コロナ禍で「非正規滞在者」を「排除」する日本。「許可」するポルトガル

分断か連帯か──。コロナ危機が社会に投げ掛ける問いは、最終的に昨今の重要テーマとなったこの問題に収斂されていくようだ。
東京入国管理局(東京都港区)
東京入国管理局(東京都港区)
時事通信社

新型コロナウイルスの流行は、世界各地で「入管収容」問題を改めてクローズアップさせた。

強制退去の対象となった外国人を送還に向けて身柄拘束するのが、入管収容の本来の目的だ。しかし、感染対策で各国が国境を閉じたにもかかわらず、日本や欧米諸国の多くで入管当局は収容を続けた。

密集、密閉、密接状態となる入管施設で、各国の収容者は感染リスクを恐れて抗議をしたが、日本やフランスでは、そうした抗議活動を力ずくで制圧する強硬策も取っている。

こうした事例を1つ取ってみても、在留資格のない外国人(非正規滞在者)の排除政策を強く進める国が改めて浮き彫りになったことが分かる。一方で、在留資格を与え、非正規滞在者を社会に包摂しようと模索する動きも広がった。

コロナ危機にあって各国政府は非正規滞在者とどのように向き合ったのか。感染の第1波が収束に向かう今、その対応を検証する。

撮影でパニックに

「ブラジャーとパンツのまま、大勢の職員に取り押さえられました。男の職員に下着姿を見られたのは恐怖で、死にたいと何度も思うようになりました」

強制退去の対象となった外国人を拘束する東京出入国在留管理局(東京都港区)の面会室で、コンゴ民主共和国出身の女性フロランス・ムンデレさん(49)は6月6日、筆者の取材に大粒の涙を何度も流し、悔しさを口にした。

コロナ危機による緊急事態宣言下の4月25日、収容を解いてほしいとほかの収容者と抗議デモに踏み切った際、多数の職員に取り押さえられ、ほかの収容者から引き離される隔離処分となった。出入国在留管理庁はこうした実力行使を「制圧」と呼ぶ。

ムンデレさんやほかのデモ参加者によると、制圧があったのは女性ブロックだった。居室外へ出られる自由時間終了後の午後4時半を過ぎた後、収容者10~20人が共用スペースに残り、紙やTシャツに「GIVE US FREEDOM」と書いて静かに要求を行い、さらに幹部と話がしたいと求めた。

入管当局は複数回にわたり、居室に戻るよう指示したが従わなかったため、盾を手にした40~50人の職員が抵抗した複数の収容者を取り押さえ、実力で各居室に戻したという。女性ブロックでは通常、収容者と接するのは女性職員だが、この日の制圧には多数の男性職員も参加した。

居室に戻されたムンデレさんは汗だくになったため着替えていたところ、廊下側から窓越しに自分をビデオカメラで撮影する職員を目にして、パニック状態に陥った。そこに複数の職員が居室内に踏み込んできたため、コップのお湯を床にまき、

「なんで見ている?」「近寄らないで」

と、抗議すると、職員はムンデレさんを取り押さえ、下着姿のまま別室へ連行し、隔離処分とした。このときの制圧で、ピアスをするムンデレさんの耳からは流血があったという。

入管施設は法務省令「被収容者処遇規則」に基づき運営され、この規則は収容者による順守事項違反や職員への抵抗があった場合に、制圧や隔離処分を認める。その際、職員は通常、記録のためビデオ撮影をする。

入管庁の岡本章課長は5月27日、野党議員の公開ヒアリングで、「制圧があった」と事実関係を認めた上、

「適正な職務執行がなされたと考えている」

「部屋に戻るよう指示をしたが従わなかったので、制止措置を実施し抵抗の激しかった4人を隔離した。(ムンデレさんについては)コップのお湯をまくという隔離事由があった」

「職員が部屋に踏み込んだから彼女はパニックになり、入管が言うところの『違反行為』をしたのではないか」

との質問が投げ掛けられたが、岡本課長は、

「説明は先ほどの通り」

とのみ答え、詳細な回答を避けた。

「男性の職員を見ると、今も心臓がどきどきする。私の体をみんなが見たと思うととても怖くて、夜も眠れなくなりました」

と、ムンデレさんは言う。

「この1週間、食事も喉を通りません。ここでは人間扱いされないんです」

明かされない仮放免の基準

不法残留や不法上陸、刑罰法令違反など退去強制事由に該当すると疑われる外国人の存在が発覚した場合、入管庁は原則、全員を収容し、退去強制手続きを開始する。必要性や相当性とは無関係で、「全件収容主義」と呼ばれる。

