新進・中堅作家によるエンタテインメント作品の単行本から、最も優秀な作品に贈られる直木三十五賞。
1935年の創設以来、戦後の一時中断を除き、毎年1月と7月の2回実施されている。7月17日に選考会が開かれた第161回では、候補者6人全員が女性となり、芥川賞含め、賞創設84年の歴史で初の事象にメディアは沸いた。
6人の候補から、直木賞受賞を果たしたのは大島真寿美さんの『渦 妹背山婦女庭訓 魂結び(いもせやまおんなていきん たまむすび)』だった。1992年に作家デビューした大島にとって初となる時代小説で、江戸時代の大阪・道頓堀で人形浄瑠璃に身も心も捧げた男・近松半二の生涯が描かれる。
選考委員からは「いつの間にか読者を渦のなかに引き込んでしまう、なだらかな大阪弁の軽妙な語り口がすばらしい」と評された『渦~』。
それに対し、大島さんは受賞者会見で「あまり苦労しないで書けちゃったんですけど…。完全に関西弁にしちゃうと読みにくくなるので、そのバランスだけは気をつけました。間違ってると校閲の人が直してくれますし」と、おおらかな人柄がにじみ出る感想をもらした。
「受賞の実感がわかない」と何度も口にした大島さんが直木賞の候補に挙がったのは、2014年の第152回以来2回目。それ以降、今回の161回に至るまでの過去5年を振り返ると、受賞者10人のうち男性の受賞者は6人で女性の受賞者は4人、候補者総数48人のうち男性が25人で女性は23人となっている。男女比は、ほぼ同等だといえる。
それでは、なぜ“候補者全員が女性”が大きな話題となったのか。
選考委員に女性が登場するのは賞創設から50年経ってから
第1回から第160回まで直木賞の歴史をすべて振り返ると、歴代受賞者189人のうち、女性受賞者は44人。実に4分の1以下という数値だ。統計的に4回に1回も女性の受賞者が生まれない賞であるからこそ、候補者6人がすべて女性、つまり“受賞者が必ず女性になる“という点が注目されたのだ。
直木賞創設当初は、1939年(昭和14年)・第10回の選考まで、女性作家は候補に挙がることすらなかった。第10回に女性としての初候補者に名を連ねた堤千代は、第11回も連続で候補に挙がり、見事に受賞を果たす。
その後は、第14回(1941年)の大庭さち子、23回(1950年)の小山いと子と、数年おきに女性受賞者が誕生。しかし候補者に男性作家が多い情勢は変わらず、候補者における女性作家の数が男性作家を上回ったのは、第93回(1985年)になってから。候補者7人のうち4人が女性で、山口洋子が『演歌の虫・老梅』で受賞を果たした。
1985年といえば、男女雇用機会均等法が制定された年。戦後の高度経済成長期を経て、女性の社会進出が進むにつれ、女性作家の活躍の場も広がっていった。翌年の第94回は林真理子、翌々年には山田詠美と、新しい女性像を描く作家の受賞が話題を呼ぶ。
社会の風潮に後押しされるように、男女のアンバランスさの是正は、受賞者だけでなく選考委員にも及んでいった。第97回(1987年)にはそれまで男性作家のみで占められていた選考委員の門戸が女性にも開かれ、平岩弓枝・田辺聖子の2名の女性作家が就任することになる。
選考会では「候補者全員女性」は話題に上がらず
現在は、選考委員9名のうち4名が女性作家。7月17日に東京・築地の料亭「新喜楽」で開かれた選考会では、第144回から選考委員を務める桐野夏生さんが委員代表として会見し選考の経過などを明らかにした。
(選考の過程で行われる投票のうち)「最初の投票では、過半数を超える支持を得た作品はありませんでした」と、桐野さんは選考が2時間半以上にも及んだ理由を述べた。
「6つの候補作品から、朝倉かすみさんの『平場の月』、大島さんの『渦~』、窪美澄さんの『トリニティ』の3作品が、拮抗した点数で抜きん出ました。そのためこの3作について長い時間の話し合いが行われ、決選投票で大島さんの『渦~』が過半数の支持を得て授賞が決まりました」
質疑応答のなかで、記者からの質問が「候補者全員が女性」という点に及ぶと「選考委員の間では、とくに話はでませんでした」と、一刀両断。
しかし、「軽く読みやすい柚木麻子さんの『マジカルグランマ』もあれば、絵画に関する知識を駆使された原田マハさんの『美しき愚かものたちのタブロー』もあり、人形浄瑠璃の世界を描き切った授賞作もあり、本当に多様性に満ちていました」と、「女性作家と一括りにできない」ことを強調。さらに、「実力も高く、選考もおもしろくやらせてもらいました」と、候補作全体の質の高さに触れた。
一方で、受賞者として帝国ホテルで会見した大島真寿美さんも、候補者がすべて女性であったことを問われると「たまたまそうだったんだろうなと思ったくらいです」と、にべもない回答。作中に主人公のライバルが描かれていることにひっかけて、自身にも同世代のライバルがいるかを問われても「いません」と、ひとこと。
作家自身のこうした反応は、執筆や出版の現場において女性の活躍が決して珍しいことではなくなっていることの表れでもある。
「候補作すべてが女性作家という現象が珍しくなくなると、いいなと思います」という桐野さんの言葉が示すとおり、時代は変化している。
大島さんの「たまたまそうだった」という言葉が、もっといろいろな場所から聞こえてくる日を待ちたい。
(文:土田みき/編集:毛谷村真木)