たとえ夫婦間のセックスであっても、同意がない場合、もしくは片方が「同意があった」と信じていても合理的と言い得ない場合は犯罪となる。
イギリス、ドイツ、スウェーデンなどでは同意がない性行為はレイプであり、処罰の対象とされる法律がすでに制定されている。
性暴力被害者支援の先進国と呼ばれるイギリスでは、性犯罪被害者に対してどのようなサポート制度があるのだろう? 求められる支援の形とは?
性犯罪法・被害者支援について学ぶためにロンドンを視察した一般社団法人Spring(スプリング)代表の山本潤さんに話を聞いた。
各機関がスムーズに連携するイギリスの支援制度
――イギリス視察ではどのような発見がありましたか。
性暴力被害者を支援するためのサポート機関・制度が細かく種類分けされていて、かつ、それぞれがスムーズに連携できる合理的なシステムが充実している印象を受けました。
日本の厚生労働省にあたるNHS(National Health Service:国民健康サービス)をはじめ、内務省、法務省などの国家機関が、「性犯罪を受けた被害者はサポートされる権利がある」ということをしっかり前提として認識していて、そのための国家予算もかなり割かれています。
被害者支援に関わる相談員はもちろん、裁判官や警察官もしっかりトレーニングを受けている。そういった専門知識を持った人たちがスムーズに連携できているところがいいな、と感じました。学ぶところが多かったです。
――イギリスでも暴行や脅迫が用いられなくても、「同意」がない限りは、夫婦間でも処罰対象になるそうですね。
日本でも条文上は夫婦間のレイプを排除していませんので運用の問題になりますが、イギリスにおける「同意のない性交は性犯罪である」という規定については、1冊の本になるぐらいすごく細かく条文で定められていました。こういう場合はこうで、こういう場合はこうである、という風にかなり細かいところまで具体的なルールが定められている。
元裁判官の方にお話を聞く機会があったのですが、「同意」に関しては加害者と被害者の証言以外にも、周囲の友人知人や目撃した人などの証言をすべて拾って時系列で照らし合わせる。つまり、プロセスを含めて同意のあるなしについて認定しているそうです。
もうひとつ、イギリスの制度で非常にいいなと思ったのが、犯罪被害者をサポートする「ヴィクティム・サポート(Victim Support:以下VS)」が警察と連携しているところです。
たとえば、警察のホームページで盗難被害に遭ったことを申請すると、自動的に「VSの支援を受けたいですか?」という提案が出てくるんですね。希望者がそこにチェックしたら連絡が来てサポートを受けられるようになる。
性犯罪被害を受けたときも、VSに相談すると警察に繋いでくれます。逆に警察に被害を届けた人が、VS経由でさらに専門的な支援機関を紹介してもらうこともできます。
たとえばロンドンでは、被害後1年未満ならば、「the havens」と呼ばれるSARC(性暴力被害者支援医療機関)に繋いでもらえます。医学的な証拠採取を警察で済ませた後は、「the heavens」に案内されます。そこで専属のISVA(イスヴァ:性暴力独立アドバイザー)や臨床心理士が本人の意思を尊重した上で、慎重に法的・心理的サポートを進めていきます。
――被害を受けてから1年以上が経過した人はどのようなサポートが受けられるのでしょう。
1年以上経っている場合は、VSや警察経由で英国に55カ所あるレイプクライシスセンターを紹介されます。
レイプクライシスセンターでは精神医療プログラムやカウンセリングなど、中長期的なサポートを受けることができます。人によっては各機関を行ったり来たりする場合もあるそうです。
また、加害者を起訴すると決めた被害者の人には、裁判支援として「証人サービス」(Witness Service)が紹介されます。これはVSから分派したセクションで、裁判において証人をサポートしてくれる存在。裁判という非日常の場で、性犯罪被害者が自分の意見を平静に伝えられるように、ウィットネス・サービスの人が支援してくれる仕組みがあります。
具体的には起訴が決まった時点で証人(被害者)が証人サービスにアクセスをして、「○月○日に裁判所に来てサポートしてください」とお願いします。裁判の日は被害者は証人サービスの人と一緒に、加害者とは別の入り口から裁判所に入って証言台に立つ。あるいは別室からモニター証言をすることも可能です。
証人をするという行為自体、ダメージを負った被害者にとっては相当負担になりますので、それをサポートすることで、被害者が正しく証言ができるようにする。これも証人サービスの役割です。
――裁判が終わった後は?
有罪か無罪かが確定した後は、被害者が希望する場合はレイプクライシスセンター、あるいはもっとトラウマ被害がひどい場合は、ナショナルヘルスサービスの中でトラウマを専門に扱うところに繋いでもらうことも可能です。
――一口に被害者サポートといっても、さまざまな分岐と受け皿があるのですね。
被害後7日未満の人、1年未満の人、1年以上の人、裁判に進む人、進まない人、サポートを希望する人、しない人、といった風に、被害を受けた人自身がさまざまな選択をできる点はとてもいいところだと感じました。
ただし、問題点もあります。それはすごく待たなければいけないということ。裁判まで平均して約2年、カウンセリングを紹介してもらうまで2~4カ月間かかってしまうんですね。
その問題を解決する方法をイギリスでも今模索しているそうですが、日本もこれくらいにシステマティックなサポート体制が整うのが理想的だと思います。私が知っている限りでは、日本で長期の被害者サポートを行っている機関はごく一部ですから。
――性と暴力を結び付けないために、次世代の子どもたちにはどのような性教育のアプローチがあると思いますか。少し前にはイギリスの警察が性犯罪防止のために公開した性行為においての同意を紅茶に置き換えた動画が、子どもでもわかりやすいと話題になりました。
イギリスには保育園児くらいから面白く学べるような性教育の動画がたくさんあるんですよね。子どものうちから「自分の体をちゃんと守ろう」と伝えることはとても大事だと思います。わかりやすい動画がありますが、「(大人から)『秘密だよ』って言われたら、それは言っていいことなんだよ」というセリフは、わかりやすくてすごくいいな、と感じましたね。
――日本の性教育の現場では、「性は隠すもの」という意識がまだまだ根強いです。
性に関する恥ずかしさや羞恥心は、人間にはとても大事な感情ですよね。ただ、恥ずかしいことは悪いことかというと、そうではない。
他者と充実した性的関係を築いていくことは、人生の幸福度にも大きく関わってきます。だからこそ、きちんと年齢ごとの理解度に応じて、正しい知識を身につけていく。それが性の自己決定にも関わっていくはずです。
※後編は近日中に公開します。
(取材・文:阿部花恵、撮影・編集:笹川かおり)