3月5日、自殺対策を推進する議員の会が、新型コロナウイルス感染症の影響による自殺防止策の強化を求める要望書をまとめ、政府に提出をしました。今、新型コロナウイルスが自殺の問題にどう影響するおそれがあるのか。そして自ら命を絶とうとするまでに追い詰められてしまった自殺未遂者に対して、どのようなサポートが必要なのか。要望書の作成にも関わった、NPO法人ライフリンク代表、清水康之さんに伺います。
社会経済状況が、はっきりと影響を及ぼす
安田:新型コロナウイルスの感染が拡大していく中で、自殺の問題にどんな影響を及ぼす恐れがあるのでしょうか?
清水:二つの意味で大きな影響を与えうると思っています。一つは、そもそも日常を過ごしていくことに不安を感じている人たちが、連日報道される新型コロナウイルス感染症のニュースに心を揺さぶられて、将来に対する、より強い恐れを抱き、自殺リスクが高まりかねないということです。
もう一つ、より多くの人に影響を与えかねないこととしては、経済や仕事の問題の連鎖から高まるリスクです。新型コロナウイルス感染症は健康問題ですが、その対策として、人の移動が物理的に行われなくなってきています。そうすると当然、経済の問題、仕事の問題につながっていき、収入が絶たれたり仕事を失ったりという暮らしの問題、家族の問題にもなりかねません。そうした悩みや課題が複合的に絡まっていく中で、心の問題、自殺のリスクが高まる恐れがあります。
安田:精神面でも、生活面、経済面でも、多方向から追い詰められてしまう可能性がある、ということですよね。ライフリンクとしてこれまで、様々な政策提言をされてきたと思いますが、経済の落ち込みや大きな社会不安があったとき、これまでどんな影響を自殺問題に及ぼしてきましたか?
清水:実は、はっきりとした影響が見受けられます。日本の自殺者数は、1997年まではおよそ2万人台の前半で推移していました。これが98年、一気に8千人以上増加して、3万人を超えたんです。98年度の前年、つまり97年の秋に、北海道拓殖銀行や三洋証券が経営破綻に陥って、山一証券が自主廃業に追いやられました。その決算期にあたる98年3月に、日銀の単価が急激に悪化して倒産件数が跳ね上がり、完全失業率が当時としては最も高い4%台となりました。そうした社会経済状況の悪化に引きずられるようにして、日本の自殺は急増に転じました。
こうして日本の自殺の問題の背景には、社会経済的な問題が非常に深く関わっているということがすでに分かっています。今回も、経済の問題が人の命の問題に直撃することがないよう、万全の策を講じていく必要があります。
安田:経済がガラガラと崩れ落ちる煽りを、どんな人がどんな状況で受けがちなのか、分析したからには教訓を活かさなければ、ということですよね。
新型コロナウイルス感染拡大と、高まる自殺のリスク
安田:清水さんも作成に関わった、新型コロナウイルス感染症の影響による自殺防止策の強化を求める要望書、どういった内容だったのでしょうか?
清水:これを取りまとめたのは超党派の、自殺対策を推進する議員の会で、私はそのアドバイザーを務めています。その議員の方たちと議論しながら取りまとめました。
ポイントの一つは、今政府が打ち出している様々な緊急対策と、自殺対策のしっかりとした連携を図っていくことです。「自殺対策」=「生きることの包括的な支援」だということが自殺対策基本法にも書かれていますが、単に健康や感染症への対策、あるいは経済的な対策だけでなく、命をしっかりと包括的に守っていくというメッセージを、政府がしっかり打ち出すべきだということです。
自殺の背景には複合的な問題があります。実態調査から、自殺で亡くなった人は平均して4つの悩み、課題を抱えていたということが分かっています。人の自殺を防ぐためには、4つの組織、4つの分野の人たちが連携をして支援に当たらなければならない、ということになります。だからこそ、それを包括的にやっていく必要があるのだというメッセージを伝えることが重要になってきます。
安田:複数の要因が絡みあっているということを前提にした対策、ということですね。そのためには相談事業や窓口の周知も必要になりますよね。
清水:今、制度が緊急的に立ち上げられたり、これまでの制度を拡大して適用しようとする動きもありますが、制度ができても実際に住民の方たちが知らなければ、使えないわけですよね。制度と、その悩みや課題を抱える当事者との溝をしっかりと埋めていかなければなりません。
例えば好みの飲食店やそこまでの行き方が、いくつかの条件を当てはめてネットで検索するとすぐ出てきますよね。それと同じように、一生懸命探さなければ、今政府が打ち出している情報にたどり着けないということではなく、自分がどういう立場でどういう問題を抱えているのか、どこに住んでいるのか、といったことを打ち込んでいけば、それに合った適切な、最新の支援策の情報が得られるような、検索の仕組みを打ち立てる、ということも一つ考えられます。
