約7年8カ月の安倍政権が幕を閉じようとしています。果たして安倍政権が掲げた「女性活躍推進」はどこまで実現されてきたでしょうか。安倍首相の後任を選ぶ自民党総裁選挙が9月14日に控え、野党の合流新党の代表選は10日、枝野幸男氏が選ばれるなど、今後の政治の動きにも注目が集まっています。ジェンダーと政治が専門である、上智大学法学部教授、三浦まりさんと、各候補者の政策を「女性活躍」という視点で読み解きました。
変わらない男性中心の働き方
―安倍総理が掲げてきた中でも「女性活躍推進」は看板政策のひとつでした。どんな中身だったのでしょうか?
「女性活躍」とされる前は、「女性活用」という語感の悪い言葉が使われていました。ただ、言葉が置き換わっても中身は同じです。経済成長のために、女性を活躍“させる”、という政策です。成長戦略のひとつですから、男女の就業率の格差を縮小させることに力点が置かれていました。実際に女性の就業率はこの間、飛躍的に上昇し、男女格差も随分となくなってきています。ただ、女性の就業率の多くは非正規雇用です。賃金格差ということで見ると、そこまで大きく格差は解消されていません。
―管理職など、意思決定の場における女性の数はどう変化してきたのでしょうか?
上場企業の役員に女性を入れるように首相自ら経団連に要請したことは評価できると思うのですが、実際には管理職における女性の割合はあまり増えていないんですね。2015年には「女性活躍推進法」が成立しましたが、その後2016~18年まで、管理職の女性の率は停滞してしまっているんです。2019年には若干増え、14.8%となりました。細かく見ると係長級は18.9%、課長級は11.4%、部長級は6.9%. 上場企業の役員は5.2%です。
法律が制定されたり、首相がリーダーシップをとろうとしていたにも関わらず、あらゆる分野の意思決定に女性を増やすという意味では、実現できていないのが現状です。
―状況が変わらない要因は、どういったことが考えられるのでしょうか?
壁となっているもののひとつは、働き方ですね。男性中心の雇用慣行がいまだ根強く残っています。男性的な働き方を強いられるような環境があると、なかなか女性は継続して働き続けることができませんし、管理職になりたいというモチベーションも削がれてしまいます。男性中心の働き方全体を見直していく必要があります。もちろん、残業の減少など前に進んでいる面もあるのですが、もっとスピード感が必要なのではないかと思います。
政治分野における遅れ
―2年前の5月に「政治分野における男女共同参画推進法」が成立しましたが、女性議員の数、変化はあったのでしょうか?
人数は増えてはいるものの、あくまでも微増、というのが実態です。国会議員全体に占める女性の割合は、衆議院で9.9%、参議院で22.9%です。考えるべきポイントは「平均値」ではありません。議員や立候補者における女性の割合は、かなり努力をしている政党と、もっと努力をしなければならない党で分かれています。この法律の重要な点は、政党の取り組みが見えるようになり、私たち有権者がそれぞれの党の頑張り具合を比較しながら、投票のときの参考にしていく、ということです。
この法律は女性議員の割合を義務化するような法律ではなく、各政党がもっと女性を増やそうとする努力を促すものです。私たちがどれだけ政党の状況に注目していくかによって、この法律の効果が変わってくると思います。
―2019年の参院選でも、各政党の候補者における女性の割合には開きがありました。
