京都府警は8月2日、「京都アニメーション」の第1スタジオが放火された事件で、亡くなった犠牲者のうち10人の名前を公表した。
府警によると10人は、遺族が府警に対し公表を了承したという。
共同通信によると、亡くなった35人は20~60代の同社従業員とみられる。
司法解剖の結果、死因は焼死26人、一酸化炭素中毒死4人、窒息死2人、全身やけど2人。1人は死因が分からなかった。現在も約10人が入院。重軽傷者は33人にのぼる。
10人の氏名は次の通り
京都府警によると、亡くなった10人の氏名は次の通り。(五十音順)
宇田淳一さん(34)=京都府宇治市=
大村勇貴さん(23)=同市=
笠間結花さん(22)=京都市伏見区=
木上益治さん(61)=同区=
栗木亜美さん(30)=京都市東山区=
武本康弘さん(47)=京都府宇治市=
津田幸恵さん(41)=京都市伏見区=
西屋太志さん(37)=京都府宇治市=
横田圭佑さん(34)=京都市伏見区=
渡邊美希子さん(35)=京都府井手町=
京アニの金字塔「日常系アニメ」で人気。「らき☆すた」の武本康弘監督
氏名が公表された10人には、人気アニメ「らき☆すた」で第5話から監督を担当した武本康弘さんの名前もあった。
武本さんは兵庫県出身。専門学校を卒業後、京都アニメーションに入社し、2003年の「フルメタル・パニック?ふもっふ」で初めてテレビアニメの監督を務めた。
武本さんは、京都アニメーションの代名詞ともいえる「日常系アニメ」で、多くの人気作品を生み出してきた。
ゆるくてどこまでも“普通”な女の子の日常を描いた「らき☆すた」では、場面に映り込む細やかな設定が、ファンがすっと作品の世界に入り込める土壌をつくった。
教科書のデザインひとつとっても、実在の出版社で出されている教科書に似たような色使い。
実際に、机の中にその教材が入っていた人間には、自分の使っていた教室の質感が、そのまま手に取るようにわかるのだ。
2000年代中盤にあって、学内でアニメの話をするのはまだかなり勇気のある行為だった。
「オタク」であることを隠さず、「アニメが見られなくなるから」と帰宅部を選んだことを公言するキャラクター。左利きであることが描かれても、それが特徴づけとして使われないナチュラルな多様性の受け入れ。
全体が、とても優しい空気で包まれているのだ。
実際の情景が描かれ、舞台となった埼玉県の鷲宮神社などをファンが訪れる「聖地巡礼」という盛り上がりも注目された。
武本監督作品の中で、特にその繊細さが高い評価を受けたアニメシリーズでは「氷菓」も特筆すべき作品だ。
原作のミステリー小説の世界観をふんだんに生かし、「日常の謎」を追いかける高校生たちをカメラアングルやセリフ回し、圧倒的な作画センスで魅せた青春群像劇。
最終回に至っては、桜の散る柔らかさが本物の桜以上に美しい。
キャラクターは超人的な能力を持っていたり、大どんでん返しを起こしたりはしない。
「可愛らしい」「カッコいい」というステレオタイプな印象付けではなく、キャラクターの微妙な表情の動き、セリフのテンポの良さで個性を際立たせた。
未来の決まらない10代の不確実性を、いい意味でもその反面でも丁寧に描き出す珠玉の作品といえる。
アニメーターのレジェンド、木上益治さんも犠牲に
アニメーターの木上益治(きがみ・よしじ)さんは、京アニが初めて自主制作したアニメ「MUNTOシリーズ」の監督も務めた。京アニへは転職組として武本さんの前年に入社。
京アニ入社前には、若手有能アニメーターを結集させた1988年公開のアニメ映画「AKIRA」や、ジブリ作品「火垂るの墓」でも原画担当として活躍した。
映画「AKIRA」は、「リアルアニメ」の代名詞として、海外でも衝撃を持って受け入れられた。
木上さんは2011年、京都文化博物館で開かれたイベントで、武本さんらとともに登壇。
京アニのスタッフについてベテランの立場から「スタッフ全般に言えることですが、キャラへの思いが凄いんです。愛を持って作画している。それが新人にさえあるんです。その気持ちは大切にしたい」と笑顔で語っていた。
