少し前のニュースですが、川口の中学校で、いじめを受けた被害者を誹謗中傷する投稿がインターネットの匿名掲示板に書き込まれ、さらには被害者の実名等までさらされる事件がありました。
被害者であるイジメをうけたお子さんの保護者は、開示請求を行い、さらに通信事業者に対して契約者の情報開示を求める裁判を行ったのです。これにより、最終的に誹謗中傷や個人のプライバシーをさらした人がわかりました。この事件を担当したのが、荒生祐樹弁護士です。
SNS上でのいじめ、なりすましなど、年々「ネットいじめ」の状況はひどくなるいっぽうです。特に匿名で投稿ができる掲示板では、誰が書いたかわからないだろう、という安易な考えを持ちやすく、いじめの内容も酷くなる一面があります。
しかし、私たち親はネットを便利に使いながらも、ネットいじめの現状についてはよく理解していないところがありませんか?
そもそもネットいじめとはどういうことをさすのでしょう? どのような行動や何が問題なのでしょうか。また、どう対応したらいいのでしょうか。
株式会社マモルの代表取締役隈有子さんの協力のもと、荒生先生に「ネットいじめ」について、様々なお話を伺いに行きました。2回に分けて、お伝えします。
ネットいじめとは?
ネットいじめのほとんどがLINE、Twitter、YouTube、匿名掲示板などで特定の人物を誹謗中傷する、なりすまして悪意のある行動をする、顔写真やプライベートな情報を拡散する、というようなことで、他にもLINEならグループに入れないといった仲間はずれのようなことも含まれます。
最近多いのがLINEでのトラブルでしょう。LINEで、1対1で悪口を言い合ってトラブルになったということは、あまり聞きません。LINEの場合には、本人を目の前にして攻撃はしないけれども、グループから外し、いなくなった子の悪口を言ったり、ブロックするなどといったいじめを最近はよく聞きます。
LINEのグループから外されているにもかかわらず、自分が悪口を言われている、悪口の的にされていることになぜ本人が気付くのかというと、例えば、グループ内でだんだんとそうした状況に嫌気がさしてきた子が、本人に「オマエのことLINEでつるし上げてるよ」と直接伝えることでわかることがあります。また、グループといっても、学校内のクラブ、クラスといった狭いコミュニティのグループですから、どこからか話が漏れることが多いですね。
軽い気持ちの動画アップで拡散するリスク
YouTubeですと、いじめている場面を撮影してアップするといった行為は、実際にはありますが、こうした明らかにいじめを行っているような動画はYouTubeの規約に反するので削除対象となります。したがって、そういった極端ないじめの動画が問題になることは多くありません。
では、次のような場合はどうでしょうか。
例えば、面白半分に仲間同士で缶ビール片手にポーズをとったり、道路で騒いだりしている動画を撮影して、それを軽い気持ちでお子さんがアップしたとします。いたずら半分にも見えるし、実際、最初のうちは、本人たちもちょっとした悪さを撮影したに過ぎなかったりする。そもそも、YouTubeの規約に触れるかどうか微妙な動画も少なくないため、直ちに削除されることもない。しかしアップした動画は世間にどんどん拡散されてしまいました。
ここがネットのリスク、怖さなのですが、こうして気軽な気持ちで行ったことも、悪意のある人によって、「未成年が飲酒している」と拡散されてしまう危険性があります。
今やスマホは大人は勿論、多くの子どもが持っていますから、どこでも誰でも簡単に人の写真や動画が撮れてしまいます。誰かの顔を撮影し、それをネット上でさらすのは、それだけでも本来、プライバシー侵害にあたる可能性があります。
また、面白半分に撮影した動画が、直ちにネットいじめにつながるわけではないものの、撮影当時は面白がっていた仲間同士が、何かのきっかけでうまくいかなくなった時、その動画が大きなトラブルの原因となる可能性もあります。
悪意のある人間が動画を利用して相手を貶めるとか、ツイッターやインスタグラムなどにさらしてダメージを与えるといったこともできます。最初は「ネットいじめ」ではなかったとしても、動画や写真はいじめの元になってしまう怖さがあることを、理解していないお子さんが多いのが実情だと思います。
ネットではどんなことを書いたら犯罪になるのか
ネットでどんなことを書いたら罪になるかという点ですが、わかりやすくするために、飲食店自身を例にしてみましょうか。
例えば、不特定多数が閲覧する匿名掲示板で、ある飲食店のことを「まずくてとても食べられない」「店長が最悪。二度と行かない!」と書いたとします。しかし、「まずい」、と書き込みをしても、それが直ちに誹謗中傷にあたると言えるかは疑問です。あくまで個人的な評価にすぎないからです。
法律用語で「受忍限度」というのですが、普通にこれくらいであれば我慢できるよね、という範囲内であれば直ちに違法というわけではありません。勿論、程度問題であって、悪意をもって繰り返し行えば受任限度を超えることはありますが、「あのお店はおいしくなかったな」という内容の投稿があったとしても、それが一度だけであれば、受任限度の範囲内とされる可能性が高いと思います。
ではどんな書き込みが問題になるのかというと、ざっくりとした話にはなりますが、例えば、「あの人って実は少年院に入っていたらしい」「あの人には前科があって、窃盗犯だ」など、全く嘘の情報を意図的に拡散する場合です。これは、相手の名誉を傷つけたり、プライバシーを侵害するものなので、法的に違法という評価が可能となります。
