地毛なのに、生徒の頭髪を「真っ黒」に染めさせようとするーー。一部の学校で、生徒に行き過ぎた指導をしていることが発覚し、問題になっている。
その問題について考えようと始まった「#この髪どうしてダメですか」。P&Gのヘアケアブランド・パンテーンが2019年3月にキャンペーンとして始め、その後は民間団体が引き継いで、黒染め指導の廃止を求める署名運動が行われている。
署名運動の発起人の一人として、昨年、実際に黒染め指導をされた女性も名を連ねている。
現在、大学生の奥野羽衣子さん(19、仮名)は、昨年まで都内の私立高校に通っていた。髪の色は、もともと、真っ黒ではない。少し薄く、どちらかというと灰色がかった色合いだ。
通っていた高校は、校則で髪を染めることが禁止となっていた。
入学式の前に受け取った「地毛証明書」。保護者に、その色が「地毛であること」を証明してもらうためのものだ。その時には「そういうものか」と、事務的にサインをしてもらって学校側に提出した。
学校では、定期試験の度に「規律検査」が行われ、担任ではない教諭が生徒たちの髪の毛をチェックして回った。その度に、奥野さんは教諭に「髪、明るいね」と指摘された。
「地毛証明書を出していますので」と応じた奥野さん。しかし、モヤモヤとした気持ちが積もっていった。
「なんで、生まれた時からの髪の毛なのに、そんなことを言われるんだろう…」
さらに強く、「黒染め」指導をされたのは、高校3年生になり、卒業式が近づいた頃だった。
卒業に向かって「規律検査」の回数は、増えていった。
いつものように「明るいね」と教諭に髪の色を指摘された奥野さん。いつもどおりに、地毛証明書を提出済みであることを話したが、教諭の反応はいつもと違っていた。
「髪を黒く染めてもらうかもしれない」
奥野さんはその言葉に衝撃を受けた。受験を控えていたシーズン。「この髪のままでは、私ってイメージが悪く思われるのかな。受験で不利になったりするのかな…」。不安な気持ちが、押し寄せてきた。
自宅に戻って、母親に相談。「そのままでいいよ。大丈夫だよ」と励まされるまで、不安は拭えなかったという。
結局、黒染めを「強要」されるまでには至らなかった奥野さん。しかし、何気ない教諭の一言は、生まれ持った身体の一部を否定された、辛い経験となって心に突き刺さった。人格まで否定されたように感じ、ひどく落ち込んだという。
今回の署名キャンペーンに参加したのは、自分と同じように学校の校則を盾に「黒染め」指導を持ち出され、傷つく若い人が少しでも減って欲しいという思いからだ。
「私の髪の毛は、自分だけの個性。それを否定されない、誰もが自信を持って前向きに人生を送れるような社会になれたらと思います」
「普通じゃない」コンプレックス増やしかねない
4月に発売された『みんなの「わがまま」入門』(左右社)で、校則に声を上げづらい若者の心理を、社会学研究の立場から解き明かした立命館大学の富永京子准教授。
富永准教授はこの問題について、「髪の毛の問題は校則を守る守らないというものを超えた、とても重要な問題をはらんでいる」と指摘。そして、今回の署名キャンペーンの意義を以下のように評価している。
黒髪・ストレートという、ある一つの性質の髪だけを『普通』と規定し、それ以外の色が人と違う、天然パーマや縮れ毛があることを『普通ではない』とする。それは、生徒個人に対しては『普通じゃない』ことへのコンプレックスを増やしかねません。それが原因で勉強やスポーツに打ち込めないとしたら悲劇でしょう。地毛証明書によって「逸脱」を人為的に生み出す、区分そのものが差別になりうると学校は認識しなくてはいけないと思います。
今の若者は、本当に従順で大人や権力に対して非常にセンシティブ。だからこそ、行き過ぎた指導は許されない。教室の中は均質に見えて、実は多様。多様な髪の色を『真っ黒』に染めようとすることは、実は色々な人がいて色々な課題を抱え、主張しようとする人がいることを否定する考えにつながってしまします。
13人に1人が「黒染め指導」
パンテーンが実施した全国調査で、奥野さんのように地毛証明書を出したにも関わらず、生まれつき茶色い地毛を黒く染めるように促された経験がある人は、13人に1人にもなることがわかっている。
キャンペーンは「黒染め指導」を無くして学生の「個性が尊重される社会」になることを目的とし、集まった署名は東京都知事や都教育長に届ける予定だという。