「スペインのトランプ」と呼ばれる党首率いる極右政党「VOX」、大躍進のワケ

「スペインはイスラム教ではなく、カトリックの国」「結婚は男女間だけでするもの」など、これまでの「普通」であった「伝統」を守ろうとする政党と支持者たち。
スペインの極右VOXのアバスカル党首
スペインの極右VOXのアバスカル党首
時事通信社

スペイン極右政党「VOX」大躍進のキーワードは「普通」

まさかスペインまで——。4月末のスペイン総選挙では、ペドロ・サンチェス首相の社会労働党(PSOE)が第1党となった一方で、極右政党VOX(ボックス)が大躍進を遂げ、国会(350議席)で24議席を獲得したニュースはヨーロッパの知識人に衝撃をもたらした。

1975年にフランシスコ・フランコ総統が82歳で病死し、独裁政権が終焉、1979年に現行憲法下で初の総選挙が行われ、民主政権がスペインに誕生してから40年。極右政党が国会に議席を持ったのは初めてのことである。 

「なぜ誰も投票しないのか?」

オーストリア、ドイツ、フランス、イタリア、ギリシア、ポーランド——欧州各国では反EU(欧州連合)、反移民を掲げる極右政党が台頭しているが、スペインでは極右は伸びない、とこれまで信じられてきた。アドルフ・ヒトラーの死でナチスが終焉し、ドイツが民主化の道を歩み始めるのが1945年。これに比べると、スペインの民主化の始まりとは30年の「時差」があるわけで、フランコ時代の記憶が消え去っていないスペインでは極右アレルギーが強く、台頭することはないというのが専門家の分析だったのである。 スペインの『エル・コンフィデンシャル』紙が、「なぜ誰もサンティアゴ・アバスカル(VOX党首)に投票しないのか?」という記事を載せたのは、ちょうど3年前の2016年のことだ。

フランスの「国民連合」(記事掲載当時は「国民戦線」)やオーストリア自由党(FPO)、イギリス独立党(UKIP)、そしてアメリカのドナルド・トランプ大統領と似かよった主張を掲げる右翼政党なのに、2015年12月20日の選挙では、なぜVOXが5万7000票しか得票できなかったのか、同紙はアバスカル党首に密着取材して、その横顔を伝えている。

当時でも読者の一部はすでに「見出しが悪過ぎる。『なぜ誰も投票しないのか?』という現在形は、すぐに過去形になるだろう」「次こそは投票する」とコメントしている。 それからたった3年のうちに、見出しは実際に、過去のものとなってしまった。アバスカル党首率いるVOXはマドリードやバレンシアなど、あらゆるスペインの大都市で支持を集め、国会での議席はゼロから、いきなり24に伸びたのである。もちろん、その背景には長年、与党の地位にあった国民党(PP)が汚職スキャンダルで大敗し、それがVOXへの追い風となった事情もある。

「声」を意味する

VOXのモットーは、「スペインをもう1度偉大にする」という、どこかで聞いたようなフレーズである。そう、「スペイン」を「アメリカ」に入れ替えれば、トランプ大統領の売り文句と全く同じだ。それだけにアバスカル党首を「スペインのトランプ」と報道する海外メディアも少なくない。

しかし43歳のアバスカル党首には、モットー以外にトランプ大統領との共通点は見られない。真っ赤なネクタイをトレードマークにしているトランプ大統領に比べて、バスク生まれのVOX党首は派手というよりは朴訥な印象さえ漂わせる。上記インタビューでは、離婚して扶養家族が4人おり、党からの月収3500ユーロ(約43万円)での生活は楽ではないと明かしていて、不動産王のトランプ大統領との違いは鮮明である。演説も、極右というイメージが想像させる、雄弁に大衆を鼓舞するようなカリスマティックなものではない。

