「日本だから例外」にはならない。日清CM騒動から考える、マイノリティーを描くということ

ホワイトウォッシュ、ブラックフェイスに関する堂本かおるさんの考察をもとに、いま改めて考えたい。
大坂なおみ選手、日清食品カップヌードルの動画
大坂なおみ選手、日清食品カップヌードルの動画

1月のテニス全豪オープン開催中に、日清食品が「カップヌードル」のアニメCM動画を削除する騒動があった。

動画に登場する大坂なおみ選手の肌の色に対し、「黒人差別にあたるホワイトウォッシュ(非白人を白人のように描くこと)ではないか」と指摘する声が、多方面であがったのだ。

 ニューヨーク在住のライターで、ブラックカルチャーに詳しい堂本かおるさんは、いち早くこの問題に気づき、SNSで異議を唱えた一人だ。

「今回の件でもっとも重要な点は、日本に住む肌の色が濃い子どもたちが、肌を白く塗られた大坂なおみ選手を見てしまったことです」。堂本さんはそう指摘する。

海外から強い批判を受けたアニメCMだが、この問題は、決して「日本だから例外」にはならない。日本にも、多様なルーツやバックグラウンドを持つ人たちが住んでいる。

多様化とグローバル化が進む中、この問題をどう考えるべきか? 私たちが知っておくべきことは何なのか?

日清CM騒動やホワイトウォッシュ、ブラックフェイスに関する堂本さんの考察をもとに、いま改めて考えたい。

大坂なおみ選手が、極めて「日本的な価値観」の中に閉じ込められていた

日清のCMは、人気マンガ「新テニスの王子様」の世界観に溶け込んだ大坂選手と錦織圭選手がグランドスラムを目指し、修行するという内容だった。

動画には好意的なコメントも寄せられたが、同時に大坂選手の肌の色に違和感を唱える声が多数寄せられた。

堂本さんは、「黒人とのミックスで、褐色の肌の色をした大坂選手があれほど『白く』描かれていることにショックを受けた」と語る。

「CM制作にあたって、動画では日本の『アニメの世界観』という、とても狭い範囲をベースにしています。しかし、日清は世界展開しているメーカーで、カップヌードルは私が住む、ニューヨークの黒人地区ハーレムのスーパーマーケットでも売られています。日本のアニメも世界中に行き渡り、アメリカの黒人の若者たちにも浸透しています」

日清食品が公開した動画より
日清食品が公開した動画より
HuffPost Japan

 大坂選手は多様なバックグラウンドを持つテニス選手だ。ハイチ系アメリカ人の父と日本人の母を持ち、大阪で生まれ、3歳の時にアメリカに移住した。

堂本さんによると、大坂選手は「日本、ハイチ、アメリカの文化を持つが、人種としてはアジア系と黒人のマルチ・レイシャル(複数の血筋を持つ)。ただし、アメリカでは一般的に”黒人”とみなされる」という。そして、大坂選手本人も「ブラック・ガール(black girl)」と自称している

一方で、日本では「黒人」としての大坂選手のアイデンティティーにはあまりフォーカスが当てられない。「日本人選手」として取り上げられるのが基本で、記者会見では「日本語」のコメントを求められる場面も多発した。

大坂選手は一言では説明できない、複雑なアイデンティティーを持っている。それが彼女の魅力の一つでもある。

そして、その一面を持ちながら、パワフルなプレースタイルや親しみやすいキャラクターで「人種」や「国籍」という枠を飛び超え、世界中の人を魅了しつづけているのが、大坂なおみという一人のテニスプレイヤーだ。

しかし、今回の日清の動画は、大坂選手を極めて「日本的な価値観」の中に閉じ込めてしまっていた。

「今回の件でもっとも重要な点は、日本に住む肌の色が濃い子どもたちが、肌を白く塗られた大坂なおみ選手を見てしまったことです」と、堂本さんは指摘する。

「子どもたちにとっては、『あなたの肌も白くあらねばならない』というネガティブなメッセージになりかねません。つまり、日清のようなグローバル・ブランドが、現在の日本にすでにグローバル化している人たちがいることを見落とし、傷付けてしまったのです」

Getty Images via Getty Images

そもそも、ホワイトウォッシュとは何か?

この問題をめぐっては、大坂選手の描かれ方に違和感を唱える声が上がる一方で、そうした意見を「過剰反応」だとする声も少なくなかった。

しかし、黒人差別の歴史を持ち、今なおその影響が残るアメリカにおいて、ホワイトウォッシュは非常に根深い問題だ。

そもそも、ホワイトウォッシュとは何なのか?

