厚生労働省の20〜30代職員を中心としたチームが8月26日、省内の働き方や組織改革の提言を発表した。
「忙しくなって余裕がなく、志半ばで辞めていく仲間が多い。『厚生労働の仕事は面白かった。人のためになっている。でも健康や家族を犠牲にしないといけない』と言われるのはやるせない」と危機感を語った。
根本匠厚生労働相は提言を受け「職員の率直な声は重く受け止めたい。提言は組織として真剣に受け止め、厚生労働省改革実行チームに具体的対応をするよう指示したい。生きた提言として一緒に考えていきたい」と回答。
ただ、来年度の新卒の志望者が少なくなる懸念があったといい「大変な役所だと敬遠する志望者も出てくるのではないかと。でも挑戦者よ来たれ、というメッセージを出し、新規採用で36人がチャレンジしてくれた」と語った。
若手チームが提言した内容は、業務改革、人事制度改革、オフィス環境の改善の3テーマ。それぞれ数十項目の内容が盛り込まれている。
「働き方改革」の旗振り役が自分たちの働き方を見直してみた
これまで厚労省は“昭和~平成”型な働き方から脱するべく、「働き方改革」の旗振り役として様々な提言をしてきた。
ただ、民間へ色々指導をしている一方で、当の霞ヶ関職員の働き方はどうなのか。
農林水産省では2018年、文書作成ソフトをジャストシステムの「一太郎」からMicrosoftの「Word」に統一する方針を発表した衝撃の“働き方改革”もあった。厚労省でも改革提言内容を見れば「え、まだこんなことやってるの」という驚きを隠せない。
まず、各省庁はどのくらい業務量の違いがあるのか。
戦後初、そしておそらく明治以降初めての「業務量調査」(自民党行政改革推進本部発表)で2019年に分かったのは、厚労省がとても忙しいということ。
年間最低9000件近い議員説明をこなすなど、単純に仕事量だけみても多いが、職員1000人あたりで考えても国会答弁回数、所属委員会出席時間、質問主意書答弁数、審議会の開催回数や訴訟件数はすべての省庁でトップとなるほど、ダントツで人が足りていないのが分かる。
4月に38人の若手で結成したチームは、省内で働く約3800人を対象にアンケート調査を実施。第1回は1065、第2回では1202の回答を得た。
そして「こんなとこもうありえんわ」と華麗に脱出していった若手退職者、昔ながらの働き方を愛すベテラン職員たちにもヒアリングを行い、職員の働き方の疑問点を洗い出した。
問題点がありすぎてすべてを羅列するのが難しいので、まずはポイントごとに紹介する。
残業代が支払われるかどうかは所属の部局しだい
厚労省の勤務時間はいくつか種別があるが、新人職員であれば一般的な勤務時間は午前9時から午後5時45分だ。それ以降は残業時間となる。
厚労省の若手チームによると、労働時間管理があいまいなため、残業代の支払いは各部局・課室で支払いルールや分配額が違ってくるという。
たとえば、A局で月80時間残業しても払われるのが60時間分だったり、B局に行ったら40時間分しか払われない、などという事態がまかり通ってしまうのだ。
アンケートでは「残業代の支払いについて、徹底した労働時間管理を行ったうえで、正当な額が支払われることについて、どのように思うか?」という「『そうすべき』と答える以外にどんな選択肢があるんだよ」みたいな質問がなされた。
厚労省の職員たちは、75%が「そうすべきと思う」と回答。ただ「そうならなくても仕方ない」「そうすべきでない」と答えた人が合わせて10%もいた。
驚くことに、少なくとも3%が「正当な残業代が支払われるべきではない」と考えている現状戦慄を禁じ得ない。
民間のブラック企業であれば、すぐにでも労働基準監督署に飛び込みたくなる事案だ。
ただ労働基準法的に見てアウトでも、若手チームの職員は「国家公務員は労働法が適用されませんから」と渋い苦笑いを返してくれた。
残業代もすべて予算で決められているため、分配が難しい点もあるのかもしないというが、なぜ、「報酬が支払われなくても仕方ないか……」と思ってしまうのか。
そこには国家公務員らしいボランティア精神が見え隠れしていた。
自分がこの職場から逃げてしまえば、行政の先にいる人たちが救われないのではないか
厚労省の働き方には、見事な「やりがい搾取」の側面も浮き彫りになった。
今回、若手チームに届けられたアンケートには「家族を犠牲にすれば、仕事はできる」(社会・援護局、補佐級職員)という悲痛なコメントも。
「厚生労働省 採用Q&A」には、一番最初の質問に、求められる職員像という項目がある。そこには回答として「国民生活の質の向上に寄与しようという高い使命感のある方を歓迎します!」とつづられている。
