母親のむせび泣きが法廷に響いた。結愛ちゃん死の直前に夫が暴行「知らなかった」【目黒5歳児虐待死裁判・詳報①】

法廷には声を押し殺した泣き声が響いた。「結愛も私も、雄大から…報復されるのが怖くて、それで、私の……私が通報しません…できなかったんです」

東京都目黒区のアパートで2018年3月、当時5歳だった船戸結愛(ゆあ)ちゃんが亡くなった。 

2018年3月に亡くなるまで、船戸結愛ちゃんがくらしていたアパート=東京都目黒区
2018年3月に亡くなるまで、船戸結愛ちゃんがくらしていたアパート=東京都目黒区
HuffPost Japan

 両親から日常的な虐待を受けていたことが窺われ、母親の優里被告(27)と父親の雄大被告(34)は保護責任者遺棄致死罪に問われ、逮捕・起訴されている。雄大被告は、優里被告とは別に、傷害罪でも起訴されている。

9月3日、母親の優里被告の裁判員裁判が、東京地裁(守下実裁判長)で始まった。 

この日は、開放された一般傍聴席18席に対し、352人が傍聴抽選券を手に列をなした。

うつむき加減で入廷した優里被告。目が少し腫れ、顔色は青白かった

開廷時刻の午前10時を前に、守下裁判長が優里被告の入廷を指示した。

優里被告は少しオーバーサイズの黒のパンツスーツ姿。顔色は青白く、爪先や唇からは血の気が引いていた。目は少し腫れ、黒いハンカチを持っていた。

茶髪で長かった髪は肩の上で切りそろえられ、黒いスーツに黒いインナーを着て法廷に現れた船戸優里被告
茶髪で長かった髪は肩の上で切りそろえられ、黒いスーツに黒いインナーを着て法廷に現れた船戸優里被告
Huffpost japan/Shino Tanaka

逮捕時に印象的だった茶髪の長髪は、黒髪になり方の上でショートボブに切りそろえられていた。優里被告はゆっくりと証言台に向かい、裁判長が氏名を尋ねた。

5~6秒間、沈黙が続いた。法廷に緊張感が走った。

だんだんと優里被告の呼吸が浅くなる。肩を震わせ、声を殺してむせび泣く音が聞こえる。

「一呼吸おいて」「どうしようか、イスに座ったほうがいいですか」と、裁判長が話しかける。

泣き声はだんだんと、はっきり聞こえるくらいになった。1分ほどすると、弁護人が駆け寄り、背中をさすった。

「大丈夫?大丈夫じゃないか」という弁護人の声にわずかに反応するものの、優里被告はひきつけを起こしてパニックのような状態になった。

力が入ったのか手を前に組みながら「ハッハッ…ヒッヒッ」と苦しそうに息を吐き、呼吸が早くなっていく。

過換気症候群が起きているような症状だった。

2分ほどし、裁判長が「緊張が高まっているみたいだね。座りますか。落ち着こう、慌てなくていいから」と促す。

黒いハンカチを手にして、ようやく優里被告は消え入るような声で「ふ」と発音すると「船戸優里です」と絞り出した。

生年月日や本籍や住所の確認も、裁判長に促されながらようやく述べられる、といった状態だった。

「報復されるのが怖くて」ーー優里被告が夫の精神的支配下に置かれるまで

続いて検察官が、資料を手に起訴内容を読み上げる。

「被告人は、夫である船戸雄大とともに、被告人ら方において、被告人らの子である船戸結愛、当時5歳などと居住していたものであるが、平成30年1月下旬ごろから同児に対し、必要十分な食事を与えずに、同児を栄養失調状態に陥らせるとともに、健常児の平均体重よりも大幅に体重を下回らせて、その免疫力を低下させ、細菌感染を惹起しやすい状態にさせたうえ、船戸雄大が同児の顔面を拳で殴るなどしていることを知りながら放置するなどの虐待を加えていたものであるところ……」

