東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。
結愛ちゃんが両親から虐待を受けて死亡したとされるこの事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の公判が東京地裁で開かれている。
4日目となる9月6日の公判では、被告人質問が行われた後、証人として呼ばれた精神科医が、DVが与える影響を説明した。
DVの「権力と支配」が示す“車輪構造”
証人は、精神科医として主に虐待やDV、トラウマに関する分野を専門に扱っている。これまで被害者アドバイザーなどとして、警察の役職に就いたこともあった。
まず最初に、弁護人から証人への質問がなされた。
弁護人は、保護責任者遺棄致死罪の成立は争わないとして、事実認定はあくまで裁判所に任せると前置きしたうえで、次のように聞いた。
(弁護人)ーー優里さんの行動は、DVの概念から、説明可能かどうか。説明できるとしたら、DVによってどのような心理状態にあったかどうかという観点から伺います。
(精神科医)承知しました。
ーーまず、具体的なことをお伺いする前に、DVというものはどういうものなのかについて、ざっくり、本当にざっくりご説明いただきたいと思います。これはいわゆる「DVの車輪」と言われているもののようですが、これはどのようなことを意味しているのでしょうか。
弁護人が、DVのサイクルを示した図を証言台の横の書画カメラで映し出した。
これは、米国で多くのDVの被害者の女性と、加害の男性の観察と、男女両方の証言と観察から導き出されたDVの全体像です。
一番大切なこととして、DVにおいて一番、女性や子どもを傷つけるものとして、この真ん中にある「権力と支配」というところであって、これがDVの常識であるということを示しておきます。
そして、外側を見ると、身体的暴力だとか性的暴力と書いてあるんですけれども、先ほどから何度も出ている「殴る、蹴る」「アザが無いとDVではない」というような、警察官からそういう話もあったようなんですけれども、そうではなく、様々な暴力の形態がある、ということを示すものです。
ーーありがとうございます。続いて、図面2を示させてもらいます。これは警察の広報として広く示されているものなんですけれども、DVとサークルとサイクルと呼ばれていますが、どのようなことを意味するんでしょうか。
これはDVの啓発のために作られている資料だと思うんですけれども、DVというものにはサイクルがあります。
まず、だんだんだんだん加害者のストレスが蓄積されていく時期、そして、暴力がある。ずっとその暴力を振るっているわけではなくて、暴力を振るった後に、非常に、ハネムーン期と呼ばれているものなんですけれども、優しくして「ごめんなさい」「もうしないから、これからは幸せになろう」とか、そういう風なことを言うなどする。
女性は安心して「自分は悪かった」「怒らせた自分が悪い」と思うんですけれども、その後にだんだんだんだん(加害者のストレスが)蓄積していって、ご自分の都合でまた暴力を振るう。その繰り返しのなかで、だんだんと被害女性は無力化されていって、何も考えられなくなる、というーーこういうサイクルを示しています。
ーーこの図は一般に広報されているものであると。さて、サイクルの中にあるDVの症状として、一般的にどのようなものが挙げられますか。
DVというのは、やはり心の暴力、身体の暴力、すべてを含みます。
大きく分けて5つか6つくらいに分けられると思います。まず、単なる暴力だけでも、心の傷というものができます。
心の傷というは、先ほどの中で暴力を例にとりますと、暴力を受けたために、それが「冷凍保存」の記憶みたいに、その時の瞬間とか、その時の体の状態とか、その時の気持ちの状態、考えとかがすべて凍り付いてしまうような「冷凍保存」状態になる。
そしてそれが、何度も何度も繰り返すというなかで、冷凍が「溶けてくる」。それでも、溶けてくると苦痛がよみがえりますので、また凍らせる。(被害者は)何度も何度も再体験する。それを再体験症状と言います。
それには異常に「痛い」記憶がございますので、その「痛い」記憶をよみがえらせるような「引き金」というものを避ける。それらの回避症状。
そして、避けても避けても人間の心の中で感じて、冷凍保存記憶は脳の記憶システムのなかにございますので、避けきれません。