若手の平均的な退庁時間は?という質問では「厚生行政の占める役割や責任の重さから仕事量は多く、時には終電の時間近くまで…ということもあります」とある。
実際には、終電に間に合わずにタクシーで帰宅する職員もいるという。役割や責任が重いのであれば、本来は人員を増やす努力をするべきであるが、現状では一人一人の「高い使命感」で何とかしているようだ。
アンケート調査では、特に若手でその傾向が見られた。
20~30代では「やりがいのある職場である」と答えた職員が49%。「自分の仕事に誇りが持てる」とした職員が34%いた。
一方で「仕事が心身の健康に悪影響を与える職場である」に58%、「職員を大事にしない職場だと思う」と答えた職員は45%にのぼった。
チームの報告書には「厚生労働行政は、『自分がこの職場から逃げてしまえば、我々の行政の際にいる人たちが救われないのではないか』という職員の想いによって支えられているのが現状」と書かれている。
職員や退職者からは、次のような声も寄せられた。
「毎日いつ辞めようかと考えている。毎日終電を超えていた日は、毎日死にたいと思った」(保険局、係長級職員)
「仕事自体は興味深いものが多いと思いますが、このような時間外・深夜労働が当たり前の職場環境では、なかなか、一生この仕事で頑張ろうと思うことはできないと思います」(労働基準局、係員)
「子どもがいる女性職員が時短職員なのに毎日残業をしていたり深夜にテレワーク等をして苦労している姿をみて、自分は同じように働けないと思った」(退職者)
「今後、家族の中での役割や責任が増えていく中で、そもそも毎日の帰宅時間が遅い、業務量を自分でコントロールできない、将来の多忙度が予測できないという働き方は、体力や精神的にも継続することはできないと判断した」(退職者)
しかし、全員が全員忙殺されているわけではなく、ある程度仕事や年代によってしわ寄せにばらつきがあるようだ。
「課内に、周りと比べて業務量にゆとりがあり、多くの時間、何をして過ごしているかよくわからないように見える幹部・職員がいる」と52%の人たちが感じている。
「残業することが美学(残業していないのは暇な人)という認識があり、定時に帰りづらい。一生懸命業務時間内に業務を行っても、出来ない人の業務を押し付けられる」(労働基準局、係員)
さらに残念なことに、人事評価も基準が不明確と感じている職員も多いようだ。
1202の回答を得たアンケートでは、「人事異動や昇給・昇格が適切になされていると思うか」という質問に「いいえ」が37%、「どちらともいえない」が34%にのぼっている。
S~Dの5段階人事評価のなかで、ほとんどが標準的なB評価をもらう。4割は「セクハラやパワハラを行っている幹部や職員が昇進を続けている」と回答しており、「何をして過ごしているかよく分からない人」がB評価というケースもあるという。
こんな状況下で20~30代の若手の41%が「やめたい」と思うことがあり、4人に1人は「将来に希望が持てない」という悲痛な思いを抱えているようだ。
国を動かす人たちが、こんな不健全な状況で仕事を続けていることはかなり問題がある。
こうしたアンケート結果を踏まえて、若手チームは「セクハラやパワハラをする、仕事内容が見えないといった内容を、人事評価や昇進にしっかり反映する、当たり前の評価を」と提言した。
人事に関しては、部局ごとの縦割り行政が有事の際にも悪影響を及ぼす。
専門性の高い職員を養成していくことは大切だが、例えば大きな問題が発覚した後の事後処理など、一時的に対応人員が必要になる場合でも、他部局や他省庁から人材を派遣してもらうことは難しいという。
そもそも退庁時間の分析など、どの部署がどのくらい働いているのかが人事管理に十分反映されておらず、どの部局でも「人員が足りていない」という印象が先走りし、柔軟な定員調整に応じてもらえないという背景もあるようだ。
課長にメールは失礼?資料は紙で、説明は対面で……謎すぎる礼儀ルール
霞ヶ関で働く職員に話を聞くと、面白いルールが多くて驚くことがある。
その例として時々耳にするのは「課長や上にメールするのは失礼だから、業務連絡は報告書をもって対面がセオリーなんだよね」という謎の礼儀だ。
そんななか、厚労省の若手チームの提言には「チャットで業務を効率化したい」という内容が。対面でも電話でもなく、そしてメールを通り越して「チャット」。
民間企業では「Slack」や「Teams」などのグループチャットシステムで業務連絡をしあうのは一般的になってきている。