手続きの結果、退去強制令書が発付されると、収容は無期限となり強制送還まで身体拘束が続く。入管収容には、就労禁止や一定の移動制限などの条件下で拘束を解く「仮放免」制度があり、入管庁はコロナ危機の対応策として、この仮放免を活用した。入管施設では現在、感染者は確認されていない。

2020年3月時点で1104人だった全国の収容者数は、4月末に914人にまで減少した。仮放免者数は増加し、入管施設の密集状態を解消する動きはある。だが、問題は誰を解放し、誰を拘束し続けるのか、基準が明らかにされないため収容の続く外国人の精神的不安が余計に高まったことだった。

東日本入国管理センター(茨城県牛久市)に収容中のブラジル人男性アンドレ・クスノキさん(33)は、

「ほかの人が仮放免される中で、取り残されていくのはとても不安です。接触する職員が施設外で何をしているのか分からないし、施設内では外部に連絡する電話も共用で、消毒はされません」

と感染リスクの不安を口にする。なぜ自分は解放されないのか。2年3カ月もの間収容されているムンデレさんも、

「理由を説明してほしくてボスと話がしたかった」

とデモの背景を説明した(彼女のような「長期収容」の問題については、2020年2月19日の拙稿『入管「暴行事件」があぶり出す外国人「無期限収容」の「無法」実態』を参照いただきたい)。

「収容は死刑宣告」

ウイルスの世界的流行を受け、国連機関は各国政府に入管収容をやめるべきだと強く訴えた。

国連人権高等弁務官事務所(OHCHR)と世界保健機関(WHO)は3月20日、拘束下にある人々の対応をまとめた手引きを発表し、

「各国政府は入管施設での外国人収容をやめ、代替措置を直ちにとる必要がある」

と要請した。国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)や国連児童基金(ユニセフ)でつくる国連移住ネットワークも声明を出し、

「入管収容は収容者や職員、その家族、コミュニティの全ての人々にとって感染リスクが高まる」

と主張し、即時の解放と住居のない収容者にシェルターやホテルを用意するよう訴えた。

ところが、日本を含め多くの入管当局は国連機関の要請を事実上無視し、収容を続けた。

深刻な事態となったのは感染者が世界最多となった米国だ。ドナルド・トランプ大統領による3月13日の非常事態宣言後も、米移民・税関捜査局(ICE)は収容を続けた。ようやく4月6日、収容人数を定員の70%に減らすと発表した(その後75%に変更)が、感染者の確認が相次いだ。

5月6日には西部サンディエゴの入管施設でエルサルバドル人男性(57)が死亡した。収容者数は全米で約3万人(4月25日時点)という大規模な入管収容だが、感染確認された収容者は、5月31日時点で754人、収容者と接触する職員の感染も39人に上った(5月5日時点)。

米テレビ『NBCベイエリア』は5月13日、西部ベーカーズフィールド近郊の入管施設の状況を報道した。100人が5個の石けんを共有、60~90センチ間隔で並ぶ2段ベッドで寝起きしている。収容者の1人チャールズ・ジョゼフさんは、

「職員は手袋もマスクもせずに出入りする。ソーシャル・ディスタンス(社会的距離)を取るのは不可能で、収容は死刑宣告のようなものだ」

と悲痛の叫びをタブレットのウェブカメラから訴えた。

フランスの入管施設でも感染者が確認されている。パリ東部バンセンヌの入管施設でジョージア(グルジア)人男性(65)の感染が判明したのは4月9日。死者は出ていないが、その後も収容者の感染確認が報じられた。

4月11日には、パリ郊外メニルアムロの入管施設で、収容に対する抗議活動が発生した。仏紙『パリジャン』によれば、収容者8人が居室のマットレスを廊下に投げつけ、

「ここでは寝たくない」

と意思表示をしたところ、盾と警棒で武装した機動隊が駆けつけて制圧、手錠を掛け連行した。

「国境が閉じられ強制送還ができない状況では収容する理由がありません」

外国人支援団体「シマド(Cimade)」のクリストフ・デルトンブ代表は、

「(送還のために収容するという)法の趣旨から逸脱しています」

と、同紙にこう指摘し、収容継続の非合理性を訴えた。

日本と米国、フランスで入管当局が収容を続け、同じような事件が発生するところに、先進諸国の政府に共通する非正規滞在者へのまなざしが見える。コロナ危機という未曽有の事態に直面しても、彼らの感染リスクは考慮に入れず、全体的にはこれまでと同様、非正規滞在者の排除政策を続けているのだ。

