この30年で、HIV陽性者に対する知識は広がらず、誤認や差別に苦しむ当事者たち。
HIV内定取り消し訴訟でも、事実と証拠を重んじるはずの法廷で、無知と偏見が露呈した。
HIV感染をした場合の治療法は、30年前の「死に至る病」のイメージから、どこまで変わっていったのか。
引き続き、国立国際医療研究センターにあるエイズ治療・研究開発センター長の岡慎一さんに話を聞いた。
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※AIDS/HIV……HIVとは、Human Immunodeficiency Virus(ヒト免疫不全ウイルス)のこと。ヒトの体をさまざまな細菌、カビやウイルスなどの病原体から守ってくれる細胞に感染するウイルス。
治療をしなければHIVが増殖。徐々に免疫に大切な細胞が減り、普段はかからないような病気にかかってしまう。この病気の状態をエイズ(AIDS:Acquired Immuno-DeficiencySyndrome、後天性免疫不全症候群)と言う。代表的な23の疾患を発症した時点でエイズと診断される。
服薬治療をすれば、ウイルスが増えないのでエイズも発症せず、他の人へ感染もしないため、早期発見のための検査が重要だといわれている。
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副作用やウイルスの薬剤耐性もかなり少ない
ーーHIVに感染した場合、現在はどのような治療があるのでしょうか。
(岡センター長)現在のお薬は、最少で1日1回1錠飲むだけで完結します。基本は3成分の薬が必要で、この1錠に3成分が入っています。例えば、朝起きて1錠飲めばそれでおしまい。
24時間おきに、だいたい同じ時間に飲みます。薬は小ぶりなもので1センチ程度。飲みやすいです。少し前まで2センチほどで、飲みにくいという人もいた。その場合は、薬の成分を分けて2錠で飲んでいました。
2008年ごろ、もう10年前くらいから1日1回で済むようになりました。
ーーかつては、かなりの薬を飲むイメージがありました。30年の研究の間でどう変わりましたか。
多剤併用療法という、いくつかの成分を組み合わせて服用する治療が確立し始めたのは90年代。90年代の中盤~後半には、1日に20錠を5回に分けて飲まないといけない時代が数年間ありました。
いろいろな薬のクラスや効き方は、少しずつ変わってきていますがこれも成分は3種類でした。
現在、薬のタイプは30種類以上あり、合剤になっているものが多いです。1成分が入る1剤と2成分が入っている1剤を飲む、ということもあります。いずれにしても、この種類の中から1錠だけのタイプや2錠で飲むタイプなどを選びます。
ーー副作用は。
どんな薬でも副作用は起きます。かつてのレベルを考えると、ほぼ無いに等しい。副作用レベルでは90年代を100とすると、現在は5~6程度。
副作用には2種類あって、急性のものと、長期的に飲んで出てくるものとある。急性では、飲んですぐに気持ち悪くなって吐いたり、肌に薬疹と呼ばれるポツポツが出たりする。全然合わなければ薬を切り替えるしかありません。
かつては飲むと吐き気がするなどの症状が出ることがあったのですが、現在はほぼないですね。
慢性的なものでは、腎臓に障害が出るなどの作用がありました。
いまのお薬は、慢性的な副作用もほとんどない。ウイルスが薬に対応して変化し、効かなくなってしまう「薬剤耐性」にも至極強いです。
これから出てくる薬はさらに強力で、試験管の中でも耐性を作ることが難しいレベルです。
身体障害者手帳により、負担は大幅減。でも「すぐに治療できない」デメリットが
ーー治療費の負担は。毎日飲まなくてはならないので、一生金銭的な負担になるわけですよね。
基本的には、保険適用で3割負担の場合、月に6~7万円の支払いが必要になります。日本では、1998年度から、身体障害者手帳の認定を受ければカバーされるようになったので、収入によりますが月々0~2万円程度です。
多くの人は月5000円くらいだと思います。
