戦後日本で「男性アイドル市場」を牽引してきたジャニー喜多川氏。お別れの会には、大勢の女性ファンたちが詰めかけ、それぞれの人生を支えてくれたアイドルの生みの親に感謝を捧げました。
ジャニー喜多川さん亡き後のジャニーズ事務所は、一体どこへ向かうのか?日本一かっこいい社長と言われる滝沢秀明社長(子会社「ジャニーズアイランド」社長)の次の一手は…?
芸能の世界では、覇権争いも囁かれています。しかし、その行く先を真に占うためには、ファンである女性たちの「ライフスタイルの変化」にこそ注目する必要があるのではないでしょうか。
「大人のためのアイドル」へと進化
戦後日本でジャニーズのような端正な顔立ちのアイドルがもてはやされること。それは、「権力と金」というマッチョ的な男性の魅力像に一石を投じました。
そして大人が「アイドルに熱狂する」という文化も、ジャニーズ事務所が主導してきたものです。
先日、高校生が「◯◯(あるジャニーズのグループ)は働くお姉さんたちのもの。私たちには手が届かない」というのを聞いて驚きました。彼らが追いかけるのはYouTuberなどお金がかからず楽しめるアイドルで、ジャニーズタレントはライブやグッズ購入など、応援するのにお金がかかるというのです。
男子アイドル史を紐解けば、最初は、ジャニーズのタレントもティーンのアイドルでした。1970年代は郷ひろみさん(ジャニーズ事務所)、西城秀樹さん、野口五郎さんの「新御三家」、80年代は田原俊彦さん、近藤真彦さん、野村義男さんの「たのきんトリオ」(ジャニーズ事務所)と、単独アイドルの時代が続きました。彼らはみんな10代でデビューし、すぐにトップスターへと上り詰めます。その後、シブがき隊、少年隊、男闘呼組、光GENJI……といったグループアイドルの時代へ。
当時のアイドルは『ザ・ベストテン』(TBS系)、『ザ・トップテン』(日本テレビ系)、『夜のヒットスタジオ』(フジテレビ系)、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)など、毎週のように歌番組に出演。
光GENJIに至っては、88年~92年まで『ミュージックステーション』のレギュラーを務めており、グループとしての冠番組を持たずとも毎週のようにテレビに露出することができたのです。しかしながら「花の命は短し」。人気グループは数年の絶頂期を経て、後輩にその座を譲り渡します。当時のアイドル市場は「新陳代謝」がとても激しいものでした。
そして1991年、SMAPがデビューします。男性アイドル史は、以後、大きな変化を遂げました。
日本の株価が史上最高の3万8915円を記録し、それを頂点に下降して、バブルは「86年12月から91年2月までの51カ月間」と言われています。SMAPのデビューは、そのわずか7カ月後。こうして見ると、SMAPというのは「バブル崩壊」と共に日本に現れ、失われた20年を歩んだグループでもあります。
当時のアイドル歌謡界といえば、89年に『ザ・ベストテン』終了、90年には『夜のヒットスタジオ』終了など、数々のアイドルを生み出してきた歌番組が相次いで幕を下ろし、アイドルタレントの露出の機会が減っていました。
マネジメントサイドは、「今までとは違う売り方を模索しなければいけない」と新しい戦略をとります。バラエティ番組で着ぐるみを着たり、女装したり、コントに体を張る。今ではあたり前ですが、当時としては画期的な「アイドル像」です。
「SMAPは、スター性を手放したがゆえに、逆説的にスター性を獲得したのだ」と言われます。(『SMAPは終わらない 国民的グループが乗り越える「社会のしがらみ」』(垣内出版)より)
1996年のドラマ『ロングバケーション』で木村拓哉さんが大ブレイク。同時に看板番組『SMAP×SMAP』も始まります。月曜の夜9時には「街からOLが消える」と言われる社会現象となりました。大人のファンたちがSMAPを発見したのです。