そのため、感情を切り離してしまう「麻痺症状」というのが出てきます。
それから、その記憶の中にはすごい恐怖を帯びたときの「放心状態」がありまして、そして「過覚醒」(常に警戒している状態)といって、眠れなくなったり、イライラしたり、集中できなくなったり、ものが考えられなくなったり、そういう風な症状が出てきます。
そして、トラウマ記憶というものが、時間を超越して存在し続ける。
ああなって、こうなって、という時間に位置付けられた記憶、「並びの記憶」と私たちは言います。語りの記憶ですね、お話するときの記憶、それと独立して存在している。
だからそういうような症状が出るんですけれども、それによって、ある場面を自分の「語り」のなかに位置付けることができなかったりだとか、あるいは自分の通常の意識と切り離されたところに、冷凍保存記憶があるために、それを自分のことじゃないように、まるで人のもののように見えてしまう「解離」という症状が出てくることがあります。
これが暴力とか、トラウマというものなんですが、DVはそういうものが複合して、何度も何度も生活の中で起きるものなんです。
回復しようとしても、加害者がそこに居るからできないんです。加害者がいるから、回避できないのでその場からも逃げることができない。
何が起きるかというと、なるべくその事を考えないようにする、見ないようにする。あるいは、人に話せなくなってしまうようになる。
そういう風な形で、症状が特異的に出てきます。以上です。
「精神的暴力」は「身体的暴力」よりも大きな影響を与えることがある
質問は、一般的なDVについての説明を終えた。
続いて弁護人は法廷での証言、優里被告の様子などを観察した医師の考えを、事案の内容に照らし合わせて具体的に聞いていった。
ーー具体的に、優里さんの場面に沿ってお伺いしますね。多少専門的なことなので、ゆっくり、できるだけ専門用語を避けてご説明いただけますか。昨日(9月5日)からの優里さんの被告人質問を傍聴していただきました。そこで、優里さんの証言、発言を聞いたうえでどういうような状態だったかというのを解説していただきたいですが、よろしいですね。
結構でございます。
ーーまず、連日長時間の説教があったという証言があります。反省を態度で示すように言われて、正座する、反省文を書く、太ももを自分で叩くなどの自傷行為にまで至るという証言がありましたけれども、これ(説教)もDVですか。
はい、非常に典型的なDVです。
ーー鼻をつまむ、下あごをつかんで揺らす。頭を叩くと、ある種の暴力なんですが、これはどのような意味を持ちますか。
これも、軽く見えるように見えますけれども、本人もそういう風に受け取っていませんけれども非常に強圧的で支配的な暴力の一形態であると思います。
軽んじる、ということを含めて、大きなDVだと思います。
ーーこういう連日長時間の説教などは、いわゆる「身体的暴力」ではないですよね。DVの中では、どの分野に入るんですか。
はい。精神的DVとか、心理的DVとかと言います。
ーーこの「心理的暴力」は「身体的暴力」と比べて軽いものなんでしょうか。
軽いものだと思われていた時期が長かったんですけれども、だんだん色々な、大きなスタディ、研究が出てきて、身体的暴力よりもときに大きな影響を与えるということが、精神症状とかあるいは脳科学的な研究からも分かってきています。
あと、忘れてはならないのは、母親へのDVを目撃するということは、子どもにとっての精神的虐待だということも分かってきていて、子どもの脳にまで大きく影響を与えることが分かっています。
これは心理的DVも同じで、むしろ身体的虐待よりも心理的DVのほうが、子どもの脳に大きな影響を与えることが分かってきています。
雄大被告のDV、虐待の特徴「いじめの要素が非常に強く、巧妙」
法廷で語られる雄大被告の優里被告に対するDVは、一見すると強烈な身体的暴力を伴わない分、よく耳にするDVのイメージとは違うかもしれない。
ただ、医師が言ったように身体的暴力を伴わなくとも、精神的な支配下に置かれること自体がDVであり、それは多分に「いじめ」の要素が強いものだという。
精神的な支配下に置かれるまでのプロセス、そして目の前で行われた結愛ちゃんへの暴行を、優里被告は“見ているだけ”の状態になっていたのか。
一つずつ説明がなされた。
ーー雄大さんの長時間の説教に、特徴的なことはありますか。
本当にあの、加虐性が強いというか、巧妙です。
ーー加虐性?
