宝塚市が職員を募集したところ、3名の採用枠に1816名の応募があったそうである。ロスジェネ世代の抱える焦燥感がよく表れた数字だと思う。しかしこの数字には、「ロスジェネ世代の困難」という軸以外にもう一つ、「ホワイトカラー信仰」という論じるべき軸があるのではないかと思った。数字を見たときに、パッと頭に浮かんだある出来事があったのだ。
今年の1月か2月のことである。私はある求人に応募した。2月半ばから3月半ばまでの1ヶ月間の仕事で、勤務先は会計事務所。内容は一般的な事務作業だった。会計事務所でこの時期とくれば、どういうことかぐらいかは察しがつく。会計事務所が繁忙期を迎える確定申告の期間中に臨時のバイトが一人必要になった。そういうことだ。時給は1000円で、毎日10時から16時まで6時間拘束されるが、うち1時間はランチ休憩なので、日給は5000円ということだった。
それが良い待遇なのか、ひどいのか、普段から勤め人をしていない自分にはよく分からなかったけれど、その会計事務所が、私が毎朝作業をしていたカフェの近くにあったこと、期間が1ヶ月と限られていたこと、それに、人手不足が叫ばれるこの時勢ではきっとこのような中途半端な仕事に応募する人は希少で、私のように長いブランクがある(というか、大した事務経験さえない)人間でも喜ばれるのではないかという勝手な思い込みから、応募してみることにした。加えて、自分の母親がこの手のバイトをよくやっていた(まだやっている?)ことも背中を押した。
60代の半ばごろまで、母はよく行政機関などに呼ばれて臨時スタッフとしてバイトをしていた。選挙期間中など、役所の繁忙期に合わせて働いていたらしい。母には長年の会社勤めの経験があり、たとえ60代のばあさんとは言え、簡単なパソコン業務なら問題なくできたし、年金があったから、最低時給の事務バイトでも暇潰し程度にやることができた。雇う側もそのことが良くわかっていて、「せっかく退職したのだから、もう仕事はしたくないのだけどな……」という母のところにも誘いがきていたそうだ。つまるところ人手不足の穴埋め役として、母はズルズルと仕事を続けていたということだ。
「あなたたち(ロスジェネ世代の娘たち)と同じような年齢の子たちが、非正規や臨時で働いてるのを見てるとかわいそうになってくるよ。あれだけ時給が低いとねぇ、生活が成り立たないから若い子はみんな辞めていく。私みたいなばあさんばっかり雇ってないでなんとかしてあげて欲しいけどねぇ」
と、グチりながらやっていた。
そんな話も聞いていたので、私はバイトに応募し、面接のアポを取り、たぶん採用されるんじゃないかと思いつつ会計事務所に向かった。面接官はまず業務内容の説明をしたが、コピー取りやデータ入力など、誰にでもできる簡単な仕事である点を強調した。私はタイピングスピードは普通程度で、数字の入力に関しては特に経験はないが、エキスパートレベルの入力技術が求められていないのであれば、たぶんできると思いますと言った。何か質問は?と聞かれたので、こちら側の要望として、ランチ休憩を削って15時上がりとする案、つまり拘束時間を5時間にしてもらえないかと聞いてみたが、それは受け入れられないということだった。
安い仕事だなぁ、とつくづく思った。6時間オフィスにつめて日給5000円。時給に換算したら833円にしかならない。加えて、勤務は週5日ではなく週4日ということが分かり、週給は4日✖️5000円で計2万円。期間満了までの1ヶ月間(4週間半)で得られる収入は9万円ということが分かった。
正直、ちょっと面倒くさすぎるなと思った。けれど、向こうは空前の人手不足できっと困っているのだろうし、こうして面接の時間も割いてもらったのだし、人助けのつもりで1ヶ月間だけ通うしかないのかな、などと考え直したりしたのだった。もちろんこの直後に、それがいかに世間知らずな考えだったかを痛感させられることになるのだが……。
