2017年に菊地凛子がアンドロイド兼靴職人を演じて好評を得た短編映画『ハイヒール〜こだわりが生んだおとぎ話』。(今だと靴職人が話題になっていてさらに注目が高まりそうですが……)
新進気鋭の監督は韓国人のイ・インチョル氏で、製作総指揮・美術・プロデューサーをつとめたのはその妻であるMUTSUMIさん。周りの映画関係の方々から“仕事ができる女性”という噂を聞いていましたが、このコーナーの主人公はそのMUTSUMIさんです。
タイトルからすると私がLAで修行をしているように思われるかもしれませんが、ずっと日本にいて、LAにはまだ行ったことがありません。海外移住で映画製作という人生のチャレンジをしているMUTSUMIさんに感情移入&疑似体験して行きたいです。
この話を伺った時、同年代で本場で映画制作に挑戦するなんてかなりの冒険であると思い、先行きが見えない感じも含めて目が離せなそうで、ぜひ応援したいと思い、筆を取った次第です。
夫の映画で2回命を削った!?
たまたま帰国したMUTSUMIさんにお会いして、移住までの顛末を伺いました。
「24歳からひとりで制作会社をやっているんですが、夫と知り合って映画を一本撮ったんです。それが命を削ったというくらい大変で。仕事柄、結構仕切れるので、その日のカット数を決めたり技術や美術などなんでもやりました」
「映画自体なんとか完成し、もう一回命を削ったのは配給と宣伝です」
映画製作と配給・宣伝は別のスタッフがするのかと思っていました。全部自分たちでやろうとすると大変なことは素人でも想像できます。
「日本全国の映画館に電話して営業し、試写会をやったり。その時からロスに縁があってアメリカン・フィルム・マーケット(AFM)にリサーチに行きました。そこで知り合った映画会社の日本人の女性社員に、配給と宣伝のやり方を聞いたら、『来月会社辞めるから手伝いますよ』と言ってもらえた」
「それから彼女に段取りを教えてもらって、全国19都市単独上映することができました。新宿伊勢丹や梅田阪急など、商業施設にタイアップをもらって、やり切ったんです」
そこまで伺うと、成功して良かったですね、という感じですが、アドレナリンを分泌しすぎたせいか、うつっぽくなってしまったというMUTSUMIさん。
「タイアップも全部やったので本当に大変で……。白髪も増えました。もうやりきり症候群で、次どうしようみたいな。そんな時、人生やり残していることがしたいと思いました。それは、今までやったことがなかった、海外に住むということ」
「人生の踊り場的なところに来て、疲れちゃったんだけど、この際海外に住んでみたい。映画といえばアメリカだし、英語をもうちょっとしゃべれるようになりたいと思って、半ばむりやり『アメリカに行こうよ』と夫に言い、移住しちゃいました」
と軽くおっしゃいますがかなりの決断です。
リヴァーのために英語を猛勉強した末に…
そして英語を「もうちょっと」しゃべれるようになりたい、というフレーズが聞き捨てなりませんが……。アメリカに移住しても大丈夫なくらい語学力はあったということでしょうか。
「俳優のリヴァー・フェニックスと友達になりたくて、英語の勉強はめちゃめちゃがんばりました。中学生の時に大ハマりしちゃって、思春期に『スタンドバイミー』に影響されてました。それなのにリヴァーが死んじゃって……」
当時の鮮烈な印象が蘇ります。神がかったイケメンは、調べたらカルト宗教の風習で4歳で童貞喪失したそうで(身体機能的に可能なのでしょうか……)、人よりも何倍もの速度と密度で生きていたのでしょう。23歳、ヘロインとコカインのオーバードーズで死亡。
思春期の少女には受け入れがたい最期です。イーサン・ホークやキアヌ・リーブスではリヴァーの穴は埋められなかったんですね。
「高一の時にリヴァーが死んでしまい、人生の目標どうしようか、と思っていました。映画が好きだったので美大の中で映画学科がある造形大学に行ったんです。ただ、そこでチームワークが好きじゃなかったことに気付いて、映画がムリで写真にいきました」
私も多分MUTSUMIさんと年齢が近く、美大でグラフィックデザインを学びましたが不器用でデザインが向いていないことがわかったので、共感できます。
「造形大を中退して制作会社に行って……それから映画の仕事をしている韓国人の夫と出会って、そういえば映画作りたかったって思い出したんです」
その人が『ハイヒール〜こだわりが生んだおとぎ話』の監督をされたイ・インチョル氏ですね。
夫婦で作品を作りだすなんて素敵です。夫婦だからこそ無理な頼み事もできてしまいそうですが……。第一作は無事成功し、今は第二作の長編映画を企画しているところだそうです。
この取材の途中で、夫のイ・インチョル氏が参加。ロングヘアと黒っぽいファッションにクリエイターヴァイブスが漂っています。
MUTSUMIさんが大好きだったリヴァー・フェニックスと共通点はあるかというと……目のあたりに少しリヴァー感がありました。もしかしたら前世リヴァーの分魂? そんな時空を超えたロマンスも予感しつつ、次回に続きます。
(2019年4月23日note「辛酸なめ子の「LAエンタメ修行 伝聞禄」より転載)