普段友人と話している時には、言いたいことを言えるのだけれど、なぜか会社の会議になると、一言も話せなくなってしまう...そんな経験はないだろうか。
実は、私はそんな経験を社会人になってからずっと積み重ねて来た。
学生時代、友人や知人には100メートル先からでも声が聞こえるほどうるさいと言われていたくらいで、最近でも本業以外のパネルディスカッションで登壇をすると言いたいことが山ほどあって止まらないくらい喋ることが大好きだ。
しかし、ミーティングで私に出会っても、私のことをうるさい人と思う人は少ないはずだ。なぜなら、ほとんど言葉を発することがないからだ。言葉を発したとしても、自信がないような、今にも消えてしまうような声で発言をしているのだ。
この現象に気づき始めたのは社会人になってからだ。特に、日本で働き始めてから、クライアントと接する場面が多く、発言できないことに悩んでいた。社内でも、同僚と話すときは全く問題ないのに、なぜかクライアントとのミーティングや会食になると声が出なくなってしまう。言いたいこともたくさんあるし、発言したいこともあるのだけれど、しっかりした声が出てこない。くよくよしている間にミーティングは終わっていて、一言もしゃべれないまま、書記係としてメモをとって終わってしまう。
最初は、自分の知識不足が原因だと思っていた。というのも、私が代表理事を務める団体としてミーティングや会議に出席する時はしっかり発言ができて、本業になると発言ができないという経験から、「多様性やウーマンエンパワーメントに関する知識はあるが、人工知能やフィンテックに関しては同じほどの知識がない。だから、発言することができないのだ」と思っていた。
もちろん、知識不足も影響しているかもしれない。けれど、それだけでは納得できず、自分の行動を観察していくと、気づいたことがあった。それは、年配の男性と話している時に、特にこの現象が起きやすいことだった。
私が代表理事を務める団体は、ウーマンエンパワーメント関連の方々と話すことが多く、ミーティングをするのも基本的に女性が多数の場合が多い。そこでは、発言数が多い。一方で、金融業界やコンサルティングとなると、クライアントは男性で私より年配の方が多かった。
その時、私はステレオタイプ・スレッドと言われるものが影響して、発言できなかったのだということを知った。
ステレオタイプ・スレット(Stereotype Threat)とは何か。
これは、日本語でいうと固定観念に対する恐怖のことで、ある属性のネガティブなステレオタイプがあると、そのステレオタイプを自分の特性として合わせなければいけないとプレッシャーを強く感じるというものだ。
例えば私の場合、クライアントが男性で自分より年齢が高い人が多い時に、若い女性というマイノリティの属性を持っている。若い女性は、「経験のない小娘だ」というステレオタイプがあるからこそ、実際にそのステレオタイプの考え方に自分をはめ込んでしまい、「経験のない小娘」のように振る舞ってしまう。その振る舞いの一環として、「経験のない小娘」が何を言っても、聞いてくれないだろうと思い込み、発言をしないという行動を選択してしまう。これがステレオタイプ・スレットだ。
このステレオタイプ・スレットは20年間に渡り、様々な研究がされてきた。その中でも有名なものは、ハーバード大学での実験だ。優秀な女子学生に対して数学のテストを受けさせた時に、テストを受ける前に自分の性別を選んでもらうようにした。性別をテスト前に選択させるだけで、正解率が下がったのだ。
これは、「女性は数学が苦手」というステレオタイプがあり、これに対する恐怖を無意識のうちに感じ、自分をそのステレオタイプに当てはめてしまうことで、正解率が下がってしまうというものだ。これは女性だけでなく、人種などマイノリティの属性を持つ人にも見られる。
では、マイノリティの人は、このステレオタイプ・スレッドをどう乗り越えれば良いのだろうか。一つの方法は、同じ属性の人で、既に自分の掲げている目標を達成している人をロールモデルとして探すことだ。1例えば、医学や建築、法律などの分野において成功を収めている女性についての記事を読むことで、女性自身のステレオタイプ・スレッドがなくなることが明らかになっている。また、オバマ大統領のような政治的、社会的成功を収めている黒人を思い出すことによって、黒人のステレオタイプ・スレットがなくなることもわかっている。
では、周りや自分の目指している職業において、ロールモデルとなる人がいない場合はどうすれば良いのだろうか。もう一つの方法は、グロース・マインドセットを持つことだ。2
グロース・マインドセットとは、知力やスキルは遺伝子とは関係なく、努力をすれば手に入れられるものだと考えるマインドセットのことだ。研究結果によると、女性や黒人、低所得層の生徒たちに、「知性やスキルというのは、筋肉のようなもの」で「変わりやすく影響されやすいものである」と教えると、学校の成績が伸びることがわかっている。
では、いろいろと調べたのちに、私自身はどう変わったのか。
残念ながら、ステレオタイプ・スレットが強すぎて、たまに「小娘」という自分になりきってしまう自分もまだいる。一方で、その際に自分が「小娘」というポジションに入りきっていることを認知することで、抜け出せる自分もいる。ステレオタイプ・スレットという言葉と概念を知ったことで、まず自分の状態をメタ的に認知することができた。
また、Lean In Tokyoという団体を通じて、様々な職種で活躍している女性を見ること、多くの活躍している女性の記事を読んでいくことで、自分の目指す完璧なロールモデルはいないものの、少しずつステレオタイプ・スレットがなくなるように努力をしている。
私自身、ステレオタイプ・スレットを完璧に克服したわけではない。けれど、こうして色んな研究から出てきた方法を試すことで、少しずつ改善してきた。特に女性は、できないことを全て自分の責任と思い込んでしまう傾向が強い。だからこそ、なぜか職場やミーティングで自分を出せない人や発言ができない人は、知識不足の自分のせい、と思い込まずに、まずこの概念を知ってもらって、少し楽になってもらいたいと思う。
その上で、いくつか挙げたステレオタイプ・スレットを克服する方法を繰り返し行うことで、少しずつ、ステレオタイプ・スレットから解放されていってほしい。
1. Rusty B. McIntyre, Rene M. Paulson, and Charles G. Lord, "Alleviating women's mathematics stereotype threat through salience of group achievements," Journal of Experimental Social Psychology 39 (2003): 83-90.
2. Joshua Aronson, Carrie B. Freid, and Catherine Good, "Reducing the Effects of Stereotype Threat on African American College Students by Shaping Theories of Intelligence," Journal of Experimental Social Psychology 38 (2002): 113-125.