日本企業がシリコンバレーでうまくいっていない理由

日米はビジネス価値観が共通で、相互の市場への進出はかなりの数ですが、日本市場に進出した米国企業の6割は2年以内に日本市場から撤退しているというデータがあります。

米国スタンフォード大学において、日本とシリコンバレーのビジネス関係者にむけ、日米の市場への市場進出を図るスタートアップ企業(日本企業で米国進出する企業・米国企業で日本進出する企業のことを指します。ここでは、新旧・規模の大小を問わず「スタートアップ」と総称します)のトップ人材に関するテーマで特別講演を行いました。

日米のビジネス関係者約60名が集まったこの講演の内容と質疑応答の模様は、海外ビジネスの関係者およびキャリアを考えるビジネスパーソンの皆様にとって有用な情報であると考えられますため、ダイジェストで報告します。

本文(読了までおよそ5分):

米国スタートアップの6割は2年以内に日本市場から撤退

日米はビジネスの価値観を共有する国であり、相互の市場への進出はかなりの数に上りますが、日本市場に進出した米国企業の6割は2年以内に日本市場から撤退しているというデータがあります。

また、米国市場に進出した日本企業も同様にビジネス上の困難に直面しています。

なぜ異なる市場に進出するにあたってはそれほどまでの困難が伴うのでしょうか?

もちろんビジネスモデルや製品そのものといった要因もあるでしょうが、私はその最大の理由の一つには「人材」つまり事業責任者をはじめとした「最初の数人の採用」の問題があると考えています。

最初の採用に失敗してしまえば、ビジネスがうまくいかず、せっかく大きな資源を投じて進出した市場からの撤退を余儀なくされてしまいます。

市場撤退の際には、すでに投じてしまった資金や資源の他にも、撤退業務には2年間以上の月日とコストが浪費されると言われています。

スタートアップは「最初の数人の採用」が全て

では、なぜ「最初の数人の採用」はそれほど難しいのでしょうか?

「最初の数人」に求められる能力とは、基本的には以下の3つです。

  1. 本社とのコミュニケーションスキル
  2. ローカルのマーケットに関する知識と経験
  3. 給料や学位など求められる就業条件とのマッチング

文化や言語が異なる市場で、この3条件が揃った人材と出会える確率は非常に低いということが私の経験からいえます。

なぜ、新しい市場で「採用」するのは困難なのか?

まず、米国のスタートアップが日本に進出する際の困難を見てみましょう。

日本は統計でこそ主要60カ国の中で26番目に英語が通じるといわれていますが、ビジネス英語を完璧に操れる人口は非常に低いと言わざるを得ません。

また文化的な背景として、終身雇用は崩れているといっても、いまなおそれに近い形での雇用形態が一般的です。なぜなら、労働者と企業の関係性を規制している労働法が企業の雇用に対して大変厳しいものになっているためです。

転職を希望する者であっても、日本に進出したてのスタートアップのような企業への転職はリスクが高すぎると考えていることが多く、避けられる傾向が顕著です。

結果として、我々の過去の調べでは、事業責任者として採用された日本人は平均2.5年の在職期間で解任されています。

(逆に言えば、2.5年周期で転職を繰り返しているマネージャーは「無能」だとみなされてしまうことになります)

逆に、日本の会社がアメリカに進出するときの採用における課題を見てみましょう。

英語の問題は先ほどお伝えした通りですが、労働文化の違いや消費者ビジネスの形態が大変異なっていることが挙げられます。

また最大の問題は、米国のマネージャークラスの給料はとても高いので、日本企業が通常想定しているような日本人の給与体系を当てはめた採用は大変困難です。

例えば、シリコンバレーで並みのエンジニアを採用しようとした場合ですら、ひとり1500万円ほどかかるのに対し、日本では500万円足らずです。

日本企業は本社側の意向に沿った事業進捗を非常に重視する傾向があるため、トップに日本人を派遣し、ナンバー2以下をローカル市場で採用するケースが多いですが、多くの場合はナンバー2以下のほうがトップの日本人よりも給料が高い現象が起きています。

先ほど示した図でいえば、本社とのやりとりや市場への知識という問題以前に、給料や学位などの要求事項に関するギャップが表面化してしまいます。

日本企業にとってはアメリカ人の採用は大変難しいという状況です。

日米のスタートアップにおける採用コンセプトの違い

また米国の会社が海外に進出する際にはローカルの人材を雇用する傾向が強いのに対し、日本の会社が海外に進出する際には日本人を赴任させてトップを務めナンバー2以下を現地で採用するという、採用ポジションの違いも特徴的です。

これは日本人は日本人同士のコミュニケーションを好むため、米国人では本社の意向を深く理解することが難しいと一般的に思われているという理由からだと考えられます。ハイコンテキストな文化をもつ日本に特徴的な傾向だと思います。

