9月1日は、防災の日。
災害発生時に毎回課題となるのが、日本語が分からない在日外国人や観光客への情報伝達だ。彼らが避難や救助を必要とする困難な状況にある時、私たちは、どのような言葉で情報を伝えるべきなのか?
専門家と実際に日本で被災した在日外国人がこの課題について考えるパネルディスカッション「#やさしい日本語〜140文字で伝わる災害情報〜」が、8月30日に東京都内で開かれた。
パネルディスカッションに登壇したのは、日本語教育と日本語学(言語学)が専門の一橋大学教授の庵功雄さん、スウェーデン出身の漫画家で日本に住むオーサ・イェークストロムさん、Twitter Japan株式会社で災害対策を担当する服部聡さんの3人。
「もしも今地震などの自然災害が起こったら、日本に住む、日本語が分からない外国人はどのように情報を得ればよいのか?」という問いについて考えることが、同イベントの目的だ。
パネルディスカッションは、実際に自然災害が発生した際、メディアを通じて伝えられる情報を例に挙げながら進んでいく。
“あったら邪魔になる情報”は捨てる
まず始めに議論になったのは、地震が起きた時、我々がはじめに触れる地震の概況に関する文章。
けさ5時46分ごろ、兵庫県の淡路島付近を震源とするマグニチュード7.2の直下型の大きな地震があり、神戸と洲本で震度6を記録するなど、近畿地方を中心に広い範囲で、強い揺れに見舞われました。
これを聞いたオーサさんは、「この情報から分かるのは、7レベル(マグニチュード)の地震があったことくらいです」と明かした。
確かに、日本語の知識が乏しければ、「付近」「記録する」「見舞われました」などの表現を理解することも難しいだろう。
上記の文言について庵さんは、“余計な言葉”が多いことが外国人の理解を妨げていると、次のように指摘する。
日本語に慣れている人であれば、まぁなんとなく分かると思います。
というのは、慣れている人はこういうことを頻繁に聞いているので、“何が大事で何を聞き逃して良いか”が分かる。
でも一方で慣れていない人は、(情報を)全部聞こうとするので分かりにくくなる。
そういう人に伝えるってことを考えると、震源がどこだとか、マグニチュードとか直下型というのは、何が起きたのか分からない人にはそもそも必要のない情報。逆に、“あったら邪魔になる”という情報です。
ツイッターのように“140文字以内”という限られた字数制限がある場合などもそうですが、1つのところにたくさん情報を詰め込まないことが大事だと思います。
さらに、Twitter Japanの服部さんは、国や自治体が陥りやすい傾向について以下のように言及した。
ツイッターは災害時の情報発信のツールの1つとして、政府機関や地方自治体でもご活用頂いていますが、持っている情報を全て詰め込むとか、これまで役所の中で使ってきた言葉をそのまま使っていたりする傾向があるので、なるべく分かりやすい日本語で、かつ簡潔に情報を伝えるようにお願いしています。
この点を踏まえて、修正すると次のようになった。
今日、朝、5時46分ごろ、兵庫、大阪などで、とても大きい、強い地震がありました。
地震の中心は、兵庫県の淡路島の近くです。
地震の強さは、神戸市、洲本市などで震度6でした。
「定型文、決まった言い方では伝わらない」日常で使う言葉かどうかを考える
続いて検証したのは、2011年の東日本大震災で発生した津波からの避難を呼びかけるこの文言。
津波を避けるため高台に避難してください
避難を呼びかける定型文として、日本人にとっては理解できるが、庵さんは外国人に伝えるためには改善の余地があると語る。
「避難する」という言葉は外国人にとっては分かりにくく、しかもこの場合、津波を「避ける」というのは「逃げる」という意味であって、意味も微妙にズレている。
それから「高台」というのも、具体的にどういう場所なのかっていうのは分からないし、そもそも外国人は聞いたことがない。
「高台」って言葉をいつ日常で使ったのかと考えてみたら、多分ほとんど使ったことがないと思うんですよね。日本人は漢字で見るからなんとなく意味が分かるけれど、耳で聞いてどういう場所か分かるかというと、イメージは湧かないと思います。
地震が100年に一回しかないとか、これまで一度も地震を経験したことがないという外国人は実は本当に大勢います。
そのような人に情報を伝える時には、いわゆる定型文、決まった言い方では彼らには伝わらない。要はこの場合は、大きな地震があったらすぐ津波が来る。そして津波っていうのは危ないんだということをまず伝えることが大事なんです。
この日、初めて「高台」という言葉を知ったというオーサさん。
「たかだい」という読み方が分からず、「こうとう?」と予想。
外国人には訓読みが難しいため、情報を伝える際には出来れば音読みで、さらに外国人が日本語を学ぶ際に比較的初期に学ぶ「です・ます」調であれば、なお良いのではと指摘した。
津波、大きい波がくる。高い所に逃げろ
修正後の文言は、重要な「波」という言葉が繰り返されることで、情報が伝わりやすくなったことがポイントだ。
東日本大震災の前日に来日。「言葉が理解出来ないと、本当にどうしようもない」
オーサさんは、日本で生活して9年目。
2011年の3月10日、東日本大震災の前日に来日。翌日、当時住んでいたシェアハウスで被災した。
被災当時のことをこう振り返る。
母国のスウェーデンは、よく『100年に一度くらいしか大きな地震はない』と言われている国です。
来日した翌日にあんなに大きな地震に遭うなんて、思ってもいなかった。
東日本大震災の時は、今と比べて日本語が全然分からなかったので、映像で何が起きているのかを知ることは出来ましたけど、テレビから流れてくる情報や画面の文字の意味は、ほとんど分からなかったですね。
結局、日本の状況が報じられるスウェーデンのウェブメディアの情報を見ていました。
言葉が理解出来ないと、本当にどうしようもないという感じでしたね...。
漫画家であるオーサさんは、被災時の経験や、防災施設を巡って地震を体感した時に感じたことを自身の作品で表現している。
“やさしい日本語”を使って情報を伝えることは、「外国人に向けて有効なだけでなく、子どもなどに伝える時にも生きてくる」という庵さん。
「外国人向けの特殊な日本語があるわけではないんです。相手に伝えたいという気持ちを持って、受け手に合わせて伝えるということが大事」だと語る。
“やさしい日本語”で伝えることを考える時に最も必要なのは、何よりも相手への「配慮」だ。
日本語があまり分からない外国人に向けて情報を発信する際には、ぜひ意識してほしい。