堂本さんによると、よく見られるケースが、「アジア系やアフリカ系など、白人以外の『マイノリティー』の役柄を白人俳優が演じること」

日本語で「〜を白く塗る」などの意味を持つ「ホワイトウォッシュ(whitewash)」は、白人中心的だったアメリカの映画産業において、近年盛んに議論されている問題だ。

たとえば、2017年に公開された士郎正宗原作の『攻殻機動隊』ハリウッド実写版では、主人公が日本人女性にも関わらず、スカーレット・ヨハンソンが主役に起用されたことで大きな批判が起きた。

「2018年に公開された『クレイジー・リッチ!』は、アジア系の映画として異例の大ヒットとなりました。主役を務めたコンスタンス・ウーは、以前よりハリウッドのアジア系俳優の立場について声を上げています。宋王朝時代の中国を舞台とした『グレートウォール』(2016)でマット・デイモンが傭兵を演じた際にも、異議を唱えていました」

「映画会社には、白人俳優を使う方が興行収入が上がる、という思い込みがあるものと思われます。それ自体、マイノリティー俳優の存在と才能をないがしろにしていますし、そもそもマイノリティー俳優の少ない出番をさらに減らすことにもなっています」 

『クレイジー・リッチ!』で主演を務めたコンスタンス・ウー
『クレイジー・リッチ!』で主演を務めたコンスタンス・ウー
Emma McIntyre via Getty Images

肌の色の「ホワイトウォッシュ」、過去にはビヨンセも対象に

そして、白人俳優の起用によるホワイトウォッシュとは別のパターンとして問題視されるのが、「マイノリティーの肌の色を明るく修正する」ことによるホワイトウォッシュだ。

日清食品は「(大坂選手の肌の色を)意図的に肌を白くしたということはない」と否定しているが、今回の動画で指摘されたホワイトウォッシュはこれに該当する。

「こうしたホワイトウォッシュも、根本の理由は映画の場合と同じです」と堂本さんは指摘する。

「マイノリティーを使うのであれば、マイノリティーの特性を希薄にし、表層だけでも白人に近づけたいわけです」

過去には、ビヨンセが起用された化粧品ロレアルの広告で肌の色が明るくなっているとして、アメリカで大論争が起きたこともある。 

This is an example- for me this is not abt beyonce- it's abt the thinking behind the loreal ad campaign: pic.twitter.com/OITHC0OJa6

— Media Diversified (@WritersofColour) January 5, 2014

 また、ケニア人の両親を持つメキシコ出身のルピタ・ニョンゴやディズニー初の黒人のプリンセス(ティアナ姫)なども、ホワイトウォッシュの対象になったとして物議を醸した。

ホワイトウォッシュは、マイノリティーの差別に対する問題意識が比較的強いとされる欧米でも、未だに頻繁に”出現”する表現なのだ。

Can we discuss @VanityFair's pic of Lupita, on the right? Anyone see a difference? 😒 pic.twitter.com/lt9uDm7CYZ

— April (@ReignOfApril) January 15, 2014

I’m extremely confused as to who this is... was Princess Tiana’s skin tone and dark hair too hard to digitalize? pic.twitter.com/M2f30gjiBR

— Lauren (@lolobaybee_) August 10, 2018

「ブラックフェイス(黒塗り)」との違い 「白くしても黒くしてもダメ」?

日清CMへの指摘を「過剰反応」とする意見の中には、2017年の大晦日に放送されたダウンタウンの番組「絶対に笑ってはいけない」での”ブラックフェイス(黒塗り)問題”を引き合いに出し、「肌を黒くしても白くしてもダメなのか」と疑問を呈する声もあった。

ブラックフェイスは、非黒人が黒人を真似て顔を黒塗りする行為を指す。アメリカではホワイトウォッシュ以上の黒人差別行為として絶対的なタブーだ。

堂本さんは、ブラックフェイスについて、以下のように解説する。

「昔、アメリカでは真っ黒な肌、真っ赤で厚い唇、白目部分が大きく真っ白な黒人の絵が描かれました。白人の役者がこうしたメイクで黒人を演じ、陽気で音楽とダンスには長けているものの、『マヌケ』である、というキャラクター設定がなされました。『ミンストレル・ショー』と呼ばれる演劇です。この歴史があるため、アメリカでは今もブラックフェイスは絶対的なタブーとなっています」 

アメリカの「ミンストレル・ショー」
アメリカの「ミンストレル・ショー」
Hulton Archive via Getty Images

最近では、ラグジュアリーブランドのグッチや歌手のケイティ・ペリーが展開するブランドの商品が「ブラックフェイス」との指摘を受けて謝罪し、商品販売を取り下げる騒動もあった。

「中には、あえて意図的な黒人差別行為として、ブラックフェイスを行うレイシストもいます。1月下旬には、オクラホマ大学の学生が顔を真っ黒に塗って『私は(Nワード)』と口にする動画をSNSにアップし、自主退学を余儀なくされています。残念ながらこれは珍しいことではなく、今も全米各地で年に数度は起こります」

