東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。
結愛ちゃんが両親から虐待を受けて死亡したとされるこの事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告(27)の公判が開かれている。
9月6日の公判では被告人質問が行われ、検察側からは、父親の雄大被告(34)と優里被告とのLINEのやり取りなどについて、追及が続いた。
午後1時半から再開された審理では、6人の裁判員から優里被告に対する質問がなされた。
「なぜ結愛ちゃん以外の3人で出かけるのか」公判で明らかになる実態に裁判員から疑問の声
裁判長が証言台から向かって左側に顔を向ける。一番端に座っていた裁判員は首を横に振った。
最初に口を開いたのは、その横で2番目に座る中年男性の裁判員だった。
彼は優里被告や雄大被告が、結愛ちゃんの弟を連れて3人で観光などに出かけていたことについて聞いた。
(男性裁判員②)ーー上京してからのことについてお聞きします。上京して雄大被告と、(結愛ちゃんの)弟さんと3人でお出かけしてるんですよね。
例えば、1月には区役所、自転車、雄大さんの知人と昼食。それから1月31日の浅草見学。この時に、結愛ちゃんが何で一緒に居なかったんですか。
まず、「結愛を外に出すのはご褒美なんだ」っていうことを言われていて、私も結愛をどうしても連れていきたいんだって言い張ることができなくて、そのこともあったし、もう一つはどうしても、やっぱり結愛と雄大が一緒に行動を共にすることが結愛にとってストレスなんじゃないかなって思って。
少しでも結愛と雄大を引き離したほうが、外に連れ出すよりも結愛が家にいてテレビとか見て、そっちの方がストレスが減ると思ってしまいました。
ーーうーん。まあ……5歳のお子さんが、外に出ないってことはどうなのかなってことは考えなかった?
今になったら、5歳の子が家で一人、留守番をするってことは、自分の家がどんなに気を付けていても、隣の家が火事になったりとかで、逃げ遅れたりとか、とっても危険な状態なのに、その時はとにかく雄大から引き離すことしか頭になくって。その時は、考えれませんでした。
ーーえーと、もうちょっとお聞きしますけれども、玄関を開けたときに、パーティションがあったと思うんですけど、それはいつパーティションを置いたんですか。
まず雄大が先に東京に到着するんですけど、ここで荷物も全部、私と子どもたちが香川に居る間に、送ってしまっているので、雄大が先に東京に行って、私たちが東京に行くまでの間に、雄大がもう設置していました。
裁判長が裁判員の男性の質問に付け加えるように、さらに聞いた。
(裁判長)ーーパーティションは、結果的に家の中身が見えないんだけど、何のために設置してるの。
玄関開けたときに、キッチンとこたつとテレビが、中が丸見えになってしまうので、訪問客が来たときとかに、ちょっと隠そうってことで。
ーー分かりました。結愛さんに関連してなんだけど、昨日のお話だとね、2月3日には節分に行っているんだけど、これには結愛ちゃんも本当は連れていくはずだったんだが、前の日くらいに暴行があって、顔が腫れたんで連れていけなくなったと。そうすると、節分には連れていく予定だったのは、これ何かの“ご褒美”?
ご褒美というよりかは、東京に来てから、雄大がその…地域行事に参加したがっていて、結愛を(行事に)参加させたがっていて。それで連れていきたいとは聞いていました。
ーー1月31日の浅草見学とかね、これに連れて行ってあげなかったのはどうして?だって、せっかく東京に来てさ、みんなで行くのに。どうして結愛さんだけ行けないの?
どうして… 私の気持ちでもいいですか?雄大がやっぱり、連れて行かないって言ったから……。
ーーああそう。その前の料理店で昼食。みんなでご飯食べるわけじゃない。結愛ちゃんはその間、ご飯どうするの。
先に、準備して置いとくとか、帰ってきてあげるとか。その日はどうしたかまでは今思い出せないです。
ーーそれ以降、結愛ちゃんが顔をケガした後ね、結愛ちゃん以外は料理店で外食とか外に出かけたりしているんだけど、これに結愛ちゃんを連れて行かなかったのは、雄大がダメって言ったのと、顔に傷があるから?