ただ、日本の身体障害者手帳の制度は、1カ月おいて2回検査し、そのデータを申請書に書かないといけない。その後、申請の審査に1~2週間かかり、その期間待たされてしまう。
つまり、少なくとも手帳をもらうまでに2カ月ほど時間が経ってしまうんですね。申請して認められてから治療を開始するので、その2カ月間は6~7万円という高額な治療費を負担するか、治療できないままの状態で待つかというふうになってしまう。
だけど、世界の流れは“Same-day treatment”といって、診断されたその日から治療を開始するようになっている。ウイルスの量を早く下げれば他人にうつらないわけですから。
認定を受ける前に、6~7万円を出して治療を開始してもいいのですが、治療が効いて2カ月の間の検査でHIVの値が出なくなれば、障害程度等級で4級の条件を満たさない可能性がある。検査結果は2回の平均値で見ますから。
すると、手帳がもらえないのでずっとこの費用を負担していく可能性がある。ナンセンスな制度なので、利用者の実態に合うように、制度を変えられたらと思っています。
この2カ月の間に、感染を広げてしまうことも、当然起こりえると思います。なので、世界標準では診断がついたその日から治療開始となるのです。
身体障害者手帳の認定というのは、HIVだけでなく様々な疾患に適用されているものなので、HIVだけ変えると他の疾患との整合性が取れないと言われていますが、それも感染防止や患者のために考えて変えていかなければならないところでしょう。
2020年はHIV治療のゲームチェンジャーの年に。新たな治療法に注目が集まる
数十年の間、HIVキャリアであれば毎日薬を飲む必要があった。医療費も、身体障害者手帳が交付されていなければ月6~7万円と高額だ。
今後、こうした治療の枠組みはどう変わっていくのか。引き続き、話を聞いた。
ーー現在は、1日に1回の服用が必要です。これから、その回数や治療法はどう変わっていくのでしょうか。
来年、2020年はHIV治療における大きなゲームチェンジャーの年になるでしょう。いま我々のやっている国際臨床治験では、月に1回筋肉注射をする治療法です。もう、薬を飲まなくていいんですね。
その有効性が分かったので、近いうちにFDAが認可する可能性が出てきました。FDAが認可したら、日本にもやってくる。早ければ来年2020年のどこかで、日本でも注射で治療ができる時代になるでしょう。
効果は、いま一番有効と言われる飲み薬と、ランダム試験で比較してもほぼ変わりません。
ーー月に1度の注射治療になることで、患者にとっては手間が省ける以外にどのような効果が期待できるのでしょうか。
その治験に入った世界中の人たちに、この治療法をどう思うかというアンケートを取ると、ものすごく満足度が高い。
なぜなら、月に1回注射をすれば、残り29日間はHIVのことを忘れられるから。やはり「薬を飲む」という行為が「ああ、感染しているんだな」という気持ちを思い出してしまうんですね。
いまは月に1回の注射、という治験ですが、2カ月に1回という注射もこの先出てくるだろうし、もっと進めば、おそらく3~4年後には半年に1回という注射治療も出てくるのではないかと思っています。
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第III相試験とは、実際の治療に近い形での薬の効き目と安全性を確認する最終段階の試験のことだ。
科学誌Natureなどの報告によると、治験に参加したロンドン大学クイーン・メアリー校のクロエ・オーキン教授は、この注射治療法について「年間365日、HIVに感染していることを思い出す日々が、年間12日に減るのです」と説明。
続けて「数十年続いてきた HIV治療法だった毎日の服薬サイクルを変えることで、HIVと共に生きる人々のパラダイムシフトの機会が与えられました」と述べた。
また、現在飲み続けなくてはならない薬は、高齢になった際に飲む機会が増える高血圧の薬などと相性が悪いものがある。
毎日、40年間3成分の薬を飲み続けることによる体への負担なども考えると、新たな治療法はそうした長期服用の悪影響を抑えられる可能性も期待されている。