韓国社会に衝撃が走っている。韓国の人気アイドルグループ「BIGBANG」のメンバー、V.I(本名イ・スンヒョン)の“性接待”疑惑から始まった一連の騒動は、V.Iの韓国活動名「スンリ」から「スンリゲート事件」と名付けられ、単なる芸能スキャンダルを超えた社会問題に発展している。
V.I以外の日本でも人気のあるアイドルら5人が芸能界引退に追い込まれたほか、警察との癒着も浮上し、国会で問題が追及される事態にまで拡大している。これほどの韓国社会を揺るがす大問題になった背景には、女性の人権に対する意識の高まりや、権力をかさに着た不正を許さないという社会の変化があると言える。
«うまくやってくれる子たちで»
事件のあらましはこうだ。発端となったのは昨年11月末、ソウル市の繁華街、江南区にあるクラブ「バーニングサン」で起きた暴行事件だった。
セクハラ行為を受けている女性客を助けようと止めに入った男性客が、店員に暴行され、警察に通報したものの、駆け付けた警官に「業務妨害」で逮捕されてしまったという。
当初、店側は暴行を否定していたが、クラブ内で「デートレイプドラッグ」を使った女性への性的暴行や、麻薬販売などの疑惑が次々と発覚した。
そのクラブの理事として浮上したのが、V.Iだった。V.Iは事件への関与を否定し、「すでに理事も退任した」と発表。騒動が拡大している中で、今年1月から香港や東京でのソロコンサートをスタートさせた。
しかし、ある報道により事態は一変する。韓国放送ネットワーク『SBS』傘下のエンタメ専門チャンネル『SBS funE』が2月、「スンリ(V.I)がソウル・江南のクラブを各種のロビー場所として利用し、投資家らへの性接待までしようとしていた疑惑が生じた」と報道したのだ。
番組では、V.Iとクラブの店員、投資会社の代表が無料通信アプリ「カカオトーク(カトク)」で交わしたやりとりを紹介。その内容は、V.Iが店員に性接待を指示する衝撃的なものだった。
彼は《江南クラブにメイン席を用意して女性を呼んで》、《女性は? うまくやってくれる子たちで》などと送信していた。
V.Iと所属事務所の「YGエンターテインメント」はすぐさま「フェイクニュース」と報道を否定。「法的対応も辞さない」と強硬な姿勢を見せた。一方で3月9日、10日開催予定だった大阪でのソロコンサートを中止した。
これに対し、韓国国民権益委員会(腐敗、汚職などを調査する行政機関)がカトクのやり取りを入手し、V.I側の説明が虚偽と判明。これを受け韓国警察が彼の携帯電話を押収し、性売買あっせん容疑で捜査を進めている。
「盗撮」「警察癒着」疑惑も発覚
もっとも、これで事は収まらなかった。
3月11日には、V.Iが複数の盗撮動画を友人らと共有していたことが報道された。動画を撮影していたのは、韓国の人気歌手チョン・ジュニョン。彼は女性との性行為を盗撮し、カトクのグループトークルームで別の芸能人たちと共有していた。被害者は10人以上に上るという。この報道の直後にV.Iは芸能界からの引退を表明した。
ちなみに、このトークルームには、V.Iのほか、いずれも韓国の人気アイドルグループ「HILIGHT」、「CNBLUE」、「FTISLAND」のメンバーが参加しており、全員が芸能界引退に追い込まれている。
トークルームの内容も明らかにされた。CNBLUEのメンバーは「すぐに女性を寄越して」「遊べる女がいい」などと発言。FTISLANDのメンバーは、2016年2月に警察の飲酒取締で摘発を受けたが、外部に漏れないよう処理してもらったことを話していた。
その「揉み消し」に加担したとされるのが、一連のアイドルたちのカトクで「警察総長」と呼ばれていた人物だ。この警察官は、バーニングサンのある繁華街を管轄する江南警察署の生活安全課に所属。クラブなどを取り締まっていた。カトクでは、この人物に不祥事を揉み消してもらったことを示唆する内容が度々、交わされていた。
前代未聞の「癒着疑惑」に国会も動き、連日追及が行われている。管轄する行政安全相は記者会見で謝罪し、3月18日には文在寅大統領が「社会特権層による不正」とし、徹底捜査を指示したという。
「すべての容疑を認める」
性接待疑惑の報道から1カ月以上が経つが、V.Iに関するスキャンダルはとどまることを知らず、連日新たな疑惑が浮上している状態だ。これまでに海外投資家への性接待疑惑、性売買あっせん、海外不法賭博、クラブ内の薬物汚染、脱税などの容疑が浮上している。
それに対しV.Iは、韓国の週刊誌『時事ジャーナル』のインタビューに応じ、すべての疑惑を否定。「友達同士で噓をついて虚勢を張っていた」「真実を話しても誰も信じない」「海外不法賭博や性接待はなかった」などと持論を展開した。
だが、女性との性行為を盗撮、共有していたチョン・ジュニョンは3月21日、性暴力犯罪処罰法違反容疑で逮捕され、「すべての容疑を認める」と話している。
疑惑を報じた女性記者の思い
この事件には、先述したように、韓国における女性の人権意識の高まり、権力の乱用や不正を許さないという韓国社会の変化が顕著に表れている。