加虐性というのは、とてもサディスティックということです。いじめの要素が非常に強いですね。
それで、DVの方はよくこれをやって、オールナイト説教で「正座しろ」とか言うんですけれども、雄大さんのされるDVの話を聞いて非常に特徴的だと思ったのは、全部自分からさせるようにする。
例えば「態度で示せ」といって「まだできていない」「まだできていない」と畳みかけて、そして自分から髪の毛を引っ張ったりとか、自分の足を強くアザになるまで叩くだとか。
それでも「できていない」「できていない」と責め立てるような、非常に強圧的な、威嚇的説得というか、声を荒げないでも問い詰めて、問い詰めていく。
こういう風な、自分が悪く言われないための「叩いてないではないか」「怒鳴ってないではないか」と言いながら、許さず追い詰めていく、非常に卑怯なやり方だと思います。
ーー次の話です。結愛さんの腹部を蹴る暴行があったんですが、これを優里さんが目撃した。その時に、「動けなかった」と言っているんですけれども、これはどういうような心理状態だったんでしょうか。
これはもう「なんで助けなかったのか」というような声を聞いたんですけれども、(そうした意見が)Twitterなどでも出ている。
これは「フリーズ」と言って固まってしまうという症状なんですね。「フリーズ」とは凍結という意味です。
先ほど「冷凍保存」と言いましたけれども、典型的な、ショック後の症状です。
検察官が、証言台のほうを向き「あまり専門用語を使わないようにお願いします」と促した。弁護人は「簡単に、分かりやすい言葉で」と話した。
精神科医が頷き、言葉を続ける。
「戦うか逃げるか」というストレス反応があるんですけれども、その時に戦うことも逃げることもできない人は良くこういう風に固まってしまうんです。
ですから、動けなかったのではないかと思います。そして、それがどうして分かるかというと、その後に「何度も思い出した」とおっしゃっていますけれども、先ほど言った冷凍保存のような記憶ができてしまって、それが繰り返し思い出されているというところが、心の傷ができている証左ではないかと思います。
ですから、その後に出てきた「自分のことが人に伝えられない」、「(話そうとして)うっ、とつまってしまう」。
言葉の記憶にならない、「時系列が混乱している」こと、結愛ちゃんのことを、例えば先ほど印象的だったのは、傷を見ると、とてもつらくてお顔を見られなくなってしまうとおっしゃっていたことや、近づけなくなること。
暴力を受けたその場面が、冷凍保存の記憶になっているので、それを思い出す引き金が結愛さんになってしまう。
愛する我が子が、恐ろしいトラウマの、心の傷の記憶の引き金になっているという状態になっている。様々なことが説明できると思い、伺っておりました。
ーーそうすると、結愛さんへの厳しいしつけなんですけれども、最初の激しい暴行の際に「なんで泣くのか分からない。これは結愛のためにやっているんだ」と雄大さんが説明しますよね。これは、どういう意味を持ちますか。自分の暴力に対し、説明して説得しているわけですが。
DVの方の非常に典型的なやり口。相手のせいにして責め立てることによって、それが繰り返されることにより、それが(被害者側で)内面化してしまう。「自分のせいだ」と思い込まされる。
ーー優里さんは、結愛さんを「かばったり、助けようとすると雄大の暴言がエスカレートする」と。これもDVなんでしょうか。
はい。DVの多くの被害者が、子どもを使ったDVを受けた方たちが、そういう風にして「子どもになにかをされる」ことを恐れます。
彼女の場合は恐ろしい記憶もありますので、それとDVと両方の影響で、子どもに対して何かをするということができなくなり、子どもに対して有効な働きかけをしようとすると、また止められるし、また恐ろしい記憶が自分の行動を押し止めるという、二重の苦しみを背負っていたと思います。
ーー結愛さんを蹴る、暴行するということは、優里さんに対するDVでもあったんですか。
そうです。結愛さんを蹴ったこと自体を目撃することがDVです。
ですから、これは非常に彼(雄大被告)にとって、始まりだったと流れを聞いていて思ったのですけれども、それをもって、一度そういう激しい暴力を与えて、心の傷を作っておくと、それを用いて、ちょっとイライラしたり、ちょっとした暴言のそぶり、怒るそぶりを見るだけで、彼女(優里被告)は自分のやろうと思っていたことをできなくなる。
