新型コロナウイルスの感染拡大は、世界の8割の労働者に打撃を与えていると言われ、その補償をどうするのか、各国の対応に注目が集まっている。
なかでもドイツは、欧米諸国において、いち早く手厚い補償を開始したことが日本でも報じられ、モニカ・グリュッタース文化相の「芸術は生存に不可欠なもの」という言葉とともに発表されたフリーランス含むアーティストへの補償が話題を呼んだ。
ベルリン在住の日本人映像ディレクター、細井洋介さんもベルリン州のフリーランス支援を申請した1人だ。
その支援の内容や申請方法、条件はどうなっているのかなど、詳しく聞かせてもらった。
補償のおかげで悲観的にならずにすんでいる
細井さんは、WOWOWで放送されているパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ『WHO I AM』などを手掛ける映像ディレクターだ。ドイツ在住4年目で、ベルリンを拠点に世界中のパラアスリートを取材・撮影してきた。
今年の東京パラリンピックに向けても多くの撮影を予定していたが、新型コロナウイルスの影響と東京五輪の延期で全てキャンセルとなり、今は仕事がほとんどない状況だと言う。
ベルリンでは3月22日からロックダウンが実施され、外出などが制限されている。バーやナイトクラブ、美術館、スポーツジムやダンススタジオ、映画館などのレジャー施設は営業休止、街に出歩く時は、家族を除いて2名以下に制限され、罰則もある。
日用品の購入のための外出は認められており、公園などで最低限の運動をすることも認められている。ベルリンには東京の代々木公園のような大きな公園がたくさんあるそうで、多くの人々はソーシャルディスタンスを守りながら、公園などに出かけているようだ。
「公園には普段の日曜日と同じくらいの人がいますが、ベルリンの公園は広いので、外出は2人までというルールを守っていれば密着するような環境にはなりません。
食料品を売っているお店のレジには飛沫が飛ばないように透明のアクリル板の仕切りがあり、レジの列にも距離をとるように床にシールがはられています。
ドイツ人は比較的規則をきちんと守る国民性なので、多くの人は今のルールに従って生活している印象です」
緊急事態宣言が出された今の日本以上に、ベルリンの街は人影が少なくなり、休業を余儀なくされた人も多いが、細井さんからはやや意外な言葉が飛び出した。
「僕も仕事が全て流れてしまい、時間が出来たので、身体を動かしたり、興味があることを勉強したり…コロナが収束した後のこれから先のために、自己投資しているところです。
仕事再開の目処はまだ立っていませんが、ドイツ政府のサポートが迅速でしっかりしているので、今のところはあまり悲観的にはなっていません」
細井さんが、「おかげでパニックにならずに済んだ」という政府による生活補償とは、具体的にどのようなものなのだろう。
減収を証明する書類なしに助成金の申請が可能
世界中が新型コロナウイルスの対策で外出規制を余儀なくされ、どの国でも多数の人々が経済的ダメージを負っているが、もちろんドイツも例外ではない。
ドイツ政府はロックダウン翌日の3月23日には、総額500億ユーロ(約6兆円)の中小企業支援策を発表。従業員5人までの企業や個人事業主には最大9000ユーロ(約106万円)、10人までの企業には1万5000ユーロ(約176万円)が支給される。
ベルリン州ではフリーランス向けの助成が行われ、個人のフリーランスにも5000ユーロ(約59万円)の助成金が用意された。
細井さんもこの助成をすぐに申請。申請はすべてオンライン、驚くほど簡便な入力システムで、申請から中2日で5000ユーロが振り込まれた。
「僕が申請したのはベルリン州が用意したフリーランス向けの助成金です。Investitionsbank Berlin(ベルリン投資銀行)の公式サイトから申し込むのですが、入力するのは「名前」と「住所」と「税金番号」ぐらいの簡単なもので、実績や収入の減少を証明する書類も必要ありませんでした。
最初は申込みが殺到してサーバダウンしたりしていましたが、整理券を発行するシステムになり、自分の順番がきたらメールで知らせてくれました」
細井さんはフリーランスビザで滞在しており、ドイツ国籍は保持していないが、ドイツ人と同じように問題なく助成金を手にすることができたそうだ。
日本では休業のための雇用調整助成金に2カ月かかるとされていたが、手続きを簡素化することで1カ月へと短縮されると発表された。
中小企業・個人事業主向けの現金給付も最短7日、平均14日程度での支給を目指すという報道もあり、ここにきてスピード感の重要さがようやく認識され始めているようだ。
依然として収入が減少したことを証明する必要はあるようだが、ドイツのスピード感と、なるべく多くの人に資金を提供する姿勢は見習うべきものがありそうだ。
ベルリンの物価なら3、4カ月は生活可能
では実際に、5000ユーロ(約59万円)の助成金はベルリンの物価では、どの程度の生活の助けになるのだろうか。
「ベルリンはニューヨークやロンドンほど物価は高くないので、大人1人なら概ね3、4カ月は平均的な生活ができると思います。節約すれば、1カ月1000ユーロで暮らすことも不可能ではないと思います」
いざという時のために、数カ月分の生活費が手元にあることは、大きな心の余裕を生んでいる。
不安が少なければ少ないほど、パニックも買い占めも起きにくく、デマに惑わされる心配も少なくなる。対象を安易に狭めない広い補償制度が緊急事態においても社会を安定させる要因にもなっているようだ。
文化が生活に根ざしている
モニカ・グリュッタース文化相はアーティスト支援策を表明した際「アーティストは今、生命維持に必要不可欠な存在」だと発言したことが日本の美術界でも話題になった。それだけ文化が社会に根付いているという証左だ。
細井さんは、ベルリンでは普段から人々が文化活動を享受できる余裕のある生活をおくっていることが、文化に対する深い理解につながっているのではないかと感じている。
「ドイツの人は、残業せずに仕事をきっちり終えますし、決められた時間以降にメールしてはいけない規定のある会社もあるくらいです。みんな決まった時間にしっかり仕事して、休む時は休み、遊ぶ時は遊ぶんです。
僕自身、日本にいた頃よりに比べて仕事量は半分くらいになっていますけど、きちんと生活できるようになりましたし、時間に余裕もできたので、趣味のサークルに費やすこともできるようになりました」
現在のコロナ禍は、改めてそれぞれの国が抱えた問題を浮き彫りにしている。
日本で文化支援が少ないのはなぜなのか、いざという時に迅速な補償が決まらないのはなぜなのか、手続きが煩雑になりがちなのはなぜなのか、改めて日本社会に生きる我々がどのように課題と向き合うのかが問われている。