今回は、フィランソロピーとジャーナリズムについて、今年4月に開催されたイタリアの「ペルージャ国際ジャーナリズム祭」(※記事の最後に詳しく説明)でのセッションから論点を紹介してみたい。前回の記事と若干重なる部分もあるが、話のつながりとして中に入れてみた。
フィランソロピーとジャーナリズムの関係は
ニュース組織の経営は厳しいものになっているが、財団や読者からの財政支援、億万長者からの寄付金によって運営される、非営利のニュース・メディアが一定の位置を占めるようになってきた。その良い点、悪い点を経験者が語った。
4月5日のセッション「フィランソロピーはジャーナリズムを救う答えになるか?」
話し手
クレイグ・ニューマーク、クレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズの創業者
アラン・ラスブリジャー、ガーディアン元編集長、現在はオックスフォード大学マーガレットホール学長、ロイタージャーナリズム研究所の会長
ビビアン・シラー、米シビル財団のCEOで、ガーディアンを所有するスコット・トラストのメンバー
インディラ・ラクシュマナン、ピューリッツアー・センターのエグゼクティブ・ディレクター
なぜ投資するのか、投資家の視点は
クレイグ・ニューマーク(米クレイグ・フィランソロピーズの創業者で、ジャーナリズムのためにたくさんの寄付金を出している):なぜジャーナリズムに投資をするのか、と聞かれる。
学校で学んだのは、信頼できるジャーナリズムは民主主義にとって不可欠だと言うこと。国家として生き残るには、国民は何が起きているかを知らなければならない。ジャーナリストは真実を語る役目を持つ。
2016年11月、トランプ米共和党候補が大統領選に勝利した。「あれが警告となった」。
「ジャーナリズムを助ける」ために、資金を出すことにしたという。
「普通の人が世界の中で正しい判断をするには、正確な情報が出回っていることが必要だ。以前から、米ポインター財団を助けてきた。財団はアメリカのジャーナリズムの倫理と言うことに関しては先端を行っていると思う。私自身にはジャーナリズムの経験がほとんどないので、他の人の意見を聞いてどこに投資するかを決めている」。
*ニューマークのジャーナリズム支援の1つ、ニューヨーク市立大のジャーナリズム・スクール
英ガーディアン紙が、フィランソロピーでできたこと
アラン・ラスブリジャー(ガーディアンの元編集長):「ガーディアンはスコット財団に所有されてきた。大きな利益を生み出すような新聞ではない」。
ガーディアンは会員制を設け、それが最近は100万人に達した。「会員制は一種のフィランソロピーであると思う。購読料とは違う。会員になるためにお金を出すことで、自分だけではなく、みんながガーディアンのジャーナリズムを読めるようになるからだ」。
ビル・ゲイツ財団からの寄付金では開発についての記事を書くことが条件だった。結果的に主にアフリカ大陸について書くことになった。もし寄付金がなければ、ガーディアンはこうした記事を書く財政上の余裕はなかっただろうという。「お金をもらうことによってこのようなテーマについて書けるというのは、良いことだと思っている」。
また、オーストラリアの政治家から電話をもらい、オーストラリア版のガーディアンを作ってくれないかと言われた。「70%のオーストラリアのメディアがメディア王マードックに所有されているので、何とかしてほしい」と。ラスブリジャーはオーストラリア版を作りたかったが、「お金がなかった」。
そこでフィランソロピーで進めることにし、旅行サイト「Wotif」を作った起業家グレアム・ウッドが5000万ポンドを提供して、オーストラリア版ができたという。
ほかには、寄付金を利用して「現代の奴隷制度」、「都市の近代化」などのテーマで記事を作ることができた。「お金を出す方にしてみれば、ガーディアンに記事が出てたくさんの恩恵があったと言うふうに考えているのだろう」。
ジャーナリストがかわいそうだから、フィランソロピー?
ビビアン・シラー(シビル財団のCEO)は、「フィランソロピーによる支援は、ジャーナリズムが苦しくなっており、かわいそうなのでこれを支援すると言う形で与えられるべきではない」という。
インディラ・ラクシュマナン(ピューリッツアー・センターのエグゼクティブ・ディレクター)もこれに同意する。「フィランソロピーによる支援はジャーナリストを助けると言うよりも、パブリックのためにある。民主主義社会が機能するため。人々が社会に参加するためだ」。
ラクシュマナンは、「もし利益の衝突が起きたら、どうするのか」をラスブリジャーに聞いた。「ゲイツ財団がアフリカの開発について記事を書くために資金を出した後で、ガーディアンが調査し、ゲイツ財団自身の開発支援が非常に効果が低かったことが判明したら、どうするのか」。
ラスブリジャーは、「まず最初にルールを決めておく」という。ルールをオープンにし、関係者が何がルールかをわかるようにしておく。該当するプロジェクトに誰がお金を出しているのかも明記する。
これまでにも広告収入を得ながらメディアは活動してきたので、「フィランソロピーの場合も問題はないと思う」。
居心地の悪さ
しかし、ラスブリジャーが「居心地の悪い思い」をしたことは何度もあったようだ。
編集長時代に、あるネイティブ広告の記事が掲載された。ほぼ同時に広告の中で紹介したある企業について、かなり批判的な記事が出ることになった。これを知ったラスブリジャーは、担当の記者に電話した。「なぜここまで批判的な記事を書くのか」と聞いた。
記者は「この会社はひどいと思う」と持論を述べたという。ラスブリジャーは記事の差し止めをしなかったので、批判記事はそのまま掲載された。
また、気候温暖化についての記事が、フィランソロピーで援助を受けたいくつかの財団を真っ向から非難する内容だったことがあった。「読者からこの点を指摘された」という。まさに「居心地が悪い」瞬間だった。
ペルージャのジャーナリズム祭とは
毎年4月、ペルージャで開催される「国際ジャーナリズム祭」は、地元活性化の一環として始まった。参加費は無料で、世界各地からやってくる学者、リサーチャー、ジャーナリスト、メディア組織の編集幹部、学生、一般市民などが参加する。
今年は4月3日から7日まで開催され、スピーカー(女性は49%)は約650人、セッション数は約280。運営ボランティアは、19か国出身の約130人。
運営資金のスポンサーは、フェイスブック、グーグル、アマゾン、欧州委員会、コカ・コーラ社、ネッスル社、衛星放送スカイ、金融機関ユニポールと小規模なNGO組織。ペルージャがあるウンブリア州地域カウンシルも支援。
寄付金は米クレイグ・ニューマーク・フィランソロピーズから(ニューマークは「クレイグリスト」で知られる)。(クレイグリストとは)
来年は、4月1―5日に開催予定となっている。
プログラムの特徴は
近年の焦点はテクノロジー関連(データジャーナリズム)、世界の報道の自由、ビジネス(ニュースのスタートアップ)。過去2年はフェイクニュースやフェイスブックを始めとするソーシャルメディアの諸問題が中心となった。
今年は純然たるテクロノジー関連は影を潜めたようだ。また、フェイクニュースは一時期の大騒ぎを通り越し、国家レベルの「ディスインフォメーション」をどうするかの議論に成熟した。
ソーシャルメディア、特にフェイスブックに対する視線はいまだに厳しいものの、ザッカーバーグCEOが規制導入に前向きの姿勢を見せていることから、「どうやって共にやってゆくか」という議論に向かいつつある。
(次回は、各メディアによる会員制を詳しく報告します。)
この記事は2019年09月05日小林恭子の英国メディア・ウオッチ『フィランソロピー(社会貢献活動)とジャーナリズム ―なぜ寄付をするのか、寄付金をどう使うべきか』より転載しました。