はい。
裁判長は、少し眉間にしわを寄せ、質問を終わらせた。次に、最初に質問をした裁判員の男性から、証言台から向かって右に順番に質問が回った。座る中年の女性裁判員へ、裁判長が「では、3番に」と質問を促した。
(女性裁判員③)ーー3月1日に、布団をクリーニングに出していると思うんですが、それは誰のものですか。
それは結愛のお布団です。
ーーその間の結愛ちゃんのお布団は?
上にかける布団。掛け布団を出したので、代わりのものはいくらかありました。
裁判官らを挟み、次の裁判員に変わる。4人目の女性裁判員は、結愛ちゃんを直視できないと語っていた優里被告の心境を問い質した。
(女性裁判員④)ーー顔にアザがある結愛ちゃんの、「顔を見ることが怖かった」とおっしゃったと思うんですけど、その当時、結愛ちゃんと正面から向き合うのが怖かったということ?どういう心境だったんですか。
結愛の目の周りにアザがあるところを見ると、身体と口が動かなくなってしまって、そういうので何か……。
ーーアザがひどくなったって思った時から、そうなってしまったんですか。
(最初の顔のあざを見つけた)2月の上旬から、初めてアザを見たときから、ずっとそんなような状態でした。
ーー雄大さんに気付かれないように、結愛ちゃんの様子を見ることはありませんでしたか。
東京に居るとき?(少し声が震えはじめる)
結愛に触れるっていうこと自体が、もしかしたら雄大はいなくても、監視カメラつけられて見られてるんじゃないかとか、そういう風な意識があったので…結愛の……体に触れるっていうのも、少し怖いというか、そのような感じでした。
「では、5番」と裁判長が促す。
(女性裁判員⑤)ーー結愛ちゃんが書いたメモなんですけど、起きた時間や体重を量った時間など、細かく結構書かれているんですけど、被告人の話では、朝この「3時53分」とかは起きた時間ではなくて、一緒に7時半くらいまで寝ていたということもあったようなんですけど、このメモの時間というのはどういうことなんでしょうか。
それは、その、雄大にもし後からチェックされたときに、本当に起きた7時半を、毎日7時半ごろに起きていたんですけど、本当に起きた時間を素直に書いちゃうと、そこからまた説教が……機嫌を損ねてしまうので。
あの人、雄大は実際に私たちが7時半に起きているっていう事実は知らないので、4時に起きろって命令されていたので、そういうことを、嘘を吐いて書きました。
裁判長が付け加える。「それはじゃああなたの指示で書かせたの?」と聞かれ、優里被告は「はい」と小さく答えた。
「では、6番」と裁判長が右端に目をやり、最後の質問となる中年の男性裁判員がマイクに軽く手を掛けた。
(男性裁判員⑥)ーーあの、雄大さんとご結婚されてから、結愛ちゃんが亡くなるまでで、ご主人のしつけの時に、一度でも体を張って止めたことはございますか。
体を張ったことは、ないです。
ーーそう…。
男性裁判員は、少し強い口調で質問をした後、ため息をついて質問を締めくくった。
裁判員らからの優里被告に対する質疑応答がすべて終わると、裁判官からの質問に移った。
「救わないと、という気持ちが勝りませんでしたか」裁判官らからも質問が
最初に、傍聴席からみて裁判長の左側に座っている「左陪審」の男性裁判官が優里被告に聞いた。
(左陪審の裁判官)ーー伺います。昨日あなたは、最初のほうにもともとは自分がDVを受けていると認識していなかったんだけれども、今はそういう認識をお持ちですか。
……あんまりその、そういうのを理由には(したくない)。
これだけ雄大が雄大がとは言っているんですけれども、あまりこの事件に関して、それを理由にするつもりは、一切ないので。
まだちょっと、そういう認識は、うーん……。周りから言われたことはあるんですけれども、自分としてはそこまで認識は強くはないです。
ーー香川で医療センターに通っているときに、結愛ちゃんの体重を行くたびに計測していましたね。例えば、12月3日に15.32kgだとか、あるいは平成30年(2018年)1月4日は16.66kgだとか計測しているみたいなんですが、この体重について(病院の)先生から「この体重は太りすぎです/痩せすぎです」または「適正体重ですね」など、どういう風に言っていましたか。
はい。正常の範囲内ですよっていう。体重と身長のグラフを見せてくれて、毎回かって言われたらちょっと分からないんですけど、でも結構そういうやりとりがありました。
ーー平成30年(2018年)1月4日の時は、16.66kgで正常の範囲内です。でも2月の下旬には13kgになっていましたよね?