最初にV.Iの性接待疑惑を報道した「SBS funE」の女性記者、カン・ギョンユン氏は、2016年ごろからV.Iの疑惑を追っていたという。その中で、カトクの内容を入手。性接待のあっせんや盗撮映像の流布など、衝撃的な内容が含まれていた。
カン記者はインタビューにこう答えている。
「20代前半のとても若い女子大生たちや新人芸能人を酒の席に招待して、一晩相手として過ごさせる。しかも、性交の様子を盗撮して流布までしていたという事実を初めて知り、同じ女性としてショックを受けた。『必ず報道しよう』と決意した」
カン記者は取材の過程で、新人芸能人や芸能人志望の若い女性がそうした性接待の相手になっていることを突き止め、「女性を非常に性道具化するような状況を発見した」とする。
その上でカン記者は、「女性を性道具化し、歪曲された性意識、芸能権力を作り上げた私たちの社会の非常に大きな問題」とした。
女性のモノ化に「NO」
昨年、性被害を訴える世界的なムーブメントとなった「#MeToo」運動は、韓国でも大きな広がりを見せた。人気俳優や監督、文化人、政治家などが告発を受けて謝罪し、表舞台から姿を消した。
家父長制が根強い韓国は、もともと男性優位の社会だが、とりわけその傾向が顕著なのが芸能界だった。
2009年に人気女優チャン・ジャヨンさんが、所属事務所からの性接待の強要を苦にして自殺したことは、韓国社会に大きな衝撃を与えた。その際に女性芸能人や芸能人の卵に行った聞き取り調査では、半数以上が性接待を強要されたと告白した。
当時、性接待の加害者として名前が挙がった人のほとんどが嫌疑なしで解放されており、今回の問題に絡み、この事件に関しても真相究明に取り組む方針が表明された。
また、2016年に江南駅付近で発生した女性殺害事件は、犯人の動機が“女性嫌悪”だったことから、女性たちがデモを起こすなど、社会問題へと発展した。
いま、さまざまな要因から、韓国の女性に対する人権意識が高まっている。女性を性的なモノとして扱うことに対して明確に「NO」を突き付ける社会に、変わろうとしているのだ。それが、このスンリゲート事件への「許さない」という国民の態度を作り出しているのだろう。
盗撮被害者のプライバシー保護
実は盗撮映像を流布していたチョン・ジュニョンは、2016年にも同様の容疑で書類送検されていたが、嫌疑不十分で不起訴。その後も芸能活動を継続していた。今回、彼が芸能界引退に追い込まれた背景に、決定的な証拠が出てきたことだけでなく、社会的な批判の高まりがあったことは間違いない。
韓国ではアダルトビデオが公に流通しておらず、男性が女性との性行為を盗撮することが以前から社会問題になっており、警鐘を鳴らすCMも放映されてきた。
この事件に絡んだ報道で特筆すべきなのは、報道する側が「我々は誰が被害者なのか知りたくない」と強調していることだ。いま複数の女性芸能人の名前が盗撮の被害者として浮上しているが、「詮索するのは、やめるべきだ」と、テレビ局が呼び掛けている。それがSNSで拡散され、被害者のプライバシー保護への意識も広まりつつある。
膿を出し切れるか
BIGBANGは言わずと知れた韓国のトップスターだ。2006年にデビューして以来、次々にヒット曲を生み出し、「東方神起」と人気を二分する国民的アイドルとなった。日本でも6大ドームでコンサートを開いており、5人のメンバーの中でも日本語が堪能なV.Iは、日本のバラエティ番組にもたびたび出演していた。現在、彼以外の4人は兵役中で、グループ活動は休止している状態だ。
本来ならばV.Iも兵役に就かなければならなかったが、事業を優先し、入隊を遅らせたという。彼は芸能活動以外にも、実業家としてクラブやラーメン店などの飲食店を経営していた。実業家として成功するスンリは、韓国のテレビ番組などで「偉大なるギャッツビー」からもじった「スンツビー」としてもてはやされていた。
今回の事件では、V.Iが店舗の拡大や資金調達の過程で犯罪に手を染めていったことが浮き彫りになった。
V.Iの不祥事により、これまでのBIGBANGメンバーの不祥事も再び議論の的になっている。
2011年5月に、メンバーの1人であるD-LITEがソウル市内で乗用車を運転中、男性をひき、書類送検された。最終的には不起訴処分になっている。
また、同年10月には、リーダーのG-DRAGONが同年5月の日本公演中、大麻を吸引していたとして、麻薬管理法違反の疑いでソウル中央地検が摘発。7月に検察の毛髪検査で陽性となり、任意で事情を聞かれていたが、韓国検察当局は彼が大学生であるうえ初犯で吸引量が少なく、取り調べに素直に応じていたことなどから、起訴猶予処分とした。
最年長のT.O.Pは兵役中の2017年6月、兵役前の2016年10月に自宅で女性と大麻を使用していた吸引の疑いで在宅起訴。懲役10カ月執行猶予2年、1万2000ウォン(約1200円)の追徴金(吸引や投薬によって物的証拠がなくなる麻薬などの犯罪では、物品を没収する代わりに金銭を徴収される)を言い渡された。
果たして今回の事件を機に「膿」を出し切ることができるか。韓国社会の目が注がれている。
山本美織 ジャーナリスト
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