おびただしい量のメールから解放されるし、無駄な電話での不在確認もいらなくなる。業務の経緯を集約できるので情報共有にも便利だ。
そもそも、各省庁で役所独特の紙文化を廃止し、チャットなどの情報共有システムを導入すれば、対面で説明する時間も印刷する手間も省けるだろう。
ただ、「課長にメールできないなんて言葉が出てくる他省庁もあり、そんなところではまず提案自体が潰されちゃうと思う。横並びで検討するのは厳しいでしょう」という意見も聞かれる。
導入したとしてもちゃんと使われるのか、「上司にチャットは失礼」といった新たなルールが発生しないか、心配なところである。
怒涛の電話対応に追われる職員たち
厚生労働行政は、国民の関心事が高いだけに、外部から電話がかかってくる件数もかなり多い。
その件数はなんと月に10万件。しかし、電話を受けるはずのコールセンターには4人しかスタッフがいない。
かなりつらい状態のコールセンターだが、対応しきれない電話は直接職員の元に来る。
業務時間中は罵詈雑言を投げられるいわゆる「電凸」などの電話対応に職員が追われることもある。通常業務ができなくなり、時間外に自分の仕事に取り掛かる人もいる。
係長級職員は71%が「電話対応で本来の仕事に集中できない」と回答している。若手チームは今回の調査で、コールセンターの人員増強を提言している。
怒涛の議員対応に追われる職員たち
また、省庁独特の仕事として、議員への説明や質問の調整などがある。
1年生議員からの「この法案が良く分かんない。教えて」という過去の資料でも読めばある程度把握できるくらいの内容でも、わざわざ議員会館などに大量の紙資料を手に携え、時間をかけて対面で説明しなければならない。
そんな議員からの「お願い」の中には「地元の医療関係者の会合であいさつしないといけないから、会合用にトピックを考えてあいさつ文を作っておいて」「地元の○○県の医療の課題が分からないからまとめておいて」など、もはや使い走りのような依頼も後を絶たない。
委員会などの質問でも、原則は2日前までに「○○の質問をしたい」という通告がなされるが、前日の夜中になって「明日これを質問するから調整しておいて」と頼まれることもしばしばだ。
チームの提言では「こうした議員別の質問通告時間を集計。また、質問通告をしておきながら実際には質問しなかった『空振り答弁』の数についても集計して分析する」としている。
2010年にも同じような提言があったような…
多くの提言が並ぶなか残念に思ってしまうのは、「議員に質問通告期限(2日前)の徹底を厚生労働相から周知」「資料のデータベース化」「会議準備のアウトソーシング」「可能な限り、職種・年次・役職にとらわれない、柔軟な人事を」「マネジメント意識を高める」など、数々の提言が2010年の若手チームの提言にも並んでいることだ。
厚労省は、この10年近く、なぜ改革が進まなかったのか。
若手チームの代表で厚生労働省人事課の久米隼人さん(36)は「 信じられないようなルールが省庁にはある。いまだに紙の出勤簿に押印などといった明らかに『変だな』と思うようなものです。しかし徐々には変わっていっていると思う」と語る。
その上で、今回の提言をまとめるにあたっても「旧態依然とした『改革する方が大変だよ』という声もあるのは事実。でも進めていくために、実情を世間の皆さんに伝えた。オープンにしたことで、皆さんにもチェックしてもらいたい。これまでの改革案では、そこまで踏み込めなかった点があったのかもしれない」と説明した。
いまや中堅となったかつての若手職員の叫びがいかされず、また若手職員たちからの提言がなされる。そのサイクルを見直す必要があるのかもしれない。
「もう拘牢省とは言わせない…」2019年の若手チームが提言した3テーマの主な各項目
①業務改革
会議ごとに机並べる時間がもったいない…
⇒会議室の設営など、職員じゃなくてもできる作業は外注
給与業務を担当する人事職員が、国会業務などなぜか他業務と兼務になり、多忙すぎてミスも
⇒各局ごとに職員が手入力する給与業務を集約化
分かりにくい資料で国民に伝わらない
⇒専門家の手を借り、分かりやすい「ナッジ」を意識した広報デザイン資料などの作成
月10万件の外部電話を4人で対応する地獄のコールセンター
⇒人員をとにかく増員
いまだに手書きや手打ちで入力している議事録
⇒音声データから自動文字おこしシステムに
議員の質問を聞いて、省内で長時間の調整やお伺い待ち
⇒担当者間だけで内容を確定させるなど手続きの簡略化
大量の紙資料を持って委員会に列席。自分の担当質疑が終わっても席を離れられない