特に、与党は変わりにくいんです。これはイデオロギーの問題だけではなく、現職の議員をたくさん抱えている政党は、中々新人が出られず変わりにくいからです。一方、野党は与党にチャレンジする立場ですから、新しい人を立てます。こうして野党が女性候補者を多く擁立し、女性候補者が勝ち進むと、与党に対して「女性を増やさないと議席が守れない」というプレッシャーとなります。今後そういったダイナミズムが生まれるかどうかが重要です。前回の参院選では、女性候補者が善戦しました。そうした傾向が衆議院にいい形で跳ね返っていけば、と思っています。
―安倍政権では、女性閣僚が一時5人いましたが、その後どんどん人数が減ってしまいました。
とても残念です。小泉政権の時と並んで、女性閣僚5人というのは史上最多だったのですが、それが1人になってしまったこともあり、今は辛うじて3人です。閣僚や、党の重要な役職に女性がいるということは、メディアで取り上げられることも多くなります。見える場所に女性がいることで、有権者に対しては「多様性を意識している」というメッセージになりますし、次世代の女性たちは「自分もそういう地位につけるんだ」と思えることになります。
先送りになる「女性活躍」
―世界経済フォーラムが昨年12月に発表した、2019年の各国の男女格差、ジェンダーギャップの報告書では、日本は前の年から順位を下げて153カ国中121位で過去最低。特に政治分野では144位という結果でした。
ジェンダーギャップの測り方は様々ありますが、世界経済フォーラムでは、リーダーの立場に女性がどれくらいいるのかが大きく反映されます。日本はリーダーの立場に女性が少ない、特に政治の分野に少ないということで順位を落としています。衆議院の女性比率だけで比べると、世界165位という状況です。
他の国がどんどん女性の比率を伸ばしている中で、次の衆院選で現状が変わらないままですと、170位台になってもおかしくありません。それくらい世界はハイスピードで変わっていますから、一刻も早く各政党が具体的な措置をとすることを望みます。
―安倍政権は、2020年までに指導的地位に占める女性の割合を30パーセントにするという目標を掲げていましたが、結局、2030年まで先送りすることが決まっています。
大変残念ですね。こういうメッセージを政府が出すと、社会の取り組みを妨げることになります。安倍政権の「女性活躍」は実現できていないことも多々ありますが、長期政権で「看板」を掲げてきたことの意味は大きかったと思います。そのことによって、もっと女性が活躍しやすい社会をつくらなければならないという認識は広まりました。せっかく社会が変わろうとしている時に、こんな後ろ向きなことを政府が言うべきではないと思います。
―「女性活躍推進」に対して、「単に管理職に女性が増えればいいわけではない」、という声を耳にすることがあります。
「単に~」という政策はないんです。女性の地位、賃金格差、貧困、性暴力の問題など、そのどれもが互いに関連しているものです。だからこそ、始められるところから始めなければならないと思います。どれを切り口にしたとしても、それだけでいいということは全くありません。例えば、ハラスメントが横行している職場で、管理職の女性は増えてはいかないでしょう。そしてハラスメントを防ぐためには、性暴力全体が防止されるような仕組みが必要です。こうして、あらゆる場面における性差別が撤廃されていくには、様々な制度が連鎖的に変化を起こしていく必要があります。女性の管理職を増やす、ということはあくまでひとつの指標ですが、そこには様々な他の問題が表れるからこそ、注目する価値があるのです。
総裁選候補者、合流新党の方針は?
