・大量消費の時代から、人や社会、地球環境を配慮したエシカル消費の時代へーー。その流れを仲本さんも感じ取っている。
「名の知れない個人が始めたブランドでも、製品の良さや背景にあるストーリーがお客様に伝われば、選んでもらえる時代に入ってきているのかなと思います。日本のお客様も、私たちが作っている商品の裏側のストーリーをお話しすると、『いいわね』と共感してくれて、買ってくださいます」
「もともとは、このブランドに関わってくれる人が幸せならばいいなと思っていたんです」と仲本さんは言う。しかし昨年、海外のビジネスコンテストに参加し、世界の起業家たちに出会ったことで仲本さんの中で変化が生まれた。
「参加者はみんな、社会を変えていくことにすごく貪欲でした。何百万、何千万の人たちにサービスを届けたい、女性たちの生活を変えたいなどと、熱く語っていたんです。それを見て、自分はなんてちっぽけなことを考えていたのか、と。とてもいい刺激を受けました」
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これまでは、途上国から世界に通用するブランドをつくる「マザーハウス」の山口絵理子氏や、エチオピア発のブランド「andu amet」の鮫島弘子氏など、“先輩”の背中を追いかけてきた。
「本当に私はラッキーでした。尊敬できる先輩起業家に出会えたことや、ウガンダで知り合った女性たちもすごく一生懸命で、愛がある。母や日本のスタッフの協力もとてもありがたい。私のいまの課題は、今後のブランドの成長をどう形作るかということです。これからは、自分の想像の範囲を超えることをやっていかなくてはいけない場面が出てくると思います。」
「でも、粘り強く、諦めなければ、何とでもなりますから。粘り強さと忍耐強さを持って、生き抜きます」
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(取材・文:五月女菜穂 写真:江藤海彦 編集:笹川かおり)