おしゃれなファッショングラビアでジャニーズの男性アイドルが起用されるのも、アイドル史上に残る出来事です。女性だけでなく男性たちにも「ロン毛」が流行り、SMAPが料理をしたら「料理ができる男=かっこいい」へのシフトが起きました。
こうして、SMAP以降、ジャニーズアイドルのファン層はぐっと「大人」へとシフトしていきます。大人のための長持ちするアイドル像を創出したことで、男性アイドル市場は新しい黄金期を迎えます。
そこから、ジャニーズ事務所はSMAP、嵐という2大国民的アイドルグループを生み出し、不動の長期ビジネスモデルを築いていきます。
増えた独身女性の経済的パワーがアイドルを支えた90年代
SMAPや嵐のような「大人のためのアイドル」が求められる日本。それは女性のライフスタイルの変遷と複雑に関係していました。そして、「独身女性自身の所得」と「専業主婦の夫の所得」の両方が、アイドル市場にはつぎ込まれてきたのです。
SMAPがデビューした90年代、世の中は、未婚化・晩婚化により、女性の働く期間が長くなっていました。子育て世代が職場から抜ける「M字カーブ」が浅くなったと言われますが、それは「両立する女性が増えた」のではなく「結婚せずに仕事を継続する女性」が増えただけでした。
2015年の国勢調査では、30代前半女性の3人に1人が独身というデータがあり、加えて、90年代からの女性総合職の採用本格化により、少数ではあるものの、可処分所得が多い独身女性が増えています。以前は短命で終わっていた男性アイドル市場ですが、ジャニーズアイドルが長命なのは、ティーンのお小遣いだけでなく、可処分所得の多い独身女性の経済的パワーという、今まではなかった支援が得られたことも影響しているでしょう。
既婚女性がアイドルに求める女としての「愛情ケア」
一方の既婚女性は、結婚したらアイドルファンを卒業するのでしょうか?
いえ、実は彼女たちこそが、今日の男性アイドルシーンを支えるもう一つのコア層です。
出産で退職し、専業主婦になった、比較的可処分所得の高い主婦層を捉えたことが、新しい男性アイドルの成功の秘訣です。夫と子どもに囲まれ、主婦業を謳歌しているはずの彼女たちが、なぜアイドルを求めるのか?
70年代後半から、核家族化が進み、「積みすぎた箱船」となっていた家族から、少人数では担えない介護や教育などを、どんどん外部に担ってもらうようになっていきます。私は、外部で代替できるもののひとつに「癒やしや愛情ケア」もあると分析しています。
家族の中に「妻」と「ママ」の椅子はあっても、「女」の椅子は用意されていない。そんな日本の夫婦像は、欧米のドラマや映画で育った女性たちには、物足りなくもあります。夫や子供を応援しても、ママを励まし、応援する人はいない。イクメンという言葉も90年代にはありませんでしたし、夫は仕事一筋で家庭を顧みてくれない。
彼女たちはひとりで子育てや介護のケア役割を担いながら、家庭を壊さないよう、癒やしや愛情ケアを家族以外のところに求めていく。それは浮気などではなく、「男性アイドル」です。
日本の家族は、男性アイドルという安全装置のおかげで、表面上の平穏を保ってきたのではないかと思っています。
社会学者の山田昌弘先生は、著書『家族ペット やすらぐ相手は、あなただけ』(サンマーク出版)の中で、「ペットはいまや、現代人にとって人間以上にかけがえのない〈感情体験〉を与えてくれる家族となった」と記述しています。
私は、ペットだけではなく、男性アイドルも、そのような「感情体験」を与えてくれるものと思います。
アイドルはファンがいないと成立しません。一方、ファンは彼らを応援すると同時に、まるで彼らから応援される感覚を味わいます。こうしてファンは、アイドルという「インフラ」に支えられ、今日も仕事に、子育てに頑張るのです。
アイドルのことが大ニュースになるのは、「家族」だから
アイドルは、もはや「もうひとりの家族」ーー。
女性たちは家族の写真の中にさりげなく、好きなアイドルの写真を紛れ込ませ「家族同然ですから」と微笑む。しかしその存在を、夫は知っているのでしょうか?