―総裁選や新政権など、今後の政治の動きをどのようにとらえていくべきでしょうか。
「女性活躍」という言葉を使っているかということ自体はもちろん、それがどのような文脈で使われているのか、というのがポイントです。現状を女性のせいにしたり、女性の頑張りが足りないんだという問題のとらえ方をするのではなく、活躍したくてもできない、その構造的な障壁を取り除くことに力点が置かれているかが、見極めの重要なポイントだと思います。
―菅さんの総裁選パンフレットには「長年の待機児童問題を終わらせて、安心して子どもを産み育てられる環境、女性が活躍できる環境を実現します」という一文がありますが、出馬会見では「女性活躍」に触れていません。
安倍政権と比べると「女性活躍」のかけ声は随分と後退した印象です。特に気になったのが、「自助・共助・公助」というスローガンで、これはとりわけ「自助」を強調するものだと思います。ケア責任を抱える人への公的支援が減らされるのではという懸念があります。自助、つまり自己責任でやれということは、例えば一斉休校のようなことが起きてしまうと、家庭への負担が増すことを意味するのではないでしょうか。ケアは基本的に女性が、家庭で、無償でやるものであると菅さんが思っているのであれば、ここに自助が加わると、女性にとっては全く活躍できない事態が生じます。女性活躍と矛盾していることを、気づいてほしいと思います。
―岸田さんの総裁選の政策パンフレットには「女性活躍」という言葉がありません。これについて政策発表の記者会見で質問された際、「政治の場を含め、女性のみなさんに活躍して頂くのは大変重要な課題」と答えています。
女性の皆さんに活躍して“いただく”、という言葉が引っかかります。上から目線で語るのかと大変がっかりしました。「これから私たちは活躍“させて”頂くのかしら?」と。
―岸田さんに関しては、自身のツイッターに投稿した食卓の写真が波紋を呼びました。
何かしらのイメージ戦略で出されているのだと思いますが、今の社会の空気感とはずいぶんと離れているのではないかと思いました。ご本人の価値観以上に、世の中の変化を感じて、「こういう写真を出すと誤ったメッセージにもつながるのでは」、と岸田さんに伝える人が周りにいらっしゃらないのか、多様な意見が反映されにくいチームなのではないか、という懸念を持ちました。
―石破さんの総裁選の政策には「女性が活躍できない仕組みや社会意識を是正します」「女性管理職や女性議員比率を向上させるとともにセクハラの撲滅に取り組みます」「女性の立場に立って出産、子育て等を全力で支援します(待機児童問題など託児サービスの不足の解消を含む)」といった文章が並んでいます。
3人の中では一番力が入っていました。特に「女性が活躍できない仕組みや社会意識を是正します」とあるのは評価できます。岸田さんのような「女性のみなさんに活躍して頂く」という、女性の労働力を使う、活躍できる人に活躍してもらう、という視点ではなく、女性が活躍できない現実を変える、社会の側に問題があるととられているのは重要なポイントです。セクハラに言及したのも、自民党総裁選という場面では今までになかったことだと思いますから、画期的ではないでしょうか。
―合流新党の代表選に出馬していた国民民主党の泉健太政調会長と立憲民主党の枝野幸男代表の政策はいかがでしたか?
もともとの立憲民主党も国民主党も、女性政策については積極的に取り組んでいましたから、合流新党になってもその流れは続くと期待しています。
枝野さんの政策を見ると「選択的夫婦別姓など多様な家族のあり方を認め、ジェンダー平等を推進」「世帯単位で組み立てられた仕組みを個人単位にする」とあり、踏み込んだ形で制度改正に言及していたのがとても重要な点です。
泉さんは女性政策について特に語っているようには見えませんでしたが、女性自治体議員とオンライン意見交換会をしています。当事者から声を聴くという姿勢は評価していいと思います。
(※その後、合流新党「執権民主党」では、代表、幹事長、政調会長、国対委員長、選対委員長が全員男性であることが発表されました。)
―「女性活躍」を進めていく上で、どんな取り組みや制度が今後必要なのでしょうか。
日本でこれだけジェンダーギャップ指数が低いのは、ジェンダー平等を進めるための基本的な法律が足りないことも要因です。女性差別禁止法やハラスメント禁止法、ジェンダー平等教育法などもありません。他国では20年間の間に、様々な法的整備を進めてジェンダー平等を支えてきています。日本では法的基盤を整える女性議員がいない、ということに問題が集約されるのではないかと思います。多くの国ではクオータ制(政治分野での男女平等を実現するために、候補者の一定比率を女性に割り当てる制度)を導入したり、数値目標を掲げたりして、女性議員を増やしてきました。政治が変わることによって、新しい法律を作ることになり、経済社会が変わるという波及効果があります。だからこそ、政治を変えていくということが重要なのです。
(聞き手:安田菜津紀 / 2020年9月9日)
(2020年9月12日のDialogue for People掲載記事「安倍政権や総裁選、合流新党の方針を「女性活躍」の視点から読み解く」から転載。)