セックスを学ぶ場が足りない
突然ですが、あなたはセックスのやり方をどこで学びましたか?
他人のセックスを見る機会って、日常生活にはありませんよね。男性の場合、知らず知らずのうちにアダルトビデオ(AV)をお手本にしてきたという人が多いのではないでしょうか。「セックスに自信がない」「どうやったら良いか分からない」と苦手意識を持っている人も結構いると思います。
僕は女性向けAVに出演する俳優です。もう15年のキャリアになります。
今でこそAV業界で「エロメン」などと呼んでいただき、ファンの方々にも恵まれていますが、昔の僕はそれはそれはダサくて、垢抜けない男でした。
本当に全てをゼロから勉強しましたし、どうやったら「うまく出来るか」を研究し続けてきました。
いまの時代、セックスについて真剣に考えないといけないと僕は思います。性暴力が大きな社会問題になっていますし、性行為の前にきちんと相手の意志を確認する「性的同意」も避けて通れません。「どうすれば相手を思いやるセックスが出来るか」は大切なテーマですが、きちんと学ぶ場が日本には少ないですよね。
だからこそ、少しでも自分の経験を伝えたい——。そう思った僕は、『セックスのほんとう』(ハフポストブックス/ディスカヴァー刊)という本を書きました。AVの中の「ウソ」について勇気をだして語り、相手との距離の縮め方も細かく書き込みました。伝えたいメッセージは一つ。セックスにうまいも下手もない。苦手も得意もない。誰だって自分らしく、楽しむことができるということです。
僕は女性とまともに話が出来なかった
AV俳優になったばかりの頃の僕の話から始めたいと思います。
僕の名前は一徹(イッテツ)ですが、あまりにもダメすぎて 「イモテツ」と呼ばれていました。
モテる、モテない以前に、女性ともろくに話ができない。それなのに人並みに、というよりおそらく人一倍性欲が強かったので、いつも悶々としていました。
僕の世代は、「ノストラダムスの大予言」が大流行した世代です。いま考えると笑ってしまうのですが、中高生の頃は1999年に地球が滅亡するという予言を真に受けて、「童貞のまま死ぬのはいやだ!」と真剣に思っていました。
もちろん周りを見渡せば、恋愛やセックスのハウツー本はありました。でも、女性に「好き」と伝えたあと、どうすればセックスができるのかがさっぱりわからない。強引にセックスに持ち込んで嫌われたらどうしよう、という気持ちもありました。
紳士なふりをして女性といっしょにいるのに、そこでセックスしたいなんて伝えたら「どうせ私の体が目当てだったんでしょう」と怒らせたりしないだろうか…。そんな不安でいつもいっぱいでした。どうやったら「うまく出来るか」を研究し続けてきました。
自分の中の”スケベ”さを素直に認める。
さえない青年期を過ごした僕に、転機が訪れたのは25歳でした。大学時代は公認会計士を目指していたのですが、卒業しても資格試験に受からず、就職しようにも行き場がない。仕事が見つからないので「このままどうやって生きていけばいいんだ」という焦り と「俺はセックスもまともにできずに死んでいくのか」という焦りが二重に募っていた時のことです。
ふと見かけた「AV男優募集」の広告で何かがパンとはじけました。
「もういいや。自分が一番やりたいことをやってやろう。 AV俳優になったらきっとたくさんセックスできるだろう」。
勢いで応募したのが、この業界に入ったきっかけでした。
そこから早15年。「イモテツ」も様々な現場経験を通して少しずつAV俳優としてのキャリアを積み重ね、今では3000本以上のAV作品への出演を果たしてきました。
AV業界は、僕にとって控えめに言ってもパラダイスでした。セックスが好きだということが堂々と肯定されている。家に引きこもってスケベな感情を悶々とこじらせていた時とは、全然違います。自分の中の”スケベ”な感情を素直に認めることができたのが、僕にとっては大きな変化でした。
男性向けAVと女性向けAV。実はどちらも「ファンタジー」。
さて、ここからが本題です。
AV業界で働いてきた僕が今、大きな課題だと思っていること。それは、セックスにまつわる間違った情報が拡散し過ぎているのではないか、 ということです。
