あいちトリエンナーレ2019の企画展「表現の不自由展・その後」が展示中止となり、複数の参加作家が自らの展示を変更・閉鎖するなどした問題で、33人のトリエンナーレ参加アーティストが新プロジェクト「ReFreedom_Aichi」を立ち上げた。
「表現の不自由展」の中止を巡っては、これまでも多くのトリエンナーレ参加作家が抗議の意を表明しているが、今回は日本人作家が中心となり、トリエンナーレの枠を超えて広く「表現の自由」を取り戻すための協働を呼びかけている。
東京都千代田区の日本外国特派員協会で9月10日、小泉明郎さんや卯城竜太さんら5人の参加アーティストが記者会見を行った。
「表現の自由」への責任は、多数の死という犠牲の上に成り立ってきた。
「ReFreedom_Aichi」はすべてのトリエンナーレ出品作家の展示再開を目指す。9月10日時点で、計35組のトリエンナーレ参加アーティストが賛同を表明しているという。
今後はSNSを通じた「#YOurFreedom」などの市民参加型プロジェクトや、アーティストが県職員に代わって抗議の電話を受ける演劇プロジェクト「アーティスト・コールセンター」の設立などのアクションを予定している。それぞれのアクションを通じて、「表現の自由の完全なる回復をトリエンナーレで生み出すことを目指す」という。
会見に参加した映像作家の小泉明郎さんは、「表現の自由は言論の自由に直結している。私たち1人1人が、自分の人生を自分で決める、という自由にも直結しています。あいちトリエンナーレで起きていることは、この自由がここで崩壊するのか、それともここでそれを食い止めるのか。その分岐点にあると思っています」と語った。
「日本人にとって、表現の自由というと抽象的でふわふわした言葉のように感じるかもしれません。でも80年前、私たちの祖父母の世代は、自由がないという状況がどれだけ危険なことかを肌感覚として知っていたはずです。私たちアーティストもこの5年間、美術館という空間でできる表現の幅がどんどん狭くなっていっていることを体験しています」
「表現の自由は不完全なもので、それには限度があることは、もちろん承知しています。でも不完全だからといって、表現の自由が必要ないかといえば、そうではありません。私たちアーティストは、表現の自由に対する責任を負っています。その責任は、我々アーティストや津田大介芸術監督が負えるような軽い種類のものではありません。なぜなら、この自由を獲得するために歴史上の何百万、何千万の死という犠牲の上に、この責任というものが成り立っているからです」
「表現の自由は言論の自由に直結している。私たちの知る権利に直結しています。1人1人が自分自身の考えを自分で決めるという自由に直結しています。1人1人が自分の人生を自分で決める、という自由にも直結しています。あいちトリエンナーレで起きていることは、この自由がここで崩壊するのか、それともここでそれを食い止めるのか。その分岐点にあると思っています」
「不自由な扉は必ず開ける」
「ReFreedom_Aichi」の目玉の一つが、「#YOurFreedom」プロジェクトだ。
「あなたは自由を奪われたと感じたことはありますか?それはどのようなものでしたか?」という質問に対し、自分自身が感じている不自由や抑圧をメッセージカードに記入し、それを不自由展の影響で展示室が閉鎖されているドアに貼り付けていくというもの。
表現の自由について、身近に考えてもらい、それを可視化しようというアイデアだ。SNSでも回答を募集する予定で、不自由や抑圧の経験を記入したメッセージカードを写真に撮って、ハッシュタグをつけてSNSに投稿してもらう。
アートユニット「キュンチョメ」のホンマエリさんは「表現の不自由展の中止に抗議して自らの展示内容を変更した作家の1人、モニカ・メイヤーさんの作品コンセプトを受け継いだ」と明かす。
メイヤーさんの作品「The Clothesline(クローズライン)」は、ハラスメントの体験をメッセージカードで可視化して洗濯ロープをイメージしたピンク色の木枠に吊るすスタイルだったが、不自由展の中止を受けて「沈黙の Clothesline」とタイトルを変更。現在は、ロープにはメッセージカードの代わりに、表現の自由の意義を訴えるメイヤーさん自身のステートメントが吊るされ、床には破られたカードが散らばっている。
ホンマさんは「必ず不自由でいっぱいになった閉じられた扉を開けなくてはいけないと思っています」と力を込める。
「政治性をもつ作品、気づけば表現の場が奪われている」
「ReFreedom_Aichi」は芸術監督の津田大介さんや大村秀章・愛知県知事とは立場を異にして、自律したスタンスを保つという。活動資金もクラウドファンディングで1000 万円を目標に、9月10日から 「GoodMorning」で募る。展示再開までのロードマップの提示や、大村知事が提案している「あいち宣言(プロトコル)」の草案についても、アーティスト主導で提案していくとしている。
一方、不自由展の中止や津田芸術監督への考え方や立場はそれぞれ異なる。
小泉さんは「中国のような目に見える検閲と違い、日本の美術館で起きているのは自主規制。気がつけば、ある表現ができなくなっている。検閲の主体が見えない、より複雑な検閲。これが日本でずっと続いている問題です」と指摘し、こう訴えた。
「我々アーティストの日常として、政治性を持っている作品は、面と向かって言われるものではないが、こういう作品が美術館でできなくなっていっているというのは明らかです。それを感じるのはキュレーターとのやり取り。気づくと、みんなが良いと思っていたアイデアが、政治性があるという理由でできなくなっているんです」
「今回の『表現の不自由展・その後』の問題は、津田さんと大村さんが自主規制せずに相当チャレンジングなものをあそこに置いたというところから発生しています。3日後にあれを中止してしまった、これは個人的な考えですが、今回、主体が津田さんや大村さんだとわかる形で検閲されたのは、自主検閲をしなかったからだと思っています」
アーティストが運営するコールセンター
1週間前の9月2日には、津田芸術監督と表現の不自由展実行委のメンバーも同じ日本外国特派員協会で記者会見を開いた。両者とも「展示再開へ」という姿勢は一致しているが、展示中止をめぐる考え方には大きな溝があったことが改めて浮き彫りになった。
会見に参加した高山明さんは「抗議の声を我々アーティストが受けることにしたらどうでしょう」と提案する。
アーティストが抗議電話を受けるコールセンターを設置。法律家などを交えて、「公共とは何か」を考えるワークショップなども展開していく予定という。「公共とは何かという一つのガイドラインを作っていきたい。今後、芸術祭や公共の文化事業がどう存続できるかという大問題に繋がっていくと思う」と語った。
自分で見て、知って、判断する。それが「表現の自由」
アーティスト集団「Chim↑Pom」の卯城竜太さんは、実際に自分で見聞きしていない情報がネット上で力を持つ状況について、「だから、見る権利、知る権利、表現の自由が大事なんです」と強く訴えた。
「 表現の自由展も誤解に基づいた情報がたくさんネット上で流れて、すごく短く切り取られた表層的な言葉でたくさんの情報がまわり、それがたくさんの抗議につながった。こういう状況を僕は危惧していて……。自分で見る、自分で知る、本当かどうかを自分で判断する。フェイクかどうか分からないものがネットで力を持つことに対して、見る権利、知る権利、表現の自由が大事なんだということを訴えたいんです」
今後は、名古屋市・円頓寺商店街にあるアーティストたちが運営する「サナトリアム(療養所の意)」で、哲学者の国分功一郎さん、法学者の木村草太さん、社会学者の毛利義孝さんなど、アーティスト以外の著名人も交え、市民と一緒に「表現の自由」を考えるためのイベントやワークショップも企画予定という。