すなわち支配、コントロールを完成させていくためには、非常に巧妙な一番の例ができてしまったのだと思います。
「ハグができなくなった」心理状態とは
雄大被告の虐待やDVがエスカレートするまで、結愛ちゃんに触れたり、世話を焼いたしていたという優里被告。
ただ、次第にその関係性は変わっていき、近づくことを禁じられ「ハグができない」という段階まで行ったことが、これまでの質疑で明らかになった。
結愛ちゃんに触れられなくなった母親の心情は、「個人的な性格」からくるものなのか、それとも環境的な要因なのか。
弁護人は資料を机上に置き、医師の方向に体を向けて、聞いた。
ーー優里さんは、雄大さんから「結愛をかまうな」と「世話を焼くな」というふうに、近寄ることも禁じられ、次第にハグができなくなってきたと言います。これはどういう心理状態でしょうか。
例えば昨日、「ねんね」という言葉を使ってはいけないとか、ありとあらゆる赤ちゃん(言葉)、養育、ケア、可愛がるというような行動、お洋服を出してあげるだとか、母親がするようなことすべてを禁じられていた状態だと考えました。
ですから、そういうことがまずDVによってできなくなりますし、結愛さん自身が、大きな(優里被告の)冷凍保存記憶、心の引き金になっていて、余計に近づけなくなるという、二重の意味でケアができにくい。
ハグもなんだか怖い。お顔を見るのも怖い。特に雄大の居るところでは、なるべく話さないようにする。手書きで手紙を交換しようとする努力はありますけれども、避けているとみられる状態になったのではないかと思います。
ーー避けていた、ハグをしない、できないというのは優里さんの個性の影響ではない?
違います。DVの影響です。あとは、心の傷の影響です。
ーー次のことを聞きますね。(香川県に居た際に優里被告は)精神科に、やっと受診しました。医療センターから紹介されて。でも、一回しか行きませんでした。これはどうしてでしょうか。
昨日(の被告人質問を)聞いていて、少し驚いたんですけれども、下剤の話に終始してしまって。精神科で。
摂食障害の方は下剤をたくさん飲んでいるという話の文脈ではあったと思うんですけれども、本当の意味で彼女の一番苦しいということを話す機会が無いまま、先生としては「何でもないよ」と。
先生としては、摂食障害としては軽いというふうな意味合いだったと思うんですけれども、「何でもないよ」と言われて、それで「ああ何でもないな」と思うわけではなく、「そういう風なことを思い悩んでいた自分が悪い」と、これは病気ではなく個人の問題で、「雄大に言われていたように自分が悪いんだ」と思い込んでしまったのではないかと思うんですね。
そしてDVの環境下にある方は何が起きるかというと、やはり自分が悪い、悪いと思われていますし、非常に絶望しやすい。
何とかして助けを求めて、そこで自分が助けられないという体験をすると、もうあきらめてしまう。これを「学習性無力感」と言うんですけれども、無力感を学習してしまっている。それが起きたと思います。
ーー少し時間が無いので、ちょっと答える時間を短くして頂けると。
承知いたしました。
女性の価値の引き下げ、そして期待で目が曇る「ハネムーン期」
雄大被告からの虐待、そしてDVは、長時間の説教の中にもいくつかの特徴があった。
結愛ちゃんに対しても、再三言って聞かせていた「モデル体型」についての話。そして、優里被告に対する「食べすぎだ」という叱責。
これらは、説教に使っていたいくつかのメモから「モデル」という言葉が出ており、痩せた女性に執着していたとみられる雄大被告の、理想とする女性観を押し付けるようなものだった。
だが、それを実践していった優里被告。そして、雄大被告の機嫌がすこぶる良くなる「ハネムーン期」を経て、事態は最悪の方向へ落ちていった。
ーー次のことを聞きます。優里さんの食事量について。「太った女は醜い、食べすぎだ」と言われて、次第に自分の食事量も減ってきました。これは、DVでもどういう形のものですか。
女性の価値の引き下げであったり、思う通りの女性像にしたいとする、精神的なDVに当たります。