だが、党首が「普通に見える」。そのことこそまさに、今回のVOX躍進の鍵であり、スペインの極右の特殊性かもしれない。

強面のドイツの極右の支持層と比較すれば、VOXの支持層の素顔は、ある意味「普通」の市民である。欧州諸国の他の極右政党に比べて、EU懐疑論についての論議もさほど多くない。中心にあるのは、スペインの国家としての一体感、スペイン伝統文化を守ること、そして伝統的な家族の価値観だ。それは、「スペインという1つの国家でいたい」「スペインはイスラム教ではなく、カトリックの国である」「結婚は男女間だけでするものだ」といった価値観である。

2017年10月から始まったカタルーニャの独立運動や、結婚が同性の間で認められたこと、カトリック教徒以外の移民が増えることに動揺した人々が、多様化する社会の変化についていけない気持ちを、「声」を意味するVOXが代弁する。カタルーニャの独立運動を「裏切り者」と敵視し、フェミニズムやLGBT(セクシュアル・マイノリティ)の権利に反対し、闘牛などスペインの文化への愛を主張していく。

人々が「普通だと思っていたのに、失われていくもの」を具体的に取り上げ、恐怖を煽っていくことが、VOXの戦略である。そのために、巧みにソーシャルメディアやユーチューブを利用する。

例えば、VOXは全裸で抗議するフェミニストたちと対比させて、優しそうな女性が家庭を築き、子供や孫に囲まれ、老いても夫と手をつないで幸せそうに過ごす姿を、映像を沿えてツイートする。

そして、ヒロイックなBGMで支持者に問いかける。「男女は闘うものではなく、手を携えて生きるものではないですか」と。カトリック教徒で、伝統的な価値観の持ち主ならば、中にはうなずく人もあるのだろう。恋愛や結婚といった個人の領域の価値観を国家が強制し、自分と違う価値観を認めないのが、歴史において「極右」の政権がとってきた政策だが、「極右」というレッテルに違和感を感じるVOXの支持者は、自分たちは「伝統」を守りたいだけだと主張する。

カタルーニャでも14万5000票

アバスカル党首がカタルーニャ州の独立運動を敵視する背景には、幼少時、独立機運が最も強い時代のバスク州で、ETA(バスク祖国と自由)のテロの恐怖におびえながら過ごしたトラウマが大きいからだという。父親がバスク独立に反対の姿勢を取るPP(当時の与党)の議員だったために、彼は学校でいじめにあい、罵られ、いつも両親が殺されるのではないかという不安を持っていた。その経験がもとで、護身用のピストルを持ち歩く習慣を持ったと言われている。

独立運動の中心地であるカタルーニャで、2016年6月の総選挙では198票しか取れなかったVOXは、今回の総選挙で14万5000票を得票した。「長年(独立運動に圧されて)沈黙してきたカタルーニャのスペイン人の声が、歴史的な勝利を生んだ」とVOXは勢いづく。

一方、カタルーニャ独立支持派も、現在収監され、公判中のカタルーニャ前副首相の政党ERCが6議席伸ばし、(亡命中のカルレス・プチデモン前カタルーニャ州首相の政党は1議席失ったものの)国会全体では過去最高の22議席を獲得した。今後、カタルーニャ独立問題を巡って、国会での議論はますます両極化していく様相を呈している。

VOXの躍進に対し、フランスの極右政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首は時を置かず歓迎を表明した。

5月23〜26日に実施された欧州議会選挙では、極右政党が大躍進とまではいかなかったものの議席を増やし、主流の親EU勢力の中道右派・左派は初めて過半数を割り込んだ。それにしても、そもそもEU懐疑主義で票を伸ばしてきたはずのEU諸国の極右政党が、ヨーロッパ規模で横のつながりと連帯を見せるというのは皮肉だ。最も晴れやかな季節を迎えたはずのヨーロッパは今、不気味な暗雲に覆われている。

大野ゆり子 エッセイスト。上智大学卒業。独カールスルーエ大学で修士号取得(美術史、ドイツ現代史)。読売新聞記者、新潮社編集者として「フォーサイト」創刊に立ち会ったのち、指揮者大野和士氏と結婚。クロアチア、イタリア、ドイツ、ベルギー、フランスの各国で生活し、現在、ブリュッセルとバルセロナに拠点を置く。

(2019年5月28日フォーサイトより転載)

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