権力の闇を暴こうとする新聞記者と、組織の論理に悩む若手官僚の運命が交錯する映画「新聞記者」が好調だ。
配給会社によると、全国公開から11日目で興行収入が2億円を突破した。
作品のもとになったのは、官房長官会見での厳しい質問で知られる望月衣塑子・東京新聞記者の自伝。
それを若手監督の藤井道人氏とベテラン映画プロデューサーの河村光庸氏がタッグを組んで映像化した。
「父と子」ほど年の離れた藤井、河村両氏。7月6日、東京・有楽町の劇場での上映後にそろって登場し、制作秘話を語った。
藤井監督、当初は依頼を「断った」
物語のあらすじはこうだ。韓国の若手女優シム・ウンギョン演じる新聞記者・吉岡エリカが働く新聞社に、「医療系大学の新設」に関する秘密文書がファクスで届く。
吉岡が内閣府のキーパーソンである神崎にたどり着こうとした矢先、神崎が自殺する。
一方、松坂桃李ふんする内閣情報調査室の若手官僚、杉原拓海は外務省時代の神崎の後輩。
慕っていた上司の死をきっかけに官邸の闇を知り、吉岡と出会う。そこから2人は人生をかけた選択を迫られていく━━。
トークイベントでは、河村プロデューサーが藤井監督に監督を依頼する経緯から振り返った。
原案に出会った河村プロデューサーが「政治の問題を多くの人に楽しんで見てもらうために、何とかしたい」と感じていた中、「この監督ならエンターテインメントにできる」と依頼したのが藤井監督だった。
藤井監督が「人間の善悪」をテーマに撮った前作「デイアンドナイト」を見て、河村プロデューサーは「若い感覚でこの映画を撮ったら、きっと受けると直感的に思った」という。
だが、藤井監督は依頼を受けた当初、「すぐに断った」。
「政治も勉強したことがないし、自分で新聞も取ったことがなかった。親は新聞を取っていたけど、大学に入って一人暮らしを始めたときに月4000円も払えないし。自分が『参加していない』ってことも自覚はしていた。断るには十分な理由があったんですよね」
同時に、河村プロデューサーのある言葉が印象に残った。
「『政治に興味がない、政治から逃げるっていうのは、民主主義を放棄しているってことだと俺は思う』と。最初はその言葉の意味がわからなかったんですよね」
「でも、自分が住んでいる国ってそういうことだよなって。一個一個、1年かけて勉強していく中で、いまはやって良かったなって思っています。しつこさにはいま、一番感謝しているんですけど」
「大きくやるのがエンタメ 」
父と子ほど年の離れた2人がタッグを組み、企画を練ることになった。世代間の違いが刺激を与え合ったと藤井監督は語った。
「僕たちは、SNSやネットで調べたものを打ち合わせに出すんだけど、河村さんは色んな新聞の切り取った記事を『読んでみろ』って見せてくれて。それがすごく混ざり合って、一個の本、一個のシーケンスを作った。『デイアンドナイト』はみんな若かったので、いままでの作品との違いが面白かったですね」
「社会問題を描いた作品が受けないと言われる中、興行収入ベスト10以内に入ったことを考えると、観客は潜在的にこういう作品を求めていたのではないか」。司会を務めた映画評論家の松崎健夫さんからそう問われ、藤井監督はこう語った。
「エンタメ性ということで言うと、今回、松坂桃李さんや本田翼さんら、様々な映画やテレビで活躍する人たちが企画にのってくれた。河村さんが言っていた言葉で、『小さくコソコソやるから恥ずかしく見えるんだ、大きくやろう。それがエンタメだ』って。そこの船にみんなが乗っかってくれた」
「『社会派エンターテインメント』と名付けてくれるのはうれしいけれど、僕たちは人間を撮った、人間を演じた。それだけしかないし、そんな風に見てくれたらうれしいなと思う」
「同調圧力、僕らもおびえてる」
挑戦的なこと、周りと違うことをすると、誰かに何か言われるんじゃないか━━。そんな「同調圧力」についても話が及んだ。
同調圧力の中で、個人がどのように矜持を保って生きていくかは、作品の主要テーマだ。
事実を直視したいのに直視できない━━。作品の中には、観客がまるで物陰から主人公たちを見ていると感じさせるような演出が複数ある。
例えば吉岡が勤務する新聞社内を写した場面では、望遠レンズを使い、カメラが離れた位置から主人公たちの表情をとらえる。
藤井監督はこう明かした。
「『同調圧力』というものに、僕らもずっとおびえているんですよね。干されるんじゃないかとか、会社に迷惑かかるんじゃないかとか。それって本当にそうなのかっていうことを、この映画の中にどうやって入れられるかと思ったときに浮かんだのが望遠だった」
「『新聞記者』というタイトルだからと言って、新聞社を賛美するようなことは、新聞を読んでいない僕にはできない。新聞と自分たちの距離は遠い。そこの距離感はすごく大事にして撮りました」
河村プロデューサーは次のように制作陣に感謝を述べた。
「これやるとやばいんじゃないか、圧力加わるんじゃないかと、見えないものを怖がっているに過ぎない」と話し、同時に「映画館や制作委員会の担当者の方々は、上司と色々な意味で戦って、苦労させていると思っています。みなさんが私の言葉を信じてくれて映画を完成させることができ、本当にうれしい」