木上さんに対して中途半端な状態で仕事を見せると、「何も言わずにすべて木上さんに直されてしまう」といい、その仕事への情熱と姿勢は、京アニに勤めるアニメーターの精神的支柱のような人物だったといわれる。
京アニの制作環境について「立場のある人がしっかり後輩をフォローできる。だから愛情を入れられるし安心して作業ができる。スタッフを育てて、みなさんに喜んでもらえるフィルムを皆さんに届けていきたい」とも語っていた。
木上さんはその思いの通り、アニメーターを育てる同社の養成塾で講師も務めていた。
「犬夜叉」特殊効果、劇場版「響け!ユーフォニアム」の作画総監督もーー
宇田淳一さんは、動画担当として多くの作品に関わった。
女子高の生徒がバンドを結成したところから、卒業までの日々を描く「けいおん!」、「MUNTOシリーズ」以来2作目のオリジナル作品となった「たまこまーけっと」などの動画を務めた。
栗木亜美さんは、映画「聲の形」や劇場版「響け!ユーフォニアム―北宇治高校吹奏楽部へようこそ―」、映画「ハイ☆スピード!-Free! Starting Days-」で原画担当をしていた。
津田幸恵さんは、絵に色を塗る役職「仕上」や、エアブラシや筆などを使って加工し、透明感や立体感、質感を出す「特殊効果」の担当としてたくさんの作品を担当。
「仕上」や「特殊効果」などの役職は主にクレジットで「色彩設計」と表される分野だ。
特殊効果としては、高橋留美子さん原作の人気アニメ「犬夜叉」や、 栗木さんも原画を担当した映画「ハイ☆スピード!-Free! Starting Days-」で活躍。
仕上としては、京都府宇治市を舞台に吹奏楽へ情熱を傾けた高校生たちの姿を描いたシリーズの劇場版「響け! ユーフォニアム 届けたいメロディ」や、映画「聲の形」で務めた。
キャラクターデザインといえば西屋さん。ファンを魅了した「Free!」「氷菓」のキャラクターたち
同じシリーズでは劇場版「響け!ユーフォニアム 誓いのフィナーレ」の総作画監督を務めた西屋太志さんも、犠牲となった。
西屋さんは、津田さんが特殊効果を務めた「犬夜叉」で初めての原画を制作。
「ハレ晴レユカイ」の「踊ってみた動画」が社会現象になった「涼宮ハルヒの憂鬱」では第10話で作画監督を務めている。
「氷菓」では、原作のミステリー小説からキャラクター原案・デザインを手掛けている。このほか「Free!」でもキャラクターデザインも担当。
西屋さんにしか描けないキャラクターのセンスは、多くのファンに愛されている。
横田圭佑さんは、「けいおん!」のほか、「中二病でも恋がしたい!」で制作管理に携わる制作マネージャーの1人だった。
制作マネージャーは、他社では「制作進行」と呼ばれる。
アニメ「SHIROBAKO」(P.A.WORKS制作)で注目を浴びている職種だ。
「響け!ユーフォニアム」シリーズのスピンオフ映画「リズと青い鳥」では、チーフマネージャーを務めていた。
背景絵師としてファンから信頼を寄せられる渡邊美希子さんは、「小林さんちのメイドラゴン」「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」の美術監督だった。
「ヴァイオレット・エヴァーガーデン」は、新作映画が公開を予定しており、その新作でも美術監督を務めている。
今後を期待された新入社員も犠牲に
今回の事件では、4月に入社したばかりの笠間結花さんと大村勇貴さんも犠牲になった。
笠間さんは、大阪成蹊大学芸術学部を卒業。デジタル作画や動画などアニメーションの技術を学び、アニメーターとして活躍する第一歩を踏み出したばかりだった。
京都アニメーション内定者として、同大学の「VISUAL ART BOOK 2020」には、現役クリエイターから学んだ技術について「特に動画制作やアニメーションの授業で学んだ映像の仕組みや技法などは、これからの仕事に大いに役立つと思います」とコメントを寄せていた。