「ご都合がよろしければ、9月30日の夕方から、結婚式ならぬ“家族式”のパーティをするので、お誘いしたく……」
ある日筆者のもとに届いた招待のメッセージだ。「家族式」って、何?首をひねりつつも参加することにした。面白そうだ。
誘ってくれた友人は、東京都青梅市でシングルマザーとして3人の息子を育てる島田彩さん(37)。過去に男性と結婚したこともあるが、現在は子どもたちにも周囲にも、レズビアンであることをオープンにして生きている。職業はソーシャルワーカー。忙しい本業の傍ら、同性婚の法制化をめざすNPO法人EMA(イーマ)日本の副理事長も務める。
彩さんが「近所の知人の男性と、家族になることにした」という話は、しばらく前に、本人から聞いていた。
なぜまた、女性ではなく、男性と家族になろうと決めたのか?
彩さんにとっても、それは当初、思いもよらない話だったという。
母は寝耳に水だった
島田家の新家族となる“たむちゃん”こと田村礼二さん(50)と彩さんが初めて顔を合わせたのは、2017年の12月。地元で行われた餅つき大会の打ち合わせのときだった。
彩さんは子どもが通う小学校のPTA地区委員長として、たむちゃんは地域のサークル員としてイベントにかかわり、顔見知りに。
たむちゃんはもともと子どもとかかわる地域活動に長く携わってきたため、その筋では有名人。遊ぶことが上手なため、子どもたちの間でも一目置かれる存在だった。
年が明けて間もなく、彩さんの家の石油ファンヒーターが故障する。このとき連絡を受けたのが、近所に住むたむちゃんだった。彼は手先が器用な趣味人で、家電の修理はお手のもの。ストーブを引き取りに来たたむちゃんは、このとき初めて、島田家の子どもたちと知り合いになった。
季節が替わり、5月。地元のお祭りで、たむちゃんは彩さんの三男(当時8歳)から唐突に、しかも想像もしたことがない提案を受ける。
「たむちゃんに、家族になってほしいと思ってるんだ」
たむちゃんはこのとき、「とにかく驚いた」という。
「彩ちゃんちの子どもたちとは、修理の後も何度か顔を合わせて、一緒に遊んだことはあったけれど、特別親しくしてきたわけでもない。それに僕は基本、一人でいるのが好きで、これまでずっと独身で暮らしてきたし、一生それでいいと思ってきたので」
それなのに……三男からの申し出を「すごく、嬉しい」と感じていたという。
「言われてみて、心のどこかで『家族が欲しいな』と思っていたこと、どっかで『一人は寂しいな』と思っていたことに、気が付いたんですね」
三男の申し出は、彩さんにとっても寝耳に水だった。事の次第を知ったのは、三男からでもたむちゃんからでもなく、地元のNPOの関係者からだった。
「『三男くんがたむちゃんに家族になってって言ったそうだけど、知ってた?』って聞かれて。『えええええっ、なにそれ、なんにも知らない!』って答えたら、みんなに笑われて(笑)。しかも、たむちゃんがすごく喜んでいたと聞いて、またびっくり。ふつう迷惑でしょ? それ、喜ぶ? と思って」
次に浮かんだのは「なぜ、たむちゃんはそのことを、私に言わなかったのか?」という疑問だった。たむちゃんは、彩さんがレズビアンであることを知っている。
三男の思いつき、ということにして軽く流そうかとも考えたが、「たむちゃんが何も言ってこないということは、もしかすると、この話を真剣に受け止めているのではないか……?」。そう気付いたら、真面目に考えざるを得なかった。
「そこから私は、自分のなかにある『ふつう』と、向き合わざるを得なくなって。なんで私は、たむちゃんと家族になれないと思うんだろう? 三男の気持ちに寄り添って考えるとしたら、何が足りないんだろうって。だから、たむちゃんにも三男にも何も聞かず、ひとりでじっくり考えました」
家族ってなんだ、から考えた
長男と次男に話をしたのは、それからしばらく経った5月の下旬。ふたりとも、まさかの大賛成だった。
地元を離れ、高校の寮で暮らす長男(当時16)に電話で「実は、こんなことが起きていて……」と話すと、「いいじゃん! 最高じゃん!」と大喜び。これまで彩さんに好意を寄せる人物を、性別にかかわらずことごとく拒絶してきた長男が「いますぐ決めて」と言ってきた。
「『たむちゃんはお母ちゃんとあらゆるところが真逆だから、(家族になれば)最強の島田家が、さらに最強になる』って言ってた(笑)」と彩さん。
次男(当時13)も同様の反応。「いいじゃんーーー!! マジでーー!」。やはり彼も「たむちゃんなら、いい」という考えだった。
たむちゃんがここまで子どもたちから好かれている、という事実。それは、彩さんにとって衝撃だった。
「なぜ、たむちゃん? とも思ったけど、子ども3人の感覚が揃ったわけだよね。子どもだから言葉ではうまく説明できないんだけれど、この人が好きだ、この人じゃなきゃダメだって。だから私は、子どもたちがただただこの人を信じているってことだな、と受け止めることにしました」
そこで彩さんは、「人生をかけた決断」を迫られる。名前以外ほぼ何も知らない“近所の知り合い”であるたむちゃんと、自分は家族になるのか――?