ーー次のこと。上京直前から、雄大さんが結愛さんにあまり関わらないと。それから、優里さんに対しても優しくなる。上京に対しても、非常に期待を持っている。良い時期があったように思うんですね。平成29年(2017年)12月、翌1月かな。これはいわゆる、最初の図で示していただいた「ハネムーン期」というものでしょうか。
そうですね。ハネムーン期です。
医師は、手ぶりを交えて車輪のシステムについて語ったが、一度引き上げたDVの構造図をモニターに映しておくように依頼した。
いわゆるハネムーン期になると、(DVの被害を受けている)女性は本当に期待を持つし、「これから絶対に幸せになる」と考える。
(優里被告が雄大被告が)「治ったと思った」と言っていましたけれども、こういう現実が見えにくいような状況も、DVの女性が良く呈する状態です。
ーーいよいよその、(2018年)2月2日以降のことなんですけれども。(結愛ちゃんの)目の周りにアザができているのを見て、(雄大被告が)「ボクサーみたいだ」と、そういう風に言った。その時に、「心を覆っていたものが、バリバリと裂けるような感じがした」と証言しているんですけれども、それはどういう心理状態を指すのか説明できますか。
はい。非常に興味深いと思ったのは、人間の心には、私たちは「防衛」という言葉を使うんですけれども、「本当は良い人なんだ」と信じたいんですね。
それで「結愛のためにやっているんだ」と信じたくて、色々なことにも協力しているという「防衛」、心の壁が、バラバラになる。
あまりにひどい言葉ですよね「ボクサーみたいだ」と言うことは。自分がさせたケガで子どもがこんな風になってしまっていることを、そんな風に言う残酷さ、その態度を含めた残酷さに、彼女の心は壊れてしまったのだと思います。
ーーその直後に、離婚を切り出しているんですけれども、(雄大被告が)息子に「お前、母親に捨てられたんだ」と、このようなことを言って離婚を拒否するということがあったんですが、これを聞いたときの心理状態は。
彼女としては、もう精いっぱい全体を考えて、自分と結愛が逃げれば、(雄大被告から)離れれば、離れることが許されれば結愛さんと雄大さんを離せる、最高の選択肢を出したつもりだったのに、それが全体のための思いではなく「悪い母親である」と。
「息子を捨てる悪い母親である」という風に一刀両断にされることで、崩れかけた心の防衛がさらに崩れて、ぼろぼろになっていったんだと思われます。
ーー(2018年)2月9日には、品川児相がせっかく訪ねてくれたのに、追い返している。しかも、軽口のLINEを送っている。これはどんな心理状態なんでしょうか。
これは、DVの環境下に置かれた方が、自分を保つために、DVの男性と「迎合」するというもの、一体化してどうにかして何とか自分の心を保とうとする心の動きが起きていると思います。
非常に長期的に支配された人が起こす「迎合」が起きていた。先ほどおっしゃっていた「結愛が悪い」という言葉について、雄大さんの機嫌が良くなるので、二重の形で出たんだと思います。
ーー雄大さんは、結愛さんに過酷ともいえる日課や生活ルールを課していました。それは、優里さんへのDVとの関係では、何か説明できることはありますか。
先ほどもおっしゃっていましたが、4時だか4時半に起きるということに関して、それを隠していて、本当はそんな(早朝に起床するような)ことしたくないはずですし、減食もさせたくなかったはずなのに、それをしないでいることいること自体が、精神的虐待で、それをしないと、もっと(雄大被告が)怒ってしまって、結愛さんへの暴行が行われるということで、どちらに行ってもどうにもならないという本当に苦しい状況に置かれている。
極度の精神的なDVだと思います。日々がそういう精神的DVに彩られているような状態と思います。
ーー結愛さんの食事について、雄大がいるときには食事量が足りないことは否定できない。ただし、雄大がいないときには、隠れてこっそり菓子パンをあげている。こういうことはDVの症状として説明できるんでしょうか。
説明できます。昨日、検察官の方たちに「あなたとして」と言われて何度も(優里被告が)答えられなかったことを経験していました。
「あなたとして」ということが疑われる年月を過ごしていたんだと思います。雄大の言ったとおりにふるまう自分と、雄大の居ないところではそれができる自分。
