他人に恋愛的/性的に惹かれることがない━━。
昨今は「LGBT」という言葉の認知度は高まりつつあるが、同性愛者や両性愛者、トランスジェンダー以外の性のあり方はなかなか知られていない。
そのひとつに「アロマンティック/アセクシュアル」という概念がある。
これは「ロマンティック(恋愛的な)」の頭に打ち消しの意味を持つ「A」がつく「アロマンティック=他者に恋愛的に惹かれない」、また「セクシュアル(性的な)」に同様のAがつく「アセクシュアル =他者に性的に惹かれない」を表す言葉だ。
アロマンティック/アセクシュアルなどの当事者に関する調査は非常に少ないが、昨年、大阪市で行われたLGBTに関する調査では、回答者のうちL・G・B・Tの割合が2.7%だったのに対して、アセクシュアルは0.8%だった。
当事者の実態は依然として知られておらず、「誰もが他者に対して恋愛や性的に惹かれる」ということが前提となっている社会では、生きづらさを感じている人もいる。
こうしたアロマンティック/アセクシュアルなどの研究や啓発活動を行う三宅大二郎さんらが1日、当事者1685人を対象に行った調査結果の速報値を公表した。
誰もが恋愛や性的に惹かれるわけではない
調査は「アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム調査2020」と名付けられている。アロマンティック/アセクシュアルと一言でいっても、実は用語の定義が人によってことなる場合があるからだ。
さらに、恋愛的な指向や性的な指向は、その“度合い”などによっても異なるアイデンティティを自認する人もいる。
例えば、デミセクシュアル/デミロマンティック(他者と情緒的な繋がりがある場合のみ、恋愛的/性的に惹かれる)といった性のあり方もあり、今回の調査では、便宜的にこれらの言葉を以下の図のように定義し調査を行った。
調査では、他者と「付き合いたい・独占したい」などの「恋愛的に惹かれること」と、「性行為をしたいと思う」などの「性的に惹かれること」を分けて質問をした。すると、回答者のうち、自身を「アロマンティック」と自認する人の割合が約半数、「アセクシュアル」と自認している人は約6割に上った。
組み合わせを見てみると、「アロマンティック・アセクシュアル =他者に恋愛的にも性的にも惹かれない人」が約4割で最も多く、「ロマンティック・アセクシュアル =他者に恋愛的には惹かれるが、性的には惹かれない人」がこれに次いで約1割だった。
そもそも性欲がない?
特にアセクシュアルは「そもそも性欲がないと思われることが多い」という三宅さん。今回の調査結果を見てみると、アセクシュアル当事者の約6割が「性欲がある」と回答。その一方で、「他者と性行為をしようと思うことがあるか」を聞くと、約9割が「ない・あまりない」と回答した。
アロマンティック/アセクシュアルなどの当事者は、他者から恋愛感情を向けられることや性的な目で見られることに嫌悪感を覚えることもある。
調査では、アロマンティック当事者の約6割が「キスをする行為」に、アセクシュアル当事者の約8割が「性的な誘いを受けること」に嫌悪感を抱くと答えた。
三宅さんは「一方で、回答者の1~3割が『どれにも嫌悪感を覚えない』と答えており、必ずしも全ての当事者が特定の行為に嫌悪感を覚えるわけではありません」と話す。
アロマンティック/アセクシュアルなどの当事者のなかには、恋愛関係も性的関係もないパートナーやグループを望む人もいる。
調査回答を見てみると、当事者の約半数が「一人(のパートナー)を望む」と回答、約1割が「グループを望む」と回答した。
また、調査では、恋愛や性的”ではない”「愛情」を誰に感じるかを尋ねており、回答者の約7割が「友人」や「家族」に感じると回答した。
この結果について三宅さんは、「アロマンティック/アセクシュアルなどの当事者は、よく『愛情がない』『感情がない』など『冷たい人』だと言われてしまうことがあります。もちろん当事者もいわゆる”愛情”はあるということが調査からもわかりますが、ただ、もちろん『愛情を感じる対象はない』と答えた約6%の人を否定することがあってはいけないと思います」
約6割が「生きることに不安」
アロマンティック/アセクシュアルなどの当事者の抱える困難はまだまだ知られていない。
調査では、回答者の約6割が「生きることに不安を感じる・やや感じる」と答えている。経験した困りごとの割合を見てみると、「パートナー関係」や「パートナー探し」などでの困難が約3割、「不快な質問」による困難が約3割にのぼった。