いびつな社会構造が感染に反映

新型コロナ・各国語で書かれた特別定額給付金の案内。外国人を含め、住民基本台帳に記載されている人全員が対象となる。非正規滞在者は対象の範囲外。
新型コロナ・各国語で書かれた特別定額給付金の案内。外国人を含め、住民基本台帳に記載されている人全員が対象となる。非正規滞在者は対象の範囲外。
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コロナ危機の特徴は、全ての人が感染しうるという平等性・無差別性と、社会的な脆弱度に応じて感染するリスクに差が生じるという不平等性・差別性にある。さらに脆弱な市民が感染すれば、感染速度は速まり社会全体に影響が広まるという特性も備えている。

3月当初は感染者数が100人前後だったシンガポールでは、その後感染が急拡大し、6月14日時点で4万604人に増加。そのうち9割超が、建設業や家事労働に低賃金で携わる外国人労働者だった。いびつな社会構造が感染状況に反映した典型例とも言え、政府も外国人労働者が密集して暮らす寮の衛生対策を強化する方針を示さざるを得なくなった。

日本では、仮放免の外国人を含め非正規滞在者に対するセーフティネットはほとんどない。就労は禁止されるが、生活のために建設や解体、農業など、日本人がやりたがらない人手不足の現場で働いているのが実情だ。

コロナ危機で仕事が激減し、彼らの困窮度は増したが、政府は全国民へ配布する特別定額給付金(10万円)の対象から除外している。

トルコ出身のクルド人で、仮放免の男性(31)は、

「月収が25~30万円から10万円に減った」

と肩を落とす。家賃や光熱水費、携帯代として月に最低12万円は必要で、日本に住む兄弟からの借金に頼り始めたという。子どもが3人おり、長男が小学校に通い始めたため、さらにおカネがかかると頭を抱える。

「保険に入れないので、診察費は高すぎて、感染したらどうすればよいのか分かりません」

一方、欧州では、コロナ危機を契機に非正規滞在者に在留資格を付与し、その滞在を一斉に正規化しようとする動きが出始めている。

先鞭を付けたのはポルトガル政府だった。「社会党」のコスタ政権は3月下旬、在留資格を求める全ての非正規滞在者に、一時的な滞在許可を出すと発表した。内務省報道官は『ロイター通信』に、

「どんな人であっても、健康や公的サービスへの権利を奪われるべきではない」

「緊急事態にあっては移住者の権利も保障されなければならない」

どのような未来像を描くか

この動きが波及したのがイタリアだ。コンテ政権は5月中旬、一部の非正規滞在者の正規化を発表した。対象は農林水産業や介護、家事労働で働く非正規滞在者で、対象は10~30万人。滞在の正規化で病院を受診しやすくし、脆弱な外国人労働者から感染が拡大するという公衆衛生上の懸念を払拭する狙いもある。

フランスでは、政府は非正規滞在者の一斉正規化に難色を示すが、上下両院の超党派議員104人(全議員数は925人)が4月12日、ポルトガル政府に倣い、非正規滞在者の正規化を求める公開書簡をエドゥアール・フィリップ首相に提出した。

仏紙『ラクロワ』は5月4日、「不可視だが必要不可欠なサンパピエ(非正規滞在者)」と題した記事を掲載し、外出制限下でフランス人が自宅に籠もる中、ゴミ収集に従事したマリ出身の非正規滞在者を特集した。非正規滞在者の正規化で社会の連帯を求める声は広がりつつある。

『サピエンス全史』で著名なイスラエルの歴史学者ユヴァル・ノア・ハラリ氏は3月20日、英紙『フィナンシャル・タイムズ』への寄稿で、こう訴えた。

「この危機は自国第一主義とグローバルな連帯のどちらを選択するのかを問いかけている」

「連帯を選べば、新型コロナウイルスだけでなく、将来出現する全てのウイルスを克服し、21世紀に人類を混乱に陥れる危機に対しても打ち勝つことができるだろう」

グローバルな連帯の前提は、各国社会内部での連帯でもある。コロナ危機で社会変容を迫られる中、各国政府の非正規滞在者への対応は、その社会が今後どのような未来像を描くかの試金石とも言える。

分断か連帯か――。コロナ危機が各国政府、社会に投げ掛ける問いは、最終的に昨今の重要テーマとなったこの問題に収斂されていくようだ。

平野雄吾 1981年東京都生まれ。一橋大学大学院経済学研究科修了後、2006年共同通信記者。前橋支局、福島支局、外信部、カイロ支局などを経て、2017年8月から特別報道室で在日外国人をめぐる諸問題を取材。2019年2月から外信部所属。共著に『労働再審②越境する労働と〈移民〉』『東日本大震災復興への道―神戸からの提言  震災復興・原発震災提言シリーズ1』など。

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(2020年6月22日フォーサイトより転載)

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