難解な司法独特の言い回しで、ゆっくりと述べられていく内容を、優里被告は肩を上下させてじっと聞いていた。

検察官は続けて、2018年2月ごろ、結愛ちゃんが極度に衰弱し、嘔吐をしていたにもかかわらず、命を守るために医師に診せるなどの処置をしなかったと説明。

「船戸雄大と共謀のうえ、虐待を加えていた事実が発覚するのを恐れ、同児にわずかな飲食物を与えるのみで医師の診察などの医療措置を受けさせずに放置し、もって同児の生存に必要な保護を与えず、同年3月2日、午後6時59分、同児を低栄養状態、および免疫力低下に起因する肺炎に基づく敗血症により死亡させたものである」

敗血症とは、細菌などに感染したことをきっかけに、臓器の機能不全が起きる病態を言う。肺炎や尿路感染症から引き起こされることが多い。

早期発見、早期治療が最善であり、放置すると死亡率が格段に高くなっていく。

検察官の読み上げが終わると、裁判長は優里被告に黙秘権について解説し、述べられた内容についての認否を問うた。

「検察官が読み上げた内容について、事実が違うとか、本当はこうだったんだとか言うことはありますか」

優里被告がゆっくり立ち上がり、嗚咽しながら声をひねり出すように話し始めた。

事実は、さっきのことで、間違いありません。

事実はおおむね認めるんですけど、少しだけ……違うところが、あります。

結愛の……結愛の(5秒ほど押し黙り、涙を流し呼吸が荒くなる)

ーー結愛ちゃんの?(裁判長)

結愛のことを殴ったのは(泣き崩れ、言葉が出なくなる)、

知らなかったです。

ーー殴ったのは?ああ、知らなかった。

 (小さくうなずいて)

警察に通報しなかったのは、雄大が…逮捕されると、結愛も私も、雄大から…報復されるのが怖くて、それで、私の……私が通報しません…できなかったんです。

ーー起訴状だと結愛ちゃんに虐待を加えたことは事実ですが、あなたと結愛ちゃんが報復されると思って、通報できなかったということですか。

はい。

他にはありますか。

はい。(涙声になり、数秒止まり)それ以外には、間違いありません。

裁判長から座るように促され、続けて弁護人が優里被告の述べた内容について説明を加えた。

「保護責任者遺棄致死罪の成立は争いません」

そして、2点優里被告が起訴内容と違いを示したことについて補強した。

「雄大さんが結愛さんに殴るなどの暴行を知りながら、と言いますが彼女は暴行は見ていません。知りませんでした。2点目、医療措置をとらなかったのは『虐待の発覚を恐れて』とありましたが、雄大さんがそういう意図を持っていたことは争いませんが、優里さんは雄大さんからの報復が怖かったからできなかった」とし、特に亡くなる直前の2月下旬の暴行については知らなかったことを強調した。

結愛ちゃんに医療措置を受けさせず放置したことは「結果として事実」と認めつつ「当時、雄大さんによる強固な精神的な支配下にあったことを主張する予定です。なぜ、こういった心理的支配下に置かれることになったのか。詳しくは後ほど述べます」と結んだ。

その後、検察側の冒頭陳述を聞きながら、だんだんと呼吸困難状態に陥った。後半、結愛ちゃんが亡くなる前月の話に入ると、大きく息を吸い、被告席のイスで背中を反らせるように上を向いたり、机に顔を沈めて声を殺しながら嗚咽した。

5歳児を追い込んだ虐待の背景は。公判で語られた事件の内容を詳報します

2018年、被告人らの逮捕時に自宅アパートからは結愛ちゃんが書いたとみられるノートが見つかった。

「もうおねがい ゆるして ゆるしてください」 
5歳の少女の切実なSOSが届かなかった結愛ちゃん虐待死事件。

行政が虐待事案を見直すきっかけにもなり、体罰禁止や、転居をともなう児童相談所の連携強化などの法改正が進められた。

この事件の背景にある妻と夫のいびつな力関係、SOSを受けとりながらも結愛ちゃんの虐待死を止められなかった周囲の状況を、公判の詳報を通して伝えます。 

この記事にはDV(ドメスティックバイオレンス)についての記載があります。

子どもの虐待事件には、配偶者へのDVが潜んでいるケースが多数報告されています。DVは殴る蹴るの暴力のことだけではなく、生活費を与えない経済的DVや、相手を支配しようとする精神的DVなど様々です。

もしこうした苦しみや違和感を覚えている場合は、すぐに医療機関や相談機関へアクセスしてください。

DVや虐待の相談窓口一覧はこちら

注目記事