同時に、相談を受ける側の自治体や民間団体の人たちが、最新の制度を入手して理解出来るようなバックアップを、政府はしっかりやっていく必要があります。制度を作って終わりではなく、それをどう手渡していくか、ということです。
安田:要望書には他にも、児童・生徒等への自殺対策の強化などが挙げられています。例えば子どもたちが学校に行けない、外出できないとなると、家庭内での虐待が益々深刻化するのではということも懸念されています。一方で、学校に居場所が見いだせない子どもたちもいるので、長期の休み明けには自殺のリスクが高まることが指摘されてきました。一斉休校が終わり、登校となったときにも同様のリスクがありますよね。
清水:実際に過去40年分の統計を集計したところ、児童・生徒の自殺、未成年の自殺においては、夏休み明けの9月1日が一年の中で一番自殺が多いことが分かっています。今回は、期せずして春休みと、一斉休校が重なっての長期休みになっているので、夏休み明けと同じくらい、もしくはそれ以上にリスクがあるかもしれない、という心構えが必要かもしれません。
学校が再開される時にどうサポートすればいいのかを、教育関係者だけではなく、心理や精神の専門家や、福祉の専門家が予めチームを地域で組んで、対応を取っていく必要があると思います。
財務省、赤木俊夫さんの遺書の報道は「ガイドライン」に反しているのか
安田:子どもたちだけではなく、外出の自粛要請で家にいて、ドラマを観たり動画配信サービスを利用したりする方も増えていると思います。今年の1月、WHO(世界保健機関)が映画やテレビの制作者向けに自殺予防の指針を公開しています。映像作品が生きづらさを感じている方々に及ぼす影響が、それだけ大きいということでしょうか。
清水:テレビなどは情動に訴えるメディアなので、例えばドラマで思い入れを持っていたキャラクターが自殺で亡くなった、あるいは何か困難に直面した人が自殺で亡くなっていく、という場面があると、「困難を回避するための一つの手段」として自殺があるんだというメッセージにもなりかねません。
安田:追体験になりかねない、ということですよね。
清水:特に若い人たちがそういう影響を受けやすいことが様々な研究から分かっているので、少なくともそうしたリスクを報道関係者、メディア関係者は理解をした上で、それでも表現の自由に基づいて表現すべき内容なのかを吟味する必要があります。表現の自由の問題と、自殺を考えている人の背中を押しかねないということと、そのバランスの中でメディア関係者は葛藤して選択をしていくことが必要です。ただ今は、ほとんどのメディアがそうしたガイドラインの存在も知らず、各社でガイドラインを作ってすらいないのが現状です。
安田:まさに今日(3月18日)発売の週刊文春に掲載された記事についても伺いたいと思います。森友学園の国有地売却問題と公文書改ざんを巡って、財務省近畿財務局の職員だった赤木俊夫さんが自殺に追い込まれました。その赤木さんの手記が、週刊文春に公表されています。この事件自体は、検証とさらなる報道が必要だと私自身も思っています。一方でこうした自殺報道に動揺されている方、心理的に影響を受けている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
清水:WHOは、報道に関わる人たちに向けて「自殺報道のガイドライン」も公表しています。その中には、遺書を報道しない、センセーショナルな形で報道しない、あるいは、報道する際には様々な支援策、支援機関の窓口の情報を一緒に報道すべきだ、といった、避けるべきこと、すべきことを提示しています。そのガイドラインに単純に沿えば、今回の週刊文春の報道はガイドラインに反しているということになります。
ただ、遺書を報道すべきではない、というのは基本的な原則です。その遺書が何らかの社会的意味を持っているのであれば、報道すべきという判断も当然あります。私もライフリンクを立ち上げるまで、テレビディレクターの仕事をしていましたが、遺書の取材をしたことがあります。それは自殺で亡くなる人たちが一体、最後にどんな思いだったかを知ることが、社会にとって必要だと思ったからです。
単純にガイドラインに沿うのではなく、それを踏まえた上で、伝える側が葛藤して、報道するか、しないかを決めていく必要があると思います。
自殺者数は“減っている”のか? 増え続ける若年層の自殺
