「豆腐は、人が生きていくための相棒なんですよ」
家族経営の小さな豆腐店。キラキラした目で「豆腐愛」を語る女性は、日本マイクロソフトの4年目社員、佐藤沙里那さん(27)だ。
同社は、8月の1カ月間、国内2300人の全社員を対象に「週休3日制」を試験導入した(一部の社員は時期をずらして実施)。
スキルアップや、家族との時間に休みをあてた社員が多い中、沙里那さんは、本業のITを使って実家の豆腐店を立て直すチャレンジに費やしたという。
同社が取り組んでいる「働き方改革」の一貫だが、これって日本を救うすごいアイデアなのではないだろうか、と筆者は感じた。
全国各地に、人手不足や後継者不足に悩みつつも、IT導入をどう進めていいかわからないたくさんの中小企業がある。もしも、大企業がみんな週休3日になり、複業社員などによって津々浦々の企業に知恵が行き渡れば、地域経済の活性化に繋がったりもするのでは……?
壮大すぎる期待を抱きつつ、まずは実態を聞こうと、沙里那さんのいる豆腐店にお邪魔した。
1カ月間、彼女はどんな生活をしたのだろうか?そして、本業に支障は出なかったのだろうか?
高齢化で課題が山積み
千葉の北習志野駅から徒歩でおよそ20分。家族経営の小さな店が「三島屋豆腐店」(千葉県船橋市)。祖父の昭三さん(85)、父の勝昭さん(56)が主に切り盛りしている。
「小さい頃から、いつもここで遊んでたんですよ。色んな道具もあって面白くて」。
そう話す沙里那さんは、日本マイクロソフトで大手法人向けの営業部門に所属している。アパレル関連などの顧客に対して、業務改善に役立つITサービスの導入などを勧めるのが仕事だ。
訪れたのは午前10時ごろ。豆腐はすでに完成し、冷たい井戸水の中を泳いでいた。揚げたてのがんもどきも、ホカホカと湯気を立てて並んでいる。昭三さんの自慢の品なのだという。
小さい店だが、豆腐や関連商品を店で販売するだけでなく、学校給食や老人ホームなどへの卸売りも手掛けている。経営は安泰そうに見えた。
しかし、この日は夏休みで学校給食がないため、8月は1日の製造がおよそ200丁ほどに減っているそうだ。「夏休みはノンビリでいいけど、ずっとだと売上がね」と勝昭さん。
そして、地域住民の高齢化が、この店に迫っている大きな課題だ。
祖父の昭三さんがこの場所で店を始めたのは昭和43年(1968年)。ニュータウンとして住宅開発された地域で、高齢化は、一度に、そして急激に進んでいる。
商店街の店舗数は減り、人通りもまばらに。外出が難しくなった高齢者のお客さんには、勝昭さんが運転する車で、配達サービスもしている。買い物難民を救いたいと、今のところ配達料はもらっていないという。
就職以来、足が遠のいていた実家。チャレンジにあたり、こうした商売の実情を初めて詳しく聞いた沙里那さんは「課題だらけだったとわかりました」と話す。
「お客さまの課題を理解したい」
8月は毎週金、土、日曜日が休みとなった沙里那さん。
両親らを助けたいという思いに加えて、豆腐店を手伝うことが、今後の業務に役立つだろうという期待もあった。
「うちは小さいけれど、工場もあって、卸売も、店舗での小売もしている。お客様が直面している課題は、この店の抱える問題と似ている部分もあるのではと思ったんです」
普段、業務で顧客に勧めているIT化やデジタルトランスフォーメーション。中小企業には「ウチにはできないよ」と、端から敬遠されることも多いという。実際に自分でも試してみることで、本当に顧客側の立場に立って、課題や実感をよりリアルに理解できるのではと考えた。
当初は、工場をIoT化し、製造工程を改善する壮大な計画を立てた。社内で協力者を募って勉強会も開いたが、エンジニアではない沙里那さんが1カ月間の休みだけでできることには、限界があった。
そこで、近隣のお客さんにより積極的に買ってもらうことと、通販で新しいお客さんを獲得することを目標に設定した。そのためにLINE上で自動応答するbotの開発やECサイトを設立することを決めた。
LINEならば、比較的高齢の人でも使っている。LINEでのメッセージ交換を通じてエンゲージメントを高めたり、注文にも役立ててもらえそうだったからだ。
LINE Botは、自社のクラウドサービスMicrosoft Azureに搭載されている「Q&A」作成ができるシステムを使用して開発に取り組んだ。LINEのメッセージのやり取り上で、お客さんからの質問に答えて、豆腐にまつわる豆知識を披露したり、ECサイトと連動させて注文に応じられるシステムになる予定だ。
普段はお客さんに「とっても簡単ですよ!」と勧めてきた自社製品。目標にしていたLINEbotは、期間中に沙里那さんにも完成させられたものの、難しい部分も確かにあった、と苦笑する。
「開発者にすぐフィードバックしましたし、今後お客様が導入する時には、自分の経験を元に、より自信を持ってお手伝いできるようになったと感じています」。
9月中にはECサイトも含めて、すべてのシステムを完成させる予定だ。
「私は、小さい頃から豆腐と大豆に育てられて、うちの豆腐が大好き。家を継いでいるわけでもない私でも、ITを通じて貢献できることがあるのは嬉しい。そして、次のステップとして、豆腐業界全体を盛り上げる変化を生み出せたらなと思っています」
週休3日、本業に支障は出なかったのか。
ところで、営業担当である沙里那さん。仕事の方はどうだったのか?週に3日も休むと知って、お客さんは怒らなかったのだろうか?率直に聞いてみた。
すると、「お客様は報道で既に知っている方が多くて、『見たよ〜羨ましいねえ』って言われることも多かったですね」と沙里那さん。
時代は働き方改革。予想に反して、多くの顧客が、自社の従業員の働き方をどう改善するかに苦労しており、担当者からも興味津々で「やってみてどうだったか教えて」と聞かれることのほうがむしろ多かったのだという。
それよりも「大変だった」と話すのは、5日間で行っていた業務を4日間で実践するための工夫だった。休みは増えるが、売上を落とさないという厳しいミッションが社員には課せられていた。
社内では徹底した効率化を目指した。これまで1時間行っていた会議は30分間に短縮。会社の廊下で同僚とすれ違った際に「あの件だけど!」と立ち話でパッと打ち合わせを済ませることも増えたという。
沙里那さんは8月中、およそ10日ほど実家に滞在した。休みの日を作業にあてるほか、移動時間の都合上、リモートワークも活用した。家族旅行先の旅館から、オンラインで会議にも参加したという。
「マインドセットやスピード感が本当に変わりました。スマホとWi-Fiさえあれば、『何でも意外とできちゃうんだな』っていうのが、率直な感想です」。
同社の広報担当者によると、「週休3日制」の狙いは、勤務日を週4日にすることで、自らが「働き方改革」の実験台となり、顧客の生産性向上という課題解決に何が必要かを知ること。そして、業務の効率化を徹底的に進めることだという。
沙里那さんは「何とかなった」というが、会社全体としてはどうだったのか。
同社では全従業員を対象に調査を進め、近く成果について検証して公表する予定だという。同社は週休3日制を、2020年8月にも再び実施する予定としている。