具体的には、アロマンティック/アセクシュアルであることを伝えた人から「運命の相手に出会えば変わるよ」「人間じゃない、人の心がない」などと言われてしまったというものや、パートナーから「性的な関係をもちたくないということなら、愛してないってことだよ」と言われた、または「病気だ」と言われ治療を勧められた、という声もあった。
他にも、「友達だと思っていた異性からアプローチを拒否したら罵倒・差別された」という声や、アセクシュアルであることを理由に交際を断ったところ「無理やり抱きつかれるなどの身体的な暴力を受けた」というケースもあった。
「学校生活で恋愛や結婚の話についていけず、肩身が狭い思いをした」「職場で子どもを産んだ方が良いと言われて、婚活をしていないことを批判された」などは、アロマンティック/アセクシュアルを自認する人に限らずハラスメントに該当する共通課題だろう。
特にアロマンティック/アセクシュアルの当事者の声に特有のものとして「死ぬときにしか(アロマンティック/アセクシュアルであることを)証明できないのではないかと悩み続けた」という声があった。
家族から「(アロマンティック/アセクシュアルだと)決めつけないで、もしかしたら良い人に出会うかもしれない」と言われたというケースなど、恋愛や性的な関心を持つことを前提に、”いつかその時がくる”と諭されることもある。これは、当事者に対して「恋愛や性的な関心を持てない自分はおかしい」といったスティグマ(負の烙印)を押し付け、孤独や不安につながってしまう可能性がある。
そうした恋愛や性的な関心を持つことが”あたりまえ”とされる社会では、当事者は「自分が恋愛や性的に他者に惹かれないということは、死ぬときにしか証明できない」「誰も自分のことをわかってくれないのではないか」と感じてしまうのでないだろうか。
「草食系」や「最近の若い人は」という言葉に注意
三宅さんは、今回の調査が「アロマンティック/アセクシュアルなどの当事者の“可視化”に繋がることを期待している」と話す。
「恋愛的、性的に他者に惹かれない人がいるということをまず知ってほしいと思います。その上で、例えば恋愛話や性的な話というのは“誰もが共感する人類共通の話題”ではないという点や、誰にも惹かれないということは『感情がない』ということではないことを知ってほしい」と語る。
他にも気をつけたい点として、「最近の若い人は性欲がない」とか「草食系」といった言葉にも注意が必要だと三宅さんは指摘する。
「恋愛が“できない”、性行為が“できない”という表現もありますが、そもそもできることを前提とし、それ以外をネガティブに表現することには注意が必要です」
「私の場合は」という視点で考える
例えばLGBTなどの観点からは、異性愛を前提とした「彼氏/彼女いるの?」といった声がけに対して「付き合っている人」などのニュートラルな言葉に言い換えることで、同性愛等の当事者は答えやすい場合がある。
一方で、この声がけはそもそも相手が「恋愛や性的な関心を持つ」ことを前提としてしまっていることの注意が抜け落ちている。
三宅さんは「職場のセクハラやパワハラ防止の観点で、こうした恋愛や性愛に関する話がハラスメントに繋がらないよう対策を徹底してほしい」と話す。
また、教育や医療、心理的援助、福祉の領域でも、まだまだ「誰もが恋愛や性的に他者に惹かれる」ということを前提とされてしまっていることが多いため、「専門領域の方々への研修も進んでほしい」と指摘する。
性的マイノリティに関する話は、例えば同性愛やトランスジェンダーに対しても、非当事者からは「自分とは違う遠い話」だと思われることが多い。同じくアロマンティック/アセクシュアルなどについても同様であろう。
しかし、性的“マジョリティ”の人であっても、異性にどれくらい恋愛や性的に惹かれるかという度合いはさまざまだろう。
三宅さんは「アロマンティック/アセクシュアルと呼ばれる人たちが“いる”ということを知ってもらうだけでなく、これを切り口に“私はどうだろう”という視点で、自分自身についてより深く考えてみてほしい」と話す。
「調査ではアロマンティック/アセクシュアルなどの人たちの傾向を見てきましたが、実際にはその中も多様であることがわかっています。こうした人たちの中には、生きる上で困難を抱えている人もいるので、社会の環境が改善され、支援が広がるといいなと思います」
「アロマンティック/アセクシュアル・スペクトラム調査2020」のオンライン概要報告会のアーカイブ映像はこちら。調査結果の詳細については、こちらのWEBサイトへ。
(2020年11月1日の松岡宗嗣さんのYahoo!個人掲載記事「『他者に恋愛的/性的に惹かれない』アロマンティック/アセクシュアル約1700人対象の調査結果が公表」より転載)