安田:昨日3月17日、厚生労働省と警察庁が発表した2019年の自殺者数は、1978年の統計開始以来、最も少ない20,169人、10年連続で減少となっています。ただ、年代別で見ると、若年層、特に未成年の自殺だけが増えています。
清水:統計的には「10年連続で減っている」といわれますが、減っているというのは、あくまでも年間ベースでの話です。例えば失業者数が減るとなれば、本当に失業状態にある人が減るわけです。自殺者数が本当に減ったといえるためには、亡くなった人が生き返ってくる必要があります。でも、亡くなった人は生き返るわけではありません。年間の自殺者数を指して「減った」というのは、あくまでも自殺者数が増えるペースが少し遅くなった、ということに過ぎないのです。毎日取り返しのつかないことが起き続けている、毎日平均すると55人が自殺で亡くなり続けているというのが日本社会の現状です。
未だに非常事態が続いているという認識を持つ必要があると思いますし、とりわけ未成年、あるいは児童・生徒の自殺が増え続けているのは深刻です。「自殺したい」というよりも、「生きるのを止めたい」と訴える若者たちが多いように思います。こうした人たちは、経済的な問題などを取り除けば必ずしも生きていけるわけではなく、そもそも生きる気力が削がれてしまっている。その部分への対策が非常に重要だろうと思います。
安田:若い世代に「生きる意味がない」と思わせないような社会を作っていくことも欠かせないと思います。もう一つ伺いたいのが、自殺未遂者への支援です。例えば自殺未遂をして医療機関に運ばれた方々が、医療的な処置は受けられても、そこから包括的な支援に中々つながってこなかった、という問題も指摘をされてきました。
清水:日本財団が2016年に行ったネットでの調査では、過去1年以内に自殺行動に至った、自殺未遂を経験した人というのは、推計で53万人いるんです。一般的にも自殺で亡くなる人の10倍から20倍は未遂者がいるといわれているので、53万人というのは決して現実から離れた人数ではないと私も受け止めています。その中で、実際に搬送に至る人たちが年間5万人~7万人ほどいます。かなり致死性の高い手段で自殺行動に至って、搬送が必要と判断された人がそれだけいるわけです。
ただ、そうした自殺行為に及んだ本人からすれば、「死ねなかった」という“失敗”なんですよね。例えば死のうとしてビルから飛び降りて足を骨折した人が、足の治療をして家に帰されたらどうなるか。「次は失敗しまい」と、より致死性の高い手段で自殺行為に及んでしまうかもしれない。そうした身体的な治療をするのはもちろん、そもそもなぜ、その人がそうした行為に及ばざるをえなかったか、背景にどういう悩みや課題があるのか、身体的な治療と、その後の精神的な治療、そして具体的な課題の解決につなげていく包括的な支援が必要です。
それは病院の救急部門だけではできません。精神の部門と連携をして、搬送されてきた自殺未遂者の支援に当たらなければなりません。もっといえば、借金の問題、生活苦の問題、あるいは家族間の不和の問題となると、医療だけでは解決できません。自治体と医療との連携が必要です。東京の荒川区では、区民が自殺行動に至って病院に搬送されると、ご本人の了解を得た上で、入院中に保健師さんが訪ねて行って、どういう悩み、課題を抱えているのかを聞き取ります。それに基づいて、地域でどういった支援が可能か、様々な機関と連携をして、退院する前から、ご本人が戻っていく生活環境の課題の解決まで結びつけていきます。これが非常に効果を上げています。
安田:最後に、今、生きづらいと感じている方へ、清水さんはどんなメッセージを伝えますか?
清水:今、厚生労働省のホームページにも、電話やSNSの相談機関が掲載されているので、是非そうした窓口を活用して頂きたいです。そして今、この社会で生きづらさを感じるというのは、決して不自然なことではありません。むしろ私も生きづらさを感じるぐらいの社会になっています。ただ、そうした中でも、何とか一緒に同じ時代を生きていきましょう、と呼びかけたいと思います。
安田:以前ライフリンクでも、「弱かったのは、個人ではなく、支える力でした」 という言葉を掲げていたと思います。個人を切り捨てるのではなくって、そこまで追い詰めてしまう社会の構造を変える、という視点を、改めて確認し合いたいと思います。
(聞き手:安田菜津紀/2020年3月18日)
(インタビュー書き起こし:永瀬恵民子)
※この記事はJ-WAVE「JAM THE WORLD」2020年3月18日放送「UP CLOSE」のコーナーを元にしています。
(2020年4月7日のDialogue for People掲載記事「新型コロナウイルス感染拡大、自殺問題へ及ぼす影響は ―NPO法人ライフリンク代表、清水康之さんインタビュー」から転載)