優里被告が無言でうなずく。裁判官の顔が少し曇り、静かな声で続けて話した。
ーー「やばいな」って、思わなかったんですか。
(数秒考え)やばいなって…今なら思うんですけど、その当時は思わなかったです。
ーーあなたは、同じ部屋で結愛ちゃんと過ごしているんですよね。ああ、すみません同じ家で。体格の…変化に、気が付いてました?見た目の、変化に。
2月の、中旬。15日とか20日とか、その辺りには気が付きました。
ーー体の傷はちなみに?
3月1日にじっくり、じっくりというか、見ました。
ーーそれまでは気が付かなかった。顔とかではなくて、体の。
体は、はい。
ーーあなたは(品川の)児童相談所の方が来て、結愛ちゃんに会わせないとした理由として、会わせると雄大さんが逮捕されてしまうかもしれないからってお話されてましたけれども、雄大さんが逮捕されると、報復が怖くてそうなって欲しくないというのは(どういう意味か)?
雄大が逮捕されると、逮捕されて戻ってきた後に、結愛と息子とせっかく落ち着いて生活しているのが、脅かされるっていう想像をしました。
ーーそれは先ほどおっしゃっていた、「殺されるかもしれない」ということですか。
そうです。それは常に思っていたことなので、その時も。
裁判長が補足で質問に入る。
(裁判長)ーー常に殺されるかもしれないって思っていたってこと?
雄大が逮捕されたらの話です。
ーー逮捕されると、先のことはともかく、いったんは雄大ときちっと引き離されるわけですから。とりあえずは安心なんじゃないの。
説教の中で、私の考えが浅いっていうことをすごく指摘されていて、毎回毎回説教されるたびに、やっぱりその「先のことを考えろ。何も考えずに行動するから、失敗するんだ」ってことで、先を考えろ、先を考えろって言われ続けた結果、うーん…そういう風に。
ーー分かった。今回現実的に、雄大は逮捕されましたよね。あなたは(2018年3月の時点では逮捕)されずに。その時も「殺される」って恐怖はあったの。
私も逮捕されると思っていたので。
ーー(3月の時点では)逮捕されなかったよね。
え?今逮捕されてる。
ーー今じゃなくて、雄大が先に逮捕されていたよね。その時は、雄大に殺されるっていう恐怖は無かったの。
ありました。
ーーあったの。それ誰かに言ったの。
誰にも言いません。
質問が、左陪審の裁判官に戻る。裁判官は、「雄大被告に対する恐怖」を感じていたものの、目の前の結愛ちゃんに対する「危機感」は無かったのか、さらに聞いた。
(左陪審の裁判官)ーー(雄大被告が)逮捕されたら、報復されるのが怖いってことなんですけれども。結愛ちゃんが2月26、27日に嘔吐したのを見たとき、あるいは3月1日に、お風呂に入れて体の傷を見たときに、それでもその恐怖が勝りましたか。つまり、結愛ちゃんを「今すぐ救わないと、まずいことになるんじゃないか」って気持ちが上回らなかったんですか。
良くなりますように、良くなりますようにっていう考え方です。結愛の体が。
ーーでも病院に連れて行かなきゃって思ったことはないんですか。
思ったこともありました。
左陪審の裁判官は、メモに目をやり、首をひねって「うーん、分かりました…」と小さくつぶやいた。
亡くなる当日、雄大被告に「外へ行って」と促した理由
話題を変え、結愛ちゃんが亡くなる当日、優里被告が雄大被告をアパートから出て行かせ、結愛ちゃんと2人きりになった時の経緯について聞いた。
ーー先ほど、「私が浮気したら」「殺すよ」っていう話は、どういう文脈で言うんですか。
文脈?