私が女性たちとアイドルの関係に興味を持ったのは、大みそかのジャニーズカウントダウンコンサート(通称カウコン)に行く主婦たちと知り合ったからです。
「毎年行っています。娘も一緒に行くこともありますけど、お友達と会うとかで、付き合ってくれない年もあります」
「年末は別のジャニーズグループのライブで関西。それから帰ってきてから大みそかのカウコン。その後の元旦のライブもいって、夫の実家に顔を出すのは1月2日になってから」というつわものも。
本来家族と一緒に過ごすものだった大みそかをアイドルと過ごす人たちがいる。それも独身ではない一家の主婦が……。
取材をすると多くの女性たちがさまざな人生の局面でアイドルに支えられていました。
「シングルマザーで生活で精一杯な時に、娘が学校で辛い目にあっていたのを知らなかった。後から娘に『嵐がいたから生きてこられた。嵐は生きる力をくれた』と打ち明けられた。それはパートから正社員になって生活が落ち着いたころ。今度は母親である自分が嵐のファンになりました。私たちにとって『嵐』は家族」
「義母の介護が辛い時に、夫の言葉に心が折れた時に、SMAPに元気をもらいました」
「就職氷河期世代で、やっと手に入れた職場はハードワークです。結婚も一回はしましたが別れました。もう現実の男性はこりごり。でも帰って好きなアイドルのDVDを見たら次の日も頑張れる」
ジャニーズタレントの解散や休止や脱退など、大きなニュースになるのは、彼女たちの人生の節目節目に、彼らの時代を重ね合わせることができるからです。
今後の「男性アイドル」の行方を占うのは、現在の女性たち
ジャニー喜多川氏による所属タレントへのセクハラや、事務所から退所したタレントへの圧力報道など、彼の負の側面について見過ごすことはできません。死去に伴う報道で、こうした事実を初めて知ったという若い世代からは戸惑いの声も上がっています。
また、今は男性アイドルといえばジャニーズ事務所一強ではありません。2.5次元アイドル、着々と忍び寄るLDH勢、声優、YouTuber、韓流と様々な選択肢があります。
SMAP解散後、ジャニーズ事務所の内紛も報道される中のジャニー喜多川さんの死去。男性アイドル市場も新たな局面を迎えています。
しかし博報堂の2018年調査「支出喚起力」では、「嵐」が堂々の1位。ジャニーズ枠では4位に「関ジャニ∞」も入っています。かつてほどのパワーはないと言われても、されどジャニーズ事務所なのです。
現在は共働き家庭が増え、正社員女性の7割が出産後に就業継続し、イクメンと言われる男性も増えてきました。しかし7割の男性が妻の就業に関わらず「ケア労働」(家事育児)を担っていません。
仕事場や社会が変わっても、女性を取り巻く家庭はまだまだ変わっていない。そんな日本で、ケア労働を一手に引き受ける女性たちのケアをしてくれたのがジャニーズのアイドルたちだったのです。日本で女性たちがケア労働を担う構造が変わらない限り、支えてくれる「男性アイドル」という存在はまだまだ必要とされるでしょう。
SMAPと嵐の時代であった平成は終わり、時代は令和です。王子様を求めたアラサーアラフォー女性とは違い、20代は「現実的に折りあえる男性」と結婚する傾向が強いのです。
もしかしたら次世代女性たちは「アイドル」を必要とせず、目の前のパートナーと諦めずに向き合い切磋琢磨するのかもしれません。
同時に未婚率も上がり、推計では2040年には5人に一人の女性が未婚(50歳時点で)です。
まだまだ男性アイドルは次なる進化を求められるのかもしれません。その時代をジャニー喜多川さんは予測していたのでしょうか?
謹んでご冥福をお祈りいたします。
白河桃子著「進化する男子アイドル - なぜ大人の女性たちはアイドルを「家族」として選んだのか? 」(ヨシモトブックス)より一部を引用しています。