ついに「景気悪化」をはっきりと示す調査結果が現われた。内閣府が5月13日に発表した、3月の景気動向指数(CI)の速報値である。
2015年を100として景気の現状を示す「一致指数」が99.6と、前月より0.9ポイントも下がり、指数の推移から機械的に決まる基調判断が「悪化」となったのである。基調判断が「悪化」となったのは、2013年1月以来6年2カ月ぶりのことだ。
「アベノミクスの終焉」が顕著に
6年2カ月前の2013年1月というのは、第2次安倍晋三内閣が前年12月末に発足した直後。その頃から安倍首相は大胆な金融緩和を含む「アベノミクス」を打ち出し、為替の円安が進んだことで企業収益が大きく改善した。
景気動向指数は2016年10月から2018年8月まで23カ月連続で「改善」が続いた後、2018年9月から12月は「足踏み」となり、2019年1月と2月は「下方への局面変化」となっていた。景気動向指数でみる限り、「アベノミクスの終焉」が顕著になったと言ってもよいだろう。
5月20日には1-3月期の国内総生産(GDP)の速報値が発表されるが、マイナス成長に転落するのか、プラスを維持するのかが注目される。企業収益を中心に景気は底堅いという見方がある一方で、中国向け機械輸出が激減しているなど「輸出」に陰りがみえていることや、個人消費も力強さが欠けていることから、エコノミストの間でも判断が分かれている。
5月中に出される政府の月例経済報告は、これまで景気の現状を「回復」としてきただけに、その表現がどう修正されるかも焦点になる。
実は、アベノミクスの成果として注目されてきた「6年2カ月前」から好調を続けている別の統計がある。総務省が毎月発表している「労働力調査」だ。4月26日にひと足早く3月分が公表されたが、こちらは、就業者数、雇用者数共に「75カ月連続の増加」となった。75カ月連続というのは2013年1月以降、対前年同月比でプラスが続いていることを示している。
職に就いている人の総数である「就業者数」は6687万人。1997年6月の6679万人を昨年5月に更新、10月には6725万人を記録したあと、高水準を保っている。企業に雇われている人の数である「雇用者数」も2018年10月に5996万人と過去最多を更新、3月も5948万人と高水準が続いている。アベノミクスの効果で500万人の雇用を生んだと安倍首相らが強調するのは、この数字である。
だが、この雇用の伸びもいつまで続くか分からない。2017年4月から同年12月までは「正規職員・従業員」の伸び率が、「非正規職員・従業員」を上回っていたが、このところ再び「非正規」の伸びが大きくなり、2018年9月以降7カ月連続で非正規の伸びが高い月が続いている。
3月の数値でいえば、正規の伸びが0.6%増なのに対して、非正規は3.1%増といった具合だ。役員を除いた雇用者に占める非正規の割合は38.8%と過去最高を記録した。安倍首相は「同一労働同一賃金」の導入などによって、非正規を無くすと訴え、「働き方改革」に旗を振って来たが、数字で見る限り、逆の結果になっているわけだ。
消費は盛り上がっているのか
非正規雇用が増えているのも仕方ない面がある。というのも就業者や雇用者が増えたと言っても、その多くが「高齢者」や「女性」だからである。65歳以上の「高齢者」の就業者数は2018年9月に886万人の最多を記録、3月も884万人だった。
一方で、15歳から64歳以下の就業者は1997年6月の6171万人をピークに減少し、3月では5803万人になっている。もっとも、同年代の男性就業者は3187万人で、ピークだった1997年6月の3632万人から12.3%、445万人も減った。この間、働く女性が大きく増え、就業率も昨年11月に70.5%の最高を記録したが、減少数を穴埋めできていないのだ。
高齢者や女性の非正規雇用者の割合が大きく高まっていることで、もう1つ大きな問題がある。非正規の場合、一般に所得が低いため、就業者の増加がなかなか消費の増加に結びつかないのだ。