冒頭にも書きましたが、日本の男性の多くは、セックスをAVで学ぶと言われています。こういうことを言うと「夢を壊すな」と怒られてしまうかもしれませんが、AVのセックスには、多くの”演出”があるんですね。観る人たちの欲望をかなえるための多くのファンタジーが盛り込まれています。実際、出演者もスタッフ陣も、その世界観を演出するために色んな工夫をしています。
例えば、女性がオーガズムに達したことを象徴する「潮吹き」。女優さんの中には、撮影前に大量の水を飲むなどの工夫をして何とかマスターしている方もいるようなテクニックで、普通にセックスをした時に「潮吹き」が起きることはまずありません。また、AVでは何度も体位を変えるのが普通ですが、これも決まった尺の中で画変わりを演出するために編み出された演出手法なのです。
こうした数々の”演出”がほどこされたAVをお手本に実際のセックスをしてしまうことで、パートナーを傷つけたり、悩ませてしまったりすることもあるのだと思います。
僕はこれまで、講演会やイベント、オンラインサロンなどで、女性たちからセックスにまつわる悩みを耳にしてきました。そこで聞かれるのは「自分はセックスでオーガズムに達することができない」「恋人とのセックスが痛い」などの悲痛な叫びでした。
そして、ある時ふと思ったのです。男性がAVで観ている「セックスの楽しみ方」と、女性側が思っている「セックスの楽しみ方」。男女間で誤解やズレがあり、すれ違いが起きているのではないか? と。
たとえば、僕が出演しているシルクラボやRINGTREEの女性向けAVでは、セックス中の会話やスキンシップといった、心のつながりが重視されます。コンドームをつけるシーンもきちんと描かれます。お互いを大切に思っていることがわかるような、ラブラブ感、いちゃいちゃ感が特徴です。一方男性向けAVは、挿入までが早い作品も少なくなく、コンドームをつけたりスキンシップを長くおこなったりする場面が省略されています。
もちろん女性向けAVだって、女性の理想をぎゅっと詰め込んだファンタジー的な要素は大いにあると言えますが、これは一種の「エンタテインメント」と割り切って考えないと、相手を思いやるセックスはできないと思います。
相手に「聞く」ことでうまくいく
僕はセックスが大好きだし、とても大事なコミュニケーションの手段だと思っています。いろいろ大変なこともありますし、「正しいやり方」が分からなくて不安だという人の気持ちもわかります。僕自身もそうでしたから。AVはファンタジーだと言われても、だったら「どうすれば良いの」というのが本音でしょう。
本の中で僕は、僕が考えるセックスのちょっとしたコツをいくつか紹介しました。例えば、手をつないだり抱きしめたりするなどのスキンシップを大事にする。あるいは、女性の下着を大事に扱うなどといった、本当に少しの心がけです。
だけど、本当に大切なのは、パートナーの本音を「聞く」ということかもしれません。
この本を出す前、AV女優の紗倉まなさんと対談しました。AVのようなファンタジーに頼るのではなく、二人で楽しむために、お互い何をすればいいのか、というテーマでかなり深く話し合ったのです。そこでたどり着いたもっとも大切な結論は、セックスに「正解はなく、教科書もない」というものでした。
紗倉さんは「何をして欲しいか、相手に聞いてみたらいいのに」ということをおっしゃっていました。もちろん二人で盛り上がっているときに、いちいち質問をしていては、気分も冷めてしまうかもしれません。だったらセックスを終えてご飯を食べているときに聞いても良いし、デート中に冗談っぽく話すのもいいでしょう。
相手はあなたのセックスのテクニックを見ているのではなく、どれだけ自分のことを考えてくれているかを見ているのだと思います。そういう意味では、うまいも下手もない。きちんと相手に向き合って、性行為の前にきちんと意志を確認する。そうした努力をとことんして、真剣に向き合えば、それ以上に大事なものなんて、何もないのではないでしょうか。
たとえ不器用でも、不格好でも、真摯な気持ちで「相手に聞く」ということなら誰でもできるはず。その一歩を一人でも多くの人がとってくれることを願って『セックスのほんとう 』を書きました。ぜひ手に取って欲しいと思っています。