東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。
両親から虐待を受けて死亡したとされるこの事件で、保護責任者遺棄致死罪に問われた母親の優里被告の公判が、9月3日に始まった。
優里被告は起訴内容を概ね認め、続いて検察官による冒頭陳述が始まった。
冒頭陳述では、検察側が事件で何が起きたのか、明らかにしたい内容を証拠を提示しながら説明していく。
結愛ちゃんを死に至らしめた責任の程度、役割の重大性は
保護責任者遺棄致死罪の成立については、検察側も弁護側も争いはない。
そのため検察官は「今回の争点は、被告人にいかなる刑を科すべきか。つまりは量刑をどうすべきか」と語りかけ、次のように時系列に内容を整理した。
優里被告と夫の雄大被告は、2016年4月に、香川県で結婚。
この時、雄大被告は被告人の連れ子である結愛ちゃんとも養子縁組した。当時、香川県で暮らしていた一家。同年9月、二人の間には結愛ちゃんの弟が生まれた。
この頃から、雄大被告の結愛ちゃんに対する暴行が始まった。この年の12月26日には、雄大被告の暴行をきっかけとして、結愛ちゃんは香川県の児童相談所に一時保護される。
年末年始を挟み、翌年の2017年2月1日、一時保護が解除される。
しかし3月19日、結愛ちゃんは再度一時保護される。7月30日、再び一時保護が解除されて家に戻った。
この解除に伴い「児童福祉司指導措置」という行政処分が付された。「継続して児童やその保護者、家庭環境の支援が必要」と判断した場合に付けられるものだ。
この頃、東京への引っ越しの話が持ち上がり、12月に雄大被告が単独で上京。
2018年1月4日、香川県で結愛ちゃんと優里被告が病院へ通院した最後の日になった。この時、身長は105.2cm、体重は16.66kgだった。そして児童福祉指導措置が解除された。
児相からも病院からも転居先を聞かれたが、優里被告は知っていたにもかかわらず告げることはなかった。
1月23日、家族全員が東京に転居する。移動中の電車内では、優里被告が子どもたちの写真を撮影した。これが結愛ちゃんの最後の画像だった。
39日後の3月2日、結愛ちゃんは死亡する。この間、東京に来てから結愛ちゃんは自宅からほぼ外出できなかった。結愛ちゃんは、アパートの6畳間の部屋で過ごしていたという。
一方で、結愛ちゃん以外の家族は日常的に外出し、浅草などに観光に出ることもあった。
結愛ちゃんは達成困難な課題を与えられ、できないとベランダに立たせる、水シャワーを浴びせるなどの折檻を受けていた。
食事は当初、優里被告が汁物や野菜を与えていたが、その後は優里被告か雄大被告が1日あたり汁物1~2杯程度を与えるにとどまった。
2月8日ごろから、結愛ちゃんは日常的に勉強時間や体重を計測し、ノートなどに記載していた。これは2月27日まで続いていた。
中旬は体重が14㎏台、下旬には13㎏台に下がっていった。食事の記載は2月19日までだった。
2月9日、品川の児童相談所が家庭訪問に来る。しかし応対をした優里被告は、結愛ちゃんを児相職員に会わせようとせず、関与を断った。
泣き声が響く法廷、結愛ちゃんの死亡時の状況を聞きながら混乱状態に
検察側の陳述は後半に入り、結愛ちゃんが殴られ衰弱していく様子を語り始める。
優里被告は過換気症候群のように浅く息を吐きながら、小刻みに震え出したように見えた。
検察官は続ける。
2月下旬ごろには、雄大被告が結愛ちゃんの顔面を殴打し、顔が腫れ上がることがあった。2月27日ごろから、結愛ちゃんは嘔吐を繰り返すようになる。
ただ、顔のケガなどから虐待の発覚を恐れて通報はしなかった。その結果、容体が悪化。3月2日、雄大被告が119番通報をする。
消防隊や救急隊がアパートに臨場し、救急病院に搬送したが、搬送先の病院で死亡が確認された。
「ヒック…ヒック……ハッハッ…ヒィヒィ」という音が法廷にこだました。
優里被告は泣くのをこらえるように唇を噛んだり口を開いたりして、黒いハンカチで顔をぬぐう。
「5歳11カ月の生涯でした」
検察官が、そう結ぶと、優里被告はハンカチを口に押し付けながら「グゥゥ」とうなるように声を絞り、せき込み始めた。
「死亡時、被害者の体には新旧多数の傷が存在し、被害者の身長は108cm、体重は12.2㎏になっていました」
優里被告は声を抑えられなくなり、机に伏して鼻をすすりながら、声をあげて泣いていた。
検察官は、「いかなる刑を科すべきか」について4つの重視すべきポイントを説明し始める。
第1に、犯行対応の悪質性。優里被告や雄大被告による一連の虐待行為の内容などだ。
第2に、優里被告の役割の重大性。虐待行為への関与や程度についてが考慮される。
第3に、責任・非難の程度。この2、3は主張が弁護側と検察側で対立している。
そして第4に、結果の重大性。
「5歳の被害者が死亡し、その生命が失われたという結果についても考えてもらいたい」
優里被告はイスの背もたれに寄りかかり、反るようにして顔をあげた。
だんだんひきつけの程度が激しくなり、今度は頭を机の上に下げるようにして泣き崩れた。
弁護人が背中をさする。「大丈夫?」と声を掛ける。優里被告は声にならない音を出しながら答えようとした。
検察官は、今後の証拠調べの予定を説明する段階に入った。
裁判長が検察官の言葉を止め、優里被告の様子を弁護人に確かめる。
「ちょっと過呼吸状態です。しびれるんです。手も冷たいし、しびれているし、もうちょっとで休廷ですからね。大丈夫?」と弁護人が優里被告を見る。
裁判長は「どうするかな…」とこぼし様子をうかがう。
頷く優里被告に弁護人が「彼女、頑張ると思います」と代弁した。
その回答に裁判長が「伝わっているので」と検察官に説明。
検察官は「続けていいですか。はい。では証拠調べの順序を伝えます」と続けた。
証拠調べでは雄大被告の供述調書、児童相談所の証言も
証拠調べでは、被告人らの行為によって、被害者が亡くなった時にどのような状態だったかを立証する。
9月3日は、現場に最初に臨場した消防隊の隊長、そして小児救急の専門家が呼ばれた。
4日には、品川児相の担当者を呼ぶ予定だ。この日は、結愛ちゃんが生前に書き残したノートの内容や、被告人らのLINEのやり取りなどが語られる。
5、6日には、香川県の児相担当者、そして香川県で通院していた病院の担当医が法廷で証言するほか、雄大被告の供述調書などが出され、優里被告への質問も予定されているという。
「被告人が犯した罪に見合った適切な刑罰を決めていただきたいと思います」
検察官はそう述べて、冒頭陳述を終了した。
5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します
2018年の優里被告の逮捕時、自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。
「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」と切実に訴えるその内容に、事件は大きく報道され、注目を集めた。
そうした世論は、行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。
この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。
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