総務省の3月の家計調査では、勤労世帯の消費支出(2人以上の世帯)が1世帯当たり30万9274円と、前年同月に比べて名目で2.7%、実質で2.1%増加したという。一方で、実収入も名目で2.0%、実質で1.4%増えたとしている。
もっとも、消費で増えているのは、相変わらず「通信費」や「交通費」で、「被服」や「保健医療」は減少している。調査結果を見る限り、本当に消費が盛り上がっているのかは、なかなか判断が付かない。
加えて、「米中貿易戦争」の余波で、比較的好調だった企業収益に急ブレーキがかかっている。半導体製造装置などの中国向け輸出が激減。中国経済が大きく変調していることを如実に示している。こうした輸出企業の業績悪化もあって決算発表がピークを迎えた2019年3月期の企業収益は、3期ぶりに減益になったもようだ。日本経済新聞の途中集計によると、連結純利益は2%減となっている。焦点の2020年3月期がどうなるか、さらに減益が続くようだと、ボーナスなどへの影響は必至で、可処分所得が増えず、消費がさらに減退する可能性が出て来る。
税収は増えるのか
そんな景気の曲がり角にもかかわらず、安倍内閣は予定通り2019年10月から消費税率を8%から10%に引き上げるのだろうか。
前回の消費増税(5%から8%への引き上げ)時には、国の消費税収は2013年度の10.8兆円から2014年度は16兆円へと5.2兆円増えたが、税率から単純に逆算した消費総額は16兆円も減少した。2015年度には増税前の水準には戻ったものの、それ以降、消費は伸び悩んでいる。
今回、このまま税率を引き上げれば、10兆円前後の消費減退が起きる可能性はある。その分、増税後の景気対策に予算を投じているので、前回のような消費減退は起こらないというのが政府の期待だろう。
だが、2013年はアベノミクスの効果もあって、企業収益が大幅に改善、株価が上昇するなど、先行きへの期待もあった。足元の消費も好調で、増税半年前から増税直前までに駆け込み需要が盛り上がった。
増税まで半年になる中で、今ひとつ駆け込み需要が盛り上がらないのはなぜか。政府の対策で慌てて購入する必要がないと思っているのか、足下の景気が悪く消費に回るおカネがそもそも少なくなっているのか。はたまた、安倍首相のことだから、またしても増税を延期すると「期待」している国民が多いのか。
もちろん、高齢化で増え続ける国の歳出を賄うことは重要だ。2019年3月末で年度末としては初めて「国の借金(国債及び借入金並びに政府保証債務残高)」は1100兆円を突破した。財政再建が待ったなしであるのは間違いない。
だが、税率を引き上げれば税収が増えるのかというとそうではない。
リーマンショック直後の2009年に国の税収は38.7兆円というバブル後最低を記録した。それが2018年度には59.1兆円になる見込みだ。過去の税収のピークであるバブル最盛期の1990年の60.1兆円を超えることはできなかったが、所得税や法人税の伸びで税収は大きく増えた。
財務省は、2019年度は消費増税をテコに、62.5兆円というバブル期超えの税収を見込む。果たして思惑通りに税収が増えるのか。税率を上げて消費が大きく減退し、税収も思ったほど増えなくなるのか。景気の先行きに暗雲が漂う中での消費増税に、懸念が深まっている。
磯山友幸 1962年生れ。早稲田大学政治経済学部卒。87年日本経済新聞社に入社し、大阪証券部、東京証券部、「日経ビジネス」などで記者。その後、チューリヒ支局長、フランクフルト支局長、東京証券部次長、「日経ビジネス」副編集長、編集委員などを務める。現在はフリーの経済ジャーナリスト。著書に『2022年、「働き方」はこうなる』 (PHPビジネス新書)、『国際会計基準戦争 完結編』、『ブランド王国スイスの秘密』(以上、日経BP社)、共著に『株主の反乱』(日本経済新聞社)、編著書に『ビジネス弁護士大全』(日経BP社)、『「理」と「情」の狭間——大塚家具から考えるコーポレートガバナンス』(日経BP社)などがある。
(2019年5月17日フォーサイトより転載)