その二つの自分に分かれてしまうような、心の状態になっていたのではないかと。色んな矛盾が、それで説明がつくと私は思います。
「経済的暴力以外のすべてに当てはまる」
医師は、これまでの雄大被告が優里被告に対して行っていたDVについて、総括していった。
そのDVによる孤立化の影響は、結愛ちゃんの虐待にも強く結びついていたと分析する。
ーーいま正直に言っていただいたこと、雄大さんのDVの特徴これを、車輪に当てはめて説明できますか。
先ほど見ていたんですけれども、端的に言えば、経済的暴力を除く、強要・脅迫・威嚇、精神的暴力、孤立化させる、児相や病院から切り離していく、矮小化する「お前はこうだ」というような言い方だとか、子どもを利用した暴力、「子どもを取り上げる」ことも、息子さんのこととか。
男性の特権を振りかざすであるとか、経済的暴力以外の、すべてのDVがあります。
精神科医は、この図を差しながら、裁判員と裁判官らに目を向け、説明を続けた。
「俺は悪くない、お前のせいでこういう状況になってしまったんだ」というのが責任転嫁、矮小化、否認。最後の最後までそのように言っていたのではないかと思います。
ーー雄大さんの優里さんに対するDVがあったということなんですけれども、では結愛さんと優里さんの関係について思うところはありますか。
昨日、検察官の方が結愛さんが「お母さんお腹空いた」って優里さんに対して言わなかったのか、と聞いたときに、しばらく考えて「それは無かった」と否定されて、「ママはお腹が空かないの?」と聞いたと。
これを聞いて、非常に心が痛みました。結愛さんが、お母さんが雄大のいるところでは自分に食事をさせることができないのだと知っていたんだと思います。
そして、お母さんがご飯を食べていないということも知っていたのだと思います。
子どもなりに、お母さんに「お腹が空いた」って普通に言いたくても、言ったらお母さんがどうしたらいいか困ってしまう。ということを考えているのだと思います。それでそういう言い方をしたのではないかと。
私は、優里さんはここで加害者としてここにおられますけれども、DVの被害者でもあると思います。
2人は、DVの被害者と虐待を受けた被害者として、支え合ってつながり合って、何とか外から見れば異常な状況ですけれども、子どもにとってはそこが世界なんです。
そこで助け合って、お母さんからたくさんの優しさを受け取っていたと思います。接するときには。
ーー(結愛ちゃんの)体重減少が日に日にありました。そのノートの数字を、優里さんは見ていたんです。それにも関わらず、優里さんは危機感を持っていない。
精神的な、視野狭窄。心の視野が狭くなっているということが起きている。1日1日とおっしゃっていたのですけれど、100g減っていたら、次の日に自分がチョコレートをあげられる。200g減っていたら、ガトーショコラをあげられる。そういう風な判断でしかつながっておらず、全体像を見ることができない状態。
特に、末期のころは心の防衛はバラバラになり、はっきり言って精神的崩壊状態だったと思うんですね。
ですからその2月の末日のころは、本当に心が壊れている状態だったと思うので、よりそういう現実的な判断ができない状態であったのではないかと。
ーー2月27日には、結愛さんが「食べたくない」と言っていることに対して「ダイエットになるから良いじゃないか」と、こういう風に雄大さんが言ったと。これを聞いて、またしても優里さんはガラガラと心が音を立てて崩れたと言っているのですが、どういう心境なんでしょうか。
やはり、どんどんと孤立化させたときに、本当の雄大の姿というものが見えてきて、心で作っていた幻想が、完全に崩れ去った状態だと思います。
時間が迫り、裁判官が残りの質問を確認した。弁護人は手元の資料を確認しながら「あと2~3問ですので」と返し、口調を早めた。
ーーこれは言葉の暴力ですか。
言葉の暴力です。ひどい、暴力です。
ーーあと2つだけ。病院に連れて行かなかったことは、どういう風に受け止められるんでしょうか。
病院に連れて行かなかったことに関しては、やはり支配があるので「連れて行こう」と雄大が言わない限りは、連れて行けなかったのではないでしょうか。