採用で重視されているポイントも大きく異なります。

米国企業は日本人の採用にあたってローカル市場における知識や理解に重点を置いているのに対し、日本企業は本社との意思疎通を重視しています。

事業撤退に関する認識も大きく異なります。

米国の会社は、事業を開始して多くの場合2年で見極めを行うのに対し、日本の会社は米国でなかなかうまくいかなくても長くビジネス機会を探る例が多いようです。

以上の状況をふまえ、一般論として、米国企業が日本でパートナーを探すことはたやすいのに対し、日本企業がそれを米国で見つけるのは難しい状況となっています。

日本企業がシリコンバレーでうまくいっていない理由

2012年、私は主にシリコンバレーに進出する日本企業の役に立つためサンフランシスコに人材紹介のオフィスを開設しました。

そこでわかったこととして、シリコンバレーで投資している日本企業は一般にうまくいっているという話を聞きません。

どの会社も、ナンバー2以下の採用でうまくいっていないということが一番の問題であることがわかってきました。

日本人は、価値観や文化を共有している日本人同士のコミュニケーションを好みますし、それはコミュニケーションが容易であるという点で当然のことかと思います。

逆に米国人が日本企業で働くには、すでに説明しましたように給料などの条件面で難しいことに加え、本社の判断が完全に理解できず判断に苦しんだという話も聞いています。

日本企業のシリコンバレーに進出にあたっては、お金・パートナー・技術のどれが欲しいのか、目的を明確にする必要があると考えます。

これは、給料面での柔軟性や、どこまでを任せるのか、本社とのやりとりはどの程度あるのかなど、任せる範囲の明確性に直結する問題であり、これらをクリアにすることが米国市場で上手くいく採用の条件であると考えます。

例えば、私の著書「未来をつくる起業家」のなかで取り上げたBuymaはすべて日本で海外事業をコントロールすることを明確にしています。

ChatWorkの山本敏行さんは社長自身がシリコンバレーに乗り込んで指揮をとっています。また、AnyPerkの福山太郎さんは米国発の企業をつくる起業家として活躍しています。

またあるスタートアップの会社では、それまで日本で勤めていたアメリカ人をアメリカでの事業責任者として派遣しているように、やり方は色々とあるはずです。

私自身、シリコンバレー向けのオフィスを開設しましたし、2015年後半にはベルリンにオフィスを開設し進出する準備を進めています。

多くの候補者と面接をしましたが、やはり初めて出会う候補者を100%信用することはできません。

結果的には日本で一緒に働いてきた、信用できる人材にベルリンに行ってもらうことにしました。会社の中にあらかじめ多様な国籍の人材を抱えているとこのようなこともできます。

日本市場は謎が多いと思われているからこそビジネス機会がたくさんある

今回の公開講演での私のセッションに多くのトップの日米ビジネス・パースンにご参加いただき大変な好評を得た背景には、ビジネスを成功させるアイデアやお金に関することは大変多くの情報を共有する機会があるのに対し、採用や人材については実際には企業の機密性が高く、多くを語られることが少ないということがあるでしょう。

しかし、改めて言います。どの会社も採用や人材について大変大きな問題を抱えているということです。

米国において、ヨーロッパ市場に関する情報へのアクセスは大変容易です。たくさんの情報があり、歴史的文化的にも近い背景を持っているので当然でしょう。

しかし膨大なアジア市場について、市場の価値観を共有できる国として日本のほかシンガポールや香港がありますが、シンガポールや香港は英語の情報はありますが市場が大変小さいのです。

日本市場はアジア市場へのゲートウェイとして魅力的であるにもかかわらず、すでに説明してきましたように、文化と言語のギャップが依然大きいと思われています。日本市場で起こっていることについてニュース程度は得られるものの、詳細な情報はほぼないと考えられています。

だからこそ、私は多くの米国企業の日本進出や日本企業の米国進出において、ビジネス機会が潜んでいると考えています。

私自身のチャレンジは、日米両方のビジネスを知る者として、FailCon(成長と失敗を共有するカンファレンス)の開催をはじめ、成功と失敗から学ぶ機会や市場進出におけるケーススタディについて、人材面に焦点を当てた情報収集を強化し公開していきたいと考えています。

日本のITスタートアップに焦点を当てた、「未来をつくる起業家」は7月に英語版を出版することが決まっています。特別公演への参加者のみなさんからは、大変大きな期待を寄せられています。

個人の皆さんに対しても、例えばバイリンガルの日本人には大変多くの求人がありますように、ビジネスや採用機会の情報発信を強化していきます。

また日本人の女性にはバイリンガルで優秀な人材は多いですし、男性に比べても会社へのロイヤリティーが高く、会社で長く活躍してくれることは過去の経験から明らかです。そのような日本女性の組織化をする取り組みにもチャレンジしていきたいと考えています。

本文中でもご紹介いたしました、日本のスタートアップ企業の失敗と成功を20組にインタビュー取材した書籍「未来をつくる起業家」は、インターネット書店限定で発売されています。

取り上げられている20組の起業家は結果的には成功者ですが、いままでなかなかなかった失敗談の共有をしていただいている、いままでありそうでなかった書籍です。

ケイシー ウォール(Casey Wahl)

創業者 & CEO ウォール・アンド・ケース

創業者 & マネージング・パートナー レッド・ブリック・ベンチャー

米国ニューヨーク州出身、サウジアラビアの砂漠地帯で幼少期を過ごした。米国テキサス大学オースティン校を卒業後、日本に移住。

エグゼクティブ人材に特化した人材紹介会社ウォール・アンド・ケースを創業、現在同社は東京、サンフランシスコにてサービスを行い、2015年にはベルリンに進出予定。

最も優秀なヘッドハンターに贈られる賞の受賞歴があり、日本語も堪能。また、東京を拠点としたエンジェル投資及びインターネット企業のインキュベーションを行うレッド・ブリック・ベンチャー社を創業。

2014年にはスペインに本拠地を置くIEビジネススクールにてMBAを取得。

Casey Wahl, RECRUITING TOP TALENT FOR JAPANESE AND AMERICAN STARTUPS - DIFFERENCES, OPPORTUNITIES, AND CHALLENGES

2015年5月14日に開催されたSTANFORD SILICON VALLEY - NEW JAPAN PROJECTにて講演。

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