「たとえ『黒人セレブの単なるモノマネ』や『黒人へのリスペクト』が理由であっても、ブラックフェイスが拒絶されるには、こうした事情があります」

販売中止になったグッチのセーター。
販売中止になったグッチのセーター。

今の日本は、以前とは比べものにならないほど人種や民族が多様化している

このように、奴隷制度や、黒人差別を正当化した「ジム・クロウ法(人種隔離法)」などの歴史に基づき、アメリカではホワイトウォッシュは差別的な表現、そしてブラックフェイスは決して許されない差別行為とされている。

しかし、だからといって「日本国内に向けたものならば例外になる」という訳でもない。

「アメリカが全ての基準であるということではありません」とした上で、堂本さんは以下のように指摘する。

「アメリカ自体が、今も過去の奴隷制度という大きな負の歴史の清算をしている段階であり、人種の描写にとても過敏です。この状態が必ずしも健全とは言えませんが、今はまだ過渡期であり、ホワイトウォッシュやブラックフェイスを用いた表現に『セーフ』とされるケースはありません」

「この問題をめぐっては、SNSで『日本にアメリカの人種事情を持ち込む必要はない』といった趣旨の書き込みをいくつも見かけました。しかし、アメリカに限った話ではなく、今の日本は以前とは比べものにならないほど人種や民族が多様化していますし、国内でのグローバル化はすでに始まっています」

法務省の統計によると、日本国内に住む外国人の数は2018年6月時点で約260万人と、年々増加している。

日本で学ぶ若い世代の外国人も同様だ。日本学生支援機構の調査によると、日本国内の大学や日本語学校などに在籍する外国人留学生の数は毎年増加し、2018年5月時点では29万8980人に上っている。

さらに、政府が推進してきた改正出入国管理法が、2018年12月に参議院で可決・成立した。これにより、2019年4月からの5年間で、最大34万5150人の外国人労働者を受け入れることが決まっている。

「グローバル化も含め、ホワイトウォッシュ、ブラックフェイスなどの言葉が先行しがちですが、いずれも本来は人や社会が良い方向に伸びていくためにするべきこと、もしくはしてはならないことです」

「日清は、日本でマイノリティーとして生きる人たち、中でもメディアからの影響を受けやすい子どもたちの存在をもっと意識するべきでした。彼らも日本の一部であり、これからの日本を形作っていく世代です」

イメージ写真
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Rawpixel via Getty Images

「対象をありのままに描けばいい。それがすべての黒人への敬意でもある」

堂本さんが指摘するように、日本には、様々なルーツやバックグラウンドを持つ大人や子どもがたくさん生活している。そして、生き方の多様化も進んでいる。

そうした中、企業やメディアが心に留めておくべきことは何なのか。

堂本さんは、CMやアニメ、映画などのコンテンツでマイノリティーを表現するときに、「対象を『ありのまま』に描くこと」が重要だと話す。

「今回の件について、プロのイラストレーターなどから『黒人の肌を濃く描くと差別的になるから、依頼主からやめてほしいと言われる』という声が上がっていました。絵で生計を立てている人にとっては死活問題です」

「これを是正するには、絵を依頼したり広告を作ったりする側、絵を描く側、そして一般消費者の全てが、対象を『ありのまま』に描けば何の問題も起こらず、それがモデルを含む全ての黒人への敬意でもある、と理解する必要があります」

「そうすれば『肌を白くしても黒くしてもダメなのか』とか、『どうしていいのか分からない』とか、『とりあえず肌を白くしておけばクレームがつかないだろう』という状態から脱せられます」

ホワイトウォッシュが問題視されているアメリカのハリウッドでは、近年、「レプリゼンテーション(representation)」という考えが重視されている。

レプリゼンテーションとは、社会に生きる様々な人を物語の中に描くことで、「自分が社会の一員である」ことを人々に体現させる、という考えだ。そしてその作品を通して、彼らは「社会と繋がっている」ことを実感できる。ハリウッド映画の制作において、このアプローチは非常に重要視されている。

人種や宗教、ジェンダーやセクシュアリティなどにおけるマイノリティー、そして社会的弱者を敬意をもって描くことは、今の時代において非常に大切なことなのだ。

「日清を含む大企業もメディアも、マイノリティーの影響力をうまく使えば、日本がマイノリティーも暮らしやすい、真のグローバル社会への変化に貢献ができます」

堂本さんはそう話す。

そして、日清CM騒動を契機として「マイノリティー起用」に消極的になることはせず、「当事者から改めて学び直してほしい」と、願いを込めた。

「今のアメリカには、黒人キャラクターを描く黒人のアニメ作家も少なからずいます。日本のマイノリティーの中にもいることでしょう。今回の件によって、マイノリティー起用を恐れるのではなく、当事者からも改めて学び直し、ポジティブな表現によってどんどんと積極的に展開してほしいです」

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