この言葉を書けば「罪になる」という単純なものではなく、書かれた人がどういう人か、どういう内容が書かれているか等によって違法であるかどうか、評価は異なります。飲食店であれば、お店の名前を出して商売をしているわけなので、ある程度の批判をされても仕方ない面もある。
一方で、子どもに関して言えば、基本的にはインターネット上で批判されるいわれはありませんし、更に言えば、子どもの実名をインターネット上で晒す理由は基本的にありません。そのため、子どもの実名などをさらした上で、いじめがあった事実や、あだ名を出されてあることないことを書かれる。これはプライバシー侵害にあたる可能性が高いと思います。
ただし、プライバシー侵害は刑事罰の対象とはなりません。法的な意味での「罪」には問えないのです。
LINEのようにクローズされているSNSであれば、悪口を書いている相手がわかる場合も多いですから、相手がわかれば、どうやってやめさせるか解決策を検討することもできます。一方、匿名掲示板は相手が誰だかわからず、書いている側は罪の意識が薄いことが多いため、酷い状況になりやすい。
だからこそ、私が担当した川口の事件を通して、本当に耐えがたいことを書き込んだり、相手を貶めたりすれば、最終的には裁判によって、相手の特定もできるということを世間に訴えることができたことは、大きなことだったと思っています。
繰り返しますが、「バカ」とか「死ね」と書いたら、直ちに「罪」になる、「違法である」というわけではありません。この言葉はよくて、これはダメといった明確な判断基準はないのです。同じ「バカ」という言葉でも、状況によって相手が受ける心理的なダメージの度合いがまるで違ってくるため、この辺もネットいじめの難しいところだと思います。
なりすましの問題と親が気づけない子どもの悩み
なりすましの相談は最近とても多いです。最近のなりすましは大変巧妙です。多いのは、Twitterなら、誰かの似顔絵やアイコン、写真などを使ってなりすまし、しかも、なりすました上で、誰か別の人を誹謗中傷する。つまり、誰かになりすまして、別の誰かを攻撃し、その罪をなりすましている相手に押しつけるわけです。こうしたことは、大人の世界だけと思いがちですが、子どもの世界でも実際にあります。
なりすましは、直接子どもが誹謗中傷されているわけではないケースが多いので、親御さんがその酷さをうまく把握しきれないないということもあると思います。子どもが、「コレは私じゃないのに、誰かが私のフリをして、色々な子の悪口を書いている!」と親に訴えた時、今ひとつ親御さんにはその状況がつかみきれなかったりするんですね。本人はとても気持ちが悪いし、辛い思いをしているけれど、直接何か言われているわけではないため、今一つ問題点をつかみにくい。ですが、なりすましは最近とても多く、詐欺犯罪にも使われうるものであるため、しっかりと理解しておくことは大事です。
万一なりすまし被害に遭った場合には、SNSの運営会社に通報するなどの対策を取ることが必要です。
親が気づけない子どもの悩み
少し前だと、「ネットのことなんて気にしなければいいのよ」「ネットの中のことでしょ? 見なければいい」と軽く片付けてしまおうという風潮もあったかと思います。
ネットに「死んだらいい」と書かれてしまったとしても、確かに、冗談半分で書かれてているだけのほうが多いのかもしれません。でも、その中には本当に辛く、ひどい書き込みをされていることもあります。お子さんに異変を感じたら、親御さんとしては、まずはお子さんが今どんな状況に置かれているのか正確に把握する必要があると思います。お子さんとしては、本来、自分が悪口を書かれているといったようなことを、親御さんに相談しづらいはずです。それにもかかわらず、親に助けて欲しいというサインを出したら、見逃さずに、しっかりと話を聞いてほしいと思います。
特に、40代以降の方は、小学生や中学生の頃にネット環境やスマホが身近にあったわけではないですよね。勿論、今ではネット上のトラブルについて知識はあっても、子どものコミュニティで、特定の子どもがネットで徹底的に叩かれる、いじめられているといった状況が想像しづらいということがあるかと思います。また、子どものころネットでコミュニケーションをとっていない分、ネットいじめをリアルに感じられず、重大なこととして受け止められないという面も少なからずあるように見受けられます。
しかし、ネットいじめは、今や、誰でも被害者、そして加害者になりうる身近な問題です。ネットリテラシーの教育が重要であることはもちろんですが、その前提として、まずは親御さんがネットいじめについて理解を深め、問題の所在を正確に把握することが、ネットいじめの防止にあたっては、とても大事なことではないかと思います。
荒生先生PROFILE
埼玉弁護士会会員。中小企業向けの法務,特にインターネットビジネス(webサイト制作に伴うトラブル,利用規約の作成等)個人情報保護などに関する事件やクレーマー対策等に力を入れている。2019年8月に「仮処分を活用した反社会的勢力対応の実務と書式第2版(民事法研究会・共著)」が公刊された。
(2019年08月16日BRAVA掲載記事「弁護士に聞く!子供の「ネットいじめ」の現状、何を書いたら「犯罪」になるの?」より転載)