ーー結愛さんが、(亡くなる前日の)3月1日、とてもやせ細っていると。そして体にキズが付いていた。それを見たときに、(優里被告は)タオルで巻いたと言っています。どのような心理状態なんでしょうか。
これは、心理学的には「否認」です。見たくないものを避ける。誰でも避けるという傾向がありますが、本当に自分の子どもがこうなっているということを初めてしっかりと見てしまったときに、ものすごい「否認」が起きて、思わず隠したという風な心の働きが起きていたんじゃないかと思われます。
「私たちが、『助けてほしい』という言葉を、引き出すべきだった」
質問が終盤に差し掛かる。時計を確認しながら、弁護人は内容をまとめた。
医師は居ずまいを正し、再度正面に座る裁判官らを見て答えた。
ーー雄大の、優里さんへのDV。虐待の背景やベースには、優里さんへのDVがあったという風に伺ってもよろしいですか。
端的に言って、雄大のDVがなかったら、このような一連の悲劇は起きなかったと思います。
私が思うにこれは、今まで、私が見て警鐘を鳴らしてきたDVと児童虐待の混合の典型的で、最悪なケースの一つだと思います。
20分程度の休廷を挟み、弁護側は改めて保護責任者遺棄致死の成立そのものに関して争う意思が無いことを確認した。
そして弁護人は、医師に優里被告が法廷で「助けての一言が言えなかった」と言った話について聞いた。
医師は少し考え「これに関しては」と言い、そして「優里さんは、DVのせいにしたくはないとおっしゃっています。私がこれを言うのはどうなのかな、と思うのですが」と前置きし、次のように語った。
「やはりその、彼女の責任を考えたとき、私はずっと、子どもも大人も診る精神科医をしてきて、DVのシステムと虐待の支援システム両方の支援の連携を謳ってきたものですから、私がここに出廷しているということが困難なことなんですが、自分の責任を感じて出廷してます」
「私たちが、『助けてほしい』という言葉を、引き出すべきだったと。ですから、これは私は社会の責任だと思います」
「以上です」と医師は短く伝え、質問を終わらせた。
検察側「性格までは調査していない」
続いて検察側からも数問、精神科医へ質問が出された。
(検察官)ーー先生にいまお話いただいたご意見は、この法廷での被告人の供述に基づいていると考えていいでしょうか。
はい、そうです。
ーー先ほどちょっと、「(結愛ちゃんを優里被告が)ハグできないのは被告人のもともとの性格ではない」というご証言があったんですけれども、被告人のもともとの性格をどういうものかは調査されてませんね。
私が調査したわけではないです。
先ほど、(優里被告の)お父さまとお母さまがいらっしゃるときに居合わせまして、会話を聞いていたのですが、聞いてみてください。
ーーそれを前提にしているわけではないということですね。
「そうではないか」という意図です。
裁判員からの質問は出ず、医師は証言台を後にして、傍聴席へ移った。
続いて法廷には、濃いグレーの薄いストライプが入ったスーツを着た、スポーツ刈りの男性が現れた。白髪が目立つものの、肌は日に焼け精悍な面持ちだった。
背筋を伸ばし、体の横で拳を軽く握り、少し緊張している様子だった。
その男性は、優里被告の香川県に住む父親であり、亡くなった結愛ちゃんの祖父だった。
5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します
2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。
行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。
この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。
この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。
子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。
もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。
必ずあなたと子どもを助けてくれるところがあります。
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