面接が終わりに近づいたころ、面接官がポロリとこんな言葉を漏らした。「この後もまだずっと面接が続いてまして……」
「えっ?!そうなんですか?」
聞けば、彼は朝からずっと面接をしているらしく、前日にもたくさんの面接をこなし、また明日以降もずっとアポで埋まっているらしい。正直我々も驚いていまして、と面接官は困惑気味に言った。
「求人を出した直後から、それはたくさんのお問い合わせがありまして、正直こんなに大きな反響があるとは思っていなかったものですから、こちらも驚いておるんです。経験豊富な方も多くいらっしゃって、大変ありがたいことですが、選考する方も実はなかなか大変でして」
面接官は、求人期間を予定より早く切り上げて、すぐにでも選考にとりかかるつもりだと言った。
「うちで採用できるのは、1人だけですので…」
そんなにもたくさん、一体誰が応募したのだろう?と考えずにはいられなかった。時給1000円が魅力的だったのか、時短勤務(期間限定も含めて)がありがたかったのか、その辺りはよく分からないけれど、コンビニや飲食業界、その他の肉体労働の仕事が同じかそれ以上の待遇を提示しながら常に人手不足に悩まされていることを考えると、おそらく「会計事務所での事務作業」という点、つまり「ホワイトカラーの仕事」という点が高ポイントだったのではないかと推測した。たとえそれが月給9万円のホワイトカラーであったとしても……。
いろんな人が頭に浮かんだ。事務職でバリバリ働いていたけれど、今は子育て中で時短勤務ならやれますという主婦。かつて会社でバリバリ事務をやっていたが、今はもう引退して暇を持て余している年金生活者。中には、会計事務所での勤務経験がある人も何人かはいたかもしれない。私など最初から御呼びでないことは明らかだった。他に適任者がいそうですね、と、私は苦笑を浮かべて面接官に言った。
「キーを見ないでもの凄い速さで数字を打つ方、いらっしゃいますもんね。私はもう、そういうのは全然できませんから」と。
そして後日、不採用の連絡を受けたあと、私は春から始まる「農業バイト」の募集要領について問い合わせを入れたのだった。
宝塚市が選ぶ3人は、きっとものすごくスペックの高い3人になるだろう。そして脱落する1813人の中にも、すごい人が何人もいるのだろう。市の職員という待遇がどれほど魅力的で素晴らしいかは、私のようなお勤めをしない人間にはいずれにせよ分かりようもない。しかし、「市の職員」に代表されるホワイトカラーの事務仕事が、ロスジェネ世代かどうかを問わず空前の買い手市場であることだけは間違いなさそうである。
加速する自動化、機械化、人工知能の活用は、ホワイトカラーの仕事、つまり大多数が求めるオフィスでの仕事をことごとく奪っていくだろう。銀行にせよ市役所にせよ、それに会計事務所もそうだろうが、それらホワイトカラーの職場が、10年後に今以上の人員を必要としていると推測する人はたぶん1人もいない。それでも、その時になっても尚私たちは、ホワイトカラーへの憧れを持ち続けるのだろうか?
今年の夏、私は運よく山間部の農家さんに雇われて、毎日畑で汗を流した。真夏の肉体労働には、それなりのしんどさもあったけれど、私はその仕事ができてとても満足だった。会計事務所のバイトと比べて、その倍以上の給料をいただいた。親方には何度か温泉に連れていってもらったし、焼肉やしゃぶしゃぶ、ラーメンにお好み焼き、それにしょっちゅうお酒をご馳走になった。昼の弁当の支給があり、毎日2回、おやつの時間もあった。そして何より、報われる言葉をいただいた。
「お疲れさん。来てくれて助かった。ありがとう」
ホワイトな仕事も悪くはないが、私にはブルーが向いていると思う。いや、断然ブルーが向いている。
今日もまた書くことができて、よかったと思う。
この記事は9月28日更新「ホワイトカラー信仰はいつまで続くのか?」より転載しました。