「家族ってなんだ? というところから考えました。ふたりが愛し合って結婚して家族になる、という話ならわかりやすいけど、そうじゃなくて家族になるって、どういうこと?? と思って。私はレズビアンだから、彼と性的な関係をもつこともない。
私と子ども3人、これまでも誇りをもって暮らしてきたので、別に『母子家庭だから父親がいなくてさみしかった』とか、そういう話でもない。ただただ、みんながそれを望んだ、ってことだよね」
翌月。彩さんは、毎年6月恒例の島田家週末旅行に、たむちゃんを誘った。たむちゃんがいっしょに来たら子どもたちも楽しいだろう、と考えたのもあるが、「自分のなかの迷いを確信に変えたい気持ち」もあった。たむちゃんがどんな人か、もう少し知りたかった。
予想通り、子どもたちは大喜びだった。日中、子どもたちとたむちゃんは海でひたすら釣りざんまい。部屋は2つ取り、島田家とたむちゃんで分かれて使うはずだったが、三男は片時もたむちゃんから離れようとせず、寝るときももちろんたむちゃんの部屋。
「ご飯だけは一緒に食べたけど、あとはずっと、たむちゃんが“両手に花”状態だった。わたしのところには、子どもたちが全然来ないの(苦笑)」
旅行から帰ったその夜、彩さんは、たむちゃんに電話をかけた。そのとき初めて、三男からの申し出をどう思ったか? と尋ねると、「すごく驚いたし、涙が出るほどうれしかった。でも、そんなこと実現できっこないと思ったから、(彩さんには)何も言わなかった」と、たむちゃん。
彩さんは、ちょっと泣きそうになった。たむちゃんの気持ちは、同性婚が認められていないために家族をもつことをあきらめるLGBTの気持ちと、よく似ていた。
旅行中に決めていた通り、たむちゃんに、家族になることを提案した。
旅行後、子どもたちはたむちゃんの家と島田家を頻繁に行き来するように。夏休みはほとんど、たむちゃんの家に行きっぱなし。学校が始まってからは、平日は島田家、土日はたむちゃんの家で過ごす、という生活スタイルで落ち着いている。
彩さんも仕事のとき以外は、子どもたちといっしょに、たむちゃんと過ごす。「恋愛感情がないから、いっしょにいてすごくラク」なのだ。たむちゃんは子どもたちのことをよく見てくれるし、料理も上手。とにかく「感謝しかない」という。
たむちゃんも「学校行事に行ったり、アウトドアな遊びをしたり。子どもたちと共通の体験をしていることが、いちいち幸せ」だとのこと。
台風のなか大勢で祝った「家族式」
2018年9月30日、夕方。この日は関東に台風が近づき、19時過ぎには電車が止まることが決まっていたが、130人の招待客は1人のキャンセルもなく出席。島田家とたむちゃんの“家族式”は、大盛況だった。
会場となった自治会館には、文字通り、多様な人があふれていた。地元に暮らす、彩さんやたむちゃんの共通の知人、友人たち。彩さんのLGBT関連の活動仲間や、元配偶者。3人の息子の学校の友人たち――。
次々と前に出ては、トークや歌、踊りなどを披露し、新しい家族の門出を祝う。
「友達がいっぱい来てくれたのも、よかったです。新しい家族が増えるから、祝ってほしい、来てほしいって声をかけました。『これからこの形で、島田家がスタートします』みたいな会でした」と、次男は語る。
みんな「家族式って、何なの?」という若干の戸惑いを抱きつつも、あたたかな雰囲気にくつろぐ、不思議な空間だった。
式では終始、神妙な顔で佇んでいた、三男くん。特にうれしそうでもなければ、いやそうでもない。一体何を考えているのだろう? と気になった。
彼としては、単純にたむちゃんと家族になりたかっただけで、こんな盛大なパーティが開かれることや、大勢の人に祝われることは予想していなかったことで、驚いていたのでは――? というのが、母親の彩さんの推測だ。
あと何年かしたら、本人に聞いてみたい。あのとき、何考えてた?
(取材・文:大塚玲子@ohjimsho 編集:泉谷由梨子@IzutaniYuriko)