⇒委員会のタブレットやパソコンの利用解禁、途中離席も柔軟対応に
紙の答弁資料で長時間対面の審査を待ち、そのうえ手書き修正を受けてからのPC打ち込み
⇒スカイプや電話などを使いリモートで審査、資料は電子化
一年生議員など経験の浅い議員からの「この法案って何?いちから教えて」といいた内容でも、いちいち議員の部屋に大量の紙資料を持参してレク
⇒電子化された資料を共有、簡単なレクはオンラインで行う
委員会の前日の夜中など、遅い時間に質問を送ってくる議員も。徹夜で答弁を作成
⇒省庁に対する質問の通告は2日前までのルールを徹底。議員別の質問通告時間をリスト化
資料を持って対面で報告または電話。省庁によっては「上司にメールするのは失礼」の謎慣例…
⇒TeamsやSlackなど、グループチャットシステムの導入で情報共有や報告を簡易化
国会答弁の各種様式などテンプレートがどこにあるか分からない
⇒WordやExcelでシステムを使い共有。様式は官房系組織が随時更新
対面で毎回予定を聞き、調整に奔走
⇒Outlook予定表などスケジューラーの活用
など…
②人事制度改革
採用活動の担当者が、他業務との兼務により激務に。人事グループごとにサイトやパンフレットの統一性もない
⇒採用担当の拡充。パンフレットやサイトは、採用広報検討チームを作って統一感を
人材がいなすぎてマネジメントが慢性的に機能不全
⇒各人事グループから1人ずつ人事課を増員する
年功序列でマネジメント能力が皆無でも政策を作るのがうまく政策調整に長けた人が上に行くシステム
⇒ハラスメントをしたり、仕事内容が不明確な人員は評価を下げるなど当たり前の人事評価に。「何をどう評価したか」をフィードバックする。
紙の出勤簿に日々押印するスタイル
⇒システム改修をしてデータで管理。何時間残業可能かなども可視化し、長時間労働をストップ
キャリア採用は数年ごとの配置換えがあるが、ノンキャリア採用はずっと同じ部局で固定化
⇒これまでの昇進モデルを見直し、抜擢人事の導入や人事交流、転籍の推進
地方出向しないと昇進できない。出産や育児に重なると特に女性職員は昇進の道を断たれがちになる独自のルール
⇒別の人事昇進ルートを用意する。「これを経験しないと上に上がれない」という硬直化した考えを見直す
直前の転勤辞令。子どもの学校手続きなどが難しい
⇒転居を伴う異動は5週間前(現行は2週間前)、転居しない場合の異動は2週間前(現行は1週間前)とし、余裕を持たせる
突発案件も全部ひとりで対応し、誰も味方がいないし家庭との両立も厳しくなる独任ポスト問題
⇒一人係長など独任ポストを可能な限り廃止し、チームで業務をする
ハラスメントを受けたことがある人が46%。でも相談先が分からない、人事上の不利益を考慮して相談できないなど泣き寝入りした人が54%も…
⇒省内外の相談窓口の周知。ただ、某大臣の「現行法令において、『セクハラ罪』という罪は存在しない」という文言が閣議決定されてしまう現状なので、勇気を持って相談するには時間が必要かも……。
統計不正問題も記憶に新しいが、そもそも行政の基礎が分からないまま現場へ。とりあえず独学で勉強を始めて大きなミスという事態も起こる
⇒初任者研修などで法令や統計、会計や危機管理など行政官が共通して理解すべき内容を組み込む
残業代が部局ごとでどのくらい払われるかが違う
⇒労働時間管理をして正当な額を支払う
労働管理時間の管理ができておらず、長時間勤務も常態化するなど労働問題が山積
⇒現場経験のある労働基準監督官による、本省各部局への抜き打ち模擬指導。ちなみに労基署は厚労省の管轄
③オフィス環境改革
とにかく暑い。ある職員の8月5日正午のデスクは32.8℃(同時刻の千代田区の外気温33.4℃)。「夏季の執務室が暑い」と答えた職員は83%も。
⇒労働安全衛生法では、空調設備がある場合は室温17~28℃、湿度は40~70%になるように努めなければならない。せめてその範囲内になるように空調を最適化する
停電かと思うほどに暗い。廊下は「雰囲気の良い暗さではなく、ただただ暗い」という6ルクス。ちなみに経産省は274ルクス、農林水産省133ルクスなど。
⇒照度を向上する
とにかく狭い。打ち合わせスペースや会議室が少ない
⇒中庭駐車場のオープンカフェ化や食堂のリノベーションで打ち合わせでも使えるようにしたり、大量の紙資料などの電子化でスペースを確保しフリーアドレスの導入も検討する
など…
10年後、また同じような提言がなされないよう注視したい。提言では、2020年度までに主な内容についての実施を目指しているという。