ーーどういう場面で、そういう話になったんですかという。
前後の記憶はないので、その、私がそういうセリフを言って、雄大にそういうセリフを言われたっていう記憶しかないです。
ーー離婚話はしていない?
別だと思います。
ーー(結愛ちゃんが亡くなる)3月2日に、雄大さんと弟が出かけていますよね。午前中に。それはあなたが「出て行ってくれ」って言ったんですか。「出て行け」って言ったんですか。どういう言い方をしましたか。
たぶん、雄大の調書に載っていたのとほぼ同じ感じだと思う。私の方では記憶が無いんですけど、調書読んでたら(思い出した)。
ーー雄大の調書だと、「ブドウ糖を買う」?っていう発言の後、「弟を外に連れて行ってあげて。私つきっきりで看病してあげたいから、私が手軽に食べられるパンとかを買ってきて」という言い方をした。「つきっきりで看病したい」とはどういうことですか。
結愛にとって、雄大がストレスだと思ったので、そのストレスになるだろう雄大をちょっとでも外に行ってもらったら、結愛の体調が良くなるんじゃないかなって考えました。
ーーそれじゃあちょっと、雄大さんを追い出すような発言だった。
はい。
続けて、雄大被告が先に上京し、結愛ちゃんと一緒に香川県で過ごした時の出来事などを訊ねていった。
ーー雄大さんが東京に先に行って、その後、雄大さんがいない状態での生活が続きましたよね。その時は、結愛ちゃんに対して、どのくらいの食事を与えていたんですか。具体的に。
私の両親のところで暮らしていたので、たくさん食べていました。私と結愛が2人で作って、両親と4人で食べたりしていました。
左陪審の男性裁判官は頷き、質問を終了した。続いて、傍聴席からみて裁判長の右側に座っている「右陪審」の女性裁判官からの質問となった。
右陪審の裁判官は、主に結愛ちゃんが亡くなる3月の出来事について訊ねた。
(右陪審の裁判官)ーーあなたは、結愛さんが亡くなるころ、3月1日に鍼灸院に行かれているようですけれども、それはその通りですか。何か体の具合が悪かったんですか。
もともとそこに通うきっかけというのは、雄大に行ってみろって言われて。
ーーどこか悪いところがあって、ここがいいんじゃないかって言われたんですか。
なんか、そこでは花粉症の治療とか、あとは何か薬というか、そういうものをもらって精神的に落ち着かすような療法みたいなのがあるみたいで。
ーー3月1日に行くことになったのはどういう経緯からですか。
もともと行くつもりはなかったんですけど、結愛の横に居たら、「俺がいるのに2人いてもしょうがない」って言われて、鍼灸院?に「お前は行ってこい」って言われたので、ちょっと機嫌を損ねないように行ってきました。
ーー3月2日に、あなたがマザーズハローワーク東京に行ったという記録がありますね。これは何時ごろですか。
午前中だったと思います。
ーー職探しに?この日に行かれたのは何か理由があるんですか。
理由は……ないと思います。
時間が押していたため、質問はここで打ち切られた。休廷に入ることなく、精神科医が証人として呼ばれた。
精神科医は、女性や子どものトラウマの治療を専門としており、DVにおける精神状態の変遷を語っていった。
5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します
2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」
5